魔法戦士アルの誕生 #1-9
決勝戦。ガントとアルが対峙していた。パーシヴァルの奇策空しく、とっくに授業時間を過ぎていたが、それを気にしない二人は一定の距離を保って、円を描くように移動する。沈黙を破ったのはガントだった。
「やはり。お前なら、ここまで勝ち上がってくると思った」
「なんだよ。自分がここにいるのは、当たり前なのかよ」
「そういうわけではない。私はそんな、天狗ではないよ」
爽やかな笑顔を浮かべながら、ガントは否定した。
アルは真剣な眼差しをガントに向け、それから疾風の如く斬りかかった。ガントは右足を僅かに退いて半身になり、攻撃をかわす。しかし、素早くガントが反撃しようと思った時には、アルはすでにガントの攻撃圏から脱しており、それは断念せざるをえなかった。
アルは疲れることを恐れずに連続で突く。その攻撃はどれも正確極まりなくガントの急所を狙っていたが、ガントは必要最低限の動きだけでよけていく。ガントは、アルの攻撃の一撃一撃が重い為、攻撃をまともに受けて自分の体力を消費するのを避け、アルの体力が減ってきたところで反撃しようと、攻撃回避に専念した。
両者の動きは、まるで事前に打ちあわされていたかのように自然で且つ流麗だった。パーシヴァルも他の生徒も、その壮絶な戦いに何も言うことが出来ない。
いくら突いても埒が明かないと判断したアルは、今度は斬りかかることにした。それに対して、ガントはよけるのではなくしっかりと受け止める。アルはまだ疲れてはいないようで、先ほどと同様にガントが守勢を保ったままだった。
アルは攻撃に気持ちを込め、ガントも防御に気持ちを込めた。その結果、思わぬ出来事が発生する。
(ガント、オマエは何故そんなに何でも出来るんだ?)
アルは声には出さず、竹刀に気持ちを込めたはずだった。しかし、
(私は、ローエンハルト家を継がねばならない身。生まれてからずっと、そのことの為だけに、私は努力してきた)
ガントの竹刀から、そのような答えが返ってきた。
竹刀を通じて二人には、無言の会話が成立していたのだった。応酬は続く。
(オレだって、努力はしてきたさ。この前のテストだって……)
アルの言葉を遮って、ガントは優しく、
(努力の結果は、直ぐには出ないんだよ、アル。もう少し待てば……)
今度はアルが遮った。アルは告白する。
(待てるか! オレは、両親を馬鹿貴族に殺されて以来、その復讐の為、そして、この世界を変える為に、努力してきた。もっと強くなければ、オマエに負けてるようじゃ、復讐は出来ないんだ……)
(そうだったのか……)
ガントは、アルの告白に言葉を失いながらも、その強い意志に感嘆した。アルが本当のことを言ってるのだとすれば、彼は肝心なことを忘れている。アルに、それを教えてやれる必要があるな。
(お前は肝心なことを忘れている。お前は、「仲間」というものの存在を忘れている。人は、どんなに頑張っても、一人では出来ないことだってあるんだ。例えば、チェス。レヴァンという相手がいなければ、私はそれをすることが出来ない。それに――」
ここで大きく溜めてから、
(一人じゃ、食事を取ることだって出来ないだろ?)
アルは「仲間」というものを考えたことが無かった。今の説明で、「人は一人じゃ食っていけなくて生きられない」というのはわかった。しかし、それと「仲間」にどんな意味がある? アルは思ったことをそのまま、
(それで何が言いたい? オマエは、「仲間」がどうしたと言うんだ?)
(仲間というのは、一人では出来ないことを、可能にしてしまう存在。お前が親の敵討ちをしようとしたところで、たった一人 では、いくらお前が強くなったって無理だ。所詮お前一人では、貴族に立ち向かえないさ)
自分のしたいことをはっきりと否定されたアルは、竹刀に込める力を強くすることしかできなかった。
それをしっかり受けたガントは、
(だから、私がお前の敵討ちに協力してやる)
(!?)
驚いたアルは、これは、この決勝戦でガントが勝つために、自分を動揺させようと嘘をついたのだと、思った。
(嘘つけ。思っても無いことを言うな)
(私は、お前を助けてやりたいと思ってるんだ。私は決して嘘はつかない。それに、アルと私の志は一緒だ。私も、もっとこの世界を平和なものにしたいんだ)
(その発言が本当かどうか、証明してみろよ!)
(信じてくれ! 証明しなくては、お前にはわからないのか)
ガントは悲しい顔をして哀願した。そして、これ以上言っても無駄だと思い、また、アルも疲れてきたようなので、反撃に転じた。アルは体を反らし何とかその反撃をよけると、そのまま後方へ跳んで、体勢を立て直す。
ガントは自分の思いが伝わったか、いまいち確信が持てない。だが、今出来ることは、この戦闘を終わらせることだけ。だから、それに集中しよう。
そう思ったガントは、アルに一気に詰めより、袈裟懸けの要領で竹刀を振る。アルはそれを受けるが、体力を使い果たしてしまっていたせいで受け損じた。攻撃を逸らすのには成功したものの、アルの竹刀は弾かれ、体からは離れてしまい、握っているのが精一杯だった。
その隙をガントは逃さない。すぐさま手首を返して、再び攻撃する。
そして、その時有り得ないことが起こった。
アルの竹刀が瞬間移動したかのように素早く動いて、ガントの攻撃を受けたのだった。何とか掴んでいたはずのその竹刀は、今はアルの手によって握り締められていた。アルは事態が飲み込めておらず、目を見張ってそのまま固まっている。
「有り得ない!」
ガントは叫びつつも、攻撃の手を止めない。胴を薙ぐように竹刀を動かす。
アルはそれを受けようともしなかった。いや、受けるほどの力を残していなかった。アルは、ガントの攻撃をまともに食らって、そのまま地面に伏した。
パーシヴァルがガントの勝ちを宣言して、決着は着いたのだった。




