双剣士ガントの誕生 #2-0
月末の模擬戦闘から一夜明けてしまえば、当然のごとく十一月となる。
秋はいつの間にか人々に別れを告げ、冬将軍が代わりにやって来つつある。赤や黄に染まったたくさんの葉も、かつては学院の窓から見える山々を鮮やかに彩っていたが、すでにその多くが散ってしまい、ただ踏みつけられるが運命の落ち葉と化していた。また、学院の生徒たちはみな衣替えし、鶸色を基調とする夏服から群青色を基調とする冬服へと色を変えていた。
このような色彩的変化は学院では毎年必ず見られ、別段不思議な光景では無い。しかし、多かれ少なかれ季節の変化を示唆するそれは、季節ごとに行われる学院の主要行事を、学院生に思い出させるには十分すぎるものだった。
それはすなわち、定期考査である。
学院の定期考査というものは重い。何故なら成績がずっと悪ければ、基本的に退学になってしまうからだ。一応何か一科目で特異的な成績を残せば、退学処分を回避出来るという救済措置はあるものの、そう簡単に好成績を取れるほど易しい問題を世界四大学術院と呼ばれるものの一つが作るわけも無い。
したがって、生徒たちは遅い者でも二週間前には、寝る間も惜しんで猛勉強をする。その為か、わざわざ一週間前から学院の授業時間は短縮され、生徒たちの自由時間が通常よりも多くなっている。実は、学院の生徒の学力は、主にこの時期に決まるのだ。
アルたち一年生にとっては、もちろん今回が初めての定期考査である。当然まだ試験についてあまり知らない彼らの為に、今日は、担任のイグリアがホームルームの時間に――ホームルームは月・水・金・土の朝に行われる――定期考査について説明する……はずだった。しかし、まさかの事態が発生した。
ホームルームの時間、クラス全員が着席してイグリアが来るのを待っていた。彼らは話をメモする為、筆記用具とノートを各自机の上に展開していた。しかし、なかなか先生が来ない為、友達と問題を出し合ったり教科書を読んだりしている者もいた。
ガラガラと扉が開く音とともに、誰かが教室に入ってきた。
いつも通りならば、最前列に座っているガントの目には、イグリアが映るはずである。ガントだけでは無い。アル・レヴァンも含めたクラス全員が、そのはずだった。
しかし、現れた人物は、美しい銀髪を長く伸ばし、彫刻のように端整の良い顔立ちをした、長身のエルフの女性だった。
「諸君。おはよう」
彼女は教卓に手を置き挨拶をした。だが、一同が返す言葉を知らずキョトンとしていると、文句を口にする。
「『おはよう』と言ったのに、誰も返してくれないのか。私は、学院を挨拶しない学院にしたつもりは、まったくを以て無いのだが」
そう。教室に入ってきたのは、イグリアでは無く学院長シータだったのだ。
「イグリア先生は風邪で寝込んでしまっている。しばらくの間、私が彼女の代わりに授業、担任の代理を務める。よろしくな」
シータの説明に、レヴァンは「ええっ!?」と思わず言ってしまいそうになったが、何とか口を抑えた。アルはというと欠伸をしながら、「ふーん。そうなんだ」という感じであった。ずいぶんと無関心である。
何ということか。それだけ言って、シータは立ち去ろうとした。しかし、立ち去ろうとするシータを引きとめるように、ガントが訊いた。
「先生、定期考査について説明して頂けませんか。イグリア先生は、以前この時間で説明するとおっしゃっていたので」
教室を出ることこそ止めて教壇に戻ったものの、シータはその言葉をちゃんと聞いていたのだろうか。「地球と太陽のどちらが大きい?」と訊かれて「月」と答えるように、シータは定期考査と全く違って関係の無いことを語り始めた。
「諸君は学院に入る際、私にこう誓ったのを覚えているか」
学院は非常に安い学費の分、たった一つ大きな制約がある。それは誓いの言葉に表れている。だから彼女は言ったのだろうが、やはり全く話のつながりは見えなかった。よくこれで学院長を務められるな、とアルは感心する。
彼女はソプラノの美声で朗誦した。
我誓う
世が為
国が為
君が為
其の剣を以て悪を貫き
其の盾を以て邪を防ぎ
我等の大地を
我等の大空を
我等の大海を
其の命を以て護らんと。
一応読み方を示したが、難解なこと極まりない。シータはこの言葉をどう使うつもりなのだろうか。
「諸君。これはどういう意味かは知っているね。そう、学院の生徒である間は、どこの国籍を持っていようが関係なく、エリン国に属すということを」
だから何なんだ、と突っ込みたいアルだったが、短気な彼にしては珍しく辛抱強く次の言葉を待っていると、
「そこで、随分と長い回り道をしてしまったが、こういうことだ」
少し間をおいてから、長身のエルフは言い足した。
カスはいらない、と。
つまり、彼女の本意はこういうことらしい。
テストで悪い点を取ったら、退学。
いきなり退学という、学院の処分の中でも最上級に位置するものを脅しの文句に使うとは……「退学」の濫用がお好きなようだ、とガントはほんの少しだけ微笑んでから、話に耳を傾ける。
「では、あまり脅しても諸君が可哀そうなだけだから、いよいよ本題へと移るとしよう」
文脈が支離滅裂だった彼女も、やっと真面目に説明し始めた。逆に真面目すぎている部分もあるが、それは真面目じゃないよりは遙かによろしいことだから、とりあえずは良しとしておくべきだ。
「定期考査とは、定期的に行われるテストのことである。期間は基本的に一週間だ。筆記、実技、あるいはその両方が、教科ごとに課せられる。まあ、ここまでは諸君も知っているだろうから、これからが重要だ。私はこれから、その教科ごとの試験方法・日程について説明する。諸君、メモの準備は良いかな。私は無駄なことはしない主義だから、同じことは二度と言わないぞ」
もうとっくにメモの準備が出来ている生徒たちは全く動かない。それを見て取った彼女は咳払いをしてから、
「では言うぞ。初日、すなわち十一月二十三日、魔術、担当教諭イグリア、筆記と実技両方。二日目、武術、同じくパーシヴァル、実技のみ。三日目、薬学、同じくエルネッセ、筆記のみ。四日目、地歴――地理と歴史のことだ――、同じくファンケルエック、筆記のみ。五日目、算術、同じくツァリス、筆記のみ。六日目、芸術、同じくグレンタリス、実技のみ。七日目、科学、同じくユーロピン、筆記のみ。以上七科目だ。細かいことや、特に持ち物とかは、それぞれ担当の先生に訊くこと。それと試験時間は……」
生徒は必死にメモするのだが、イグリアの代理の銀髪エルフは正確に聞き取ることが可能なスピードで喋ってはいるものの、メモが間に合うスピードでは喋っていなかった。咄嗟に、アル、レヴァン、ガントの三人は、分担してメモすることをアイコンタクトだけで成立させ、何とかメモを完全に成功させた。
他に訊きたいことは無いか、と一応訊いてから、学院長は教室を後にした。次の時間も魔術科講義室で講義だから、結局また同じ生徒たちに会うことになるのだが。
それから、ガントたちは集まってメモをまとめて、みんなにその内容を教えてあげたのだった。
この頃には既に、クラス中が彼らに全幅の信頼を寄せていたに違いない。しかしながら、今においてそれは全く関係のないことだ。




