桜風呂
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
う~ん、風呂上りにごろっとするのは、やっぱり格別だね。
ととのう、という感覚はついぞ体験したことがないけれど、時間や後のことにとらわれず、のびのびと体を横たえる、というのは落ち着くもんだ。
こうして休んでみないと、日ごろ、どれだけ身体が酷使されているかは分かりづらい。気づかぬ間に体が動かなくなって、ようやく気付くというケースもそこそこあるのだろうな。
このくつろぎの時間、何も人間に限った話じゃない。自然界に生きる者たちでも、環境なりタイミングなりを選んで、用意をしているそうなんだ。
むろん、危険がそこかしこにある自然の中でのこと。うかつなマネは、たちまち命を縮めかねない。しかし、きっちりとした守りが用意できるとしたら、これほどありがたいこともない。
私の昔の話なのだけど、聞いてみないか?
桜風呂、という言葉を耳にしたことがあるかい?
露天風呂などで、桜が舞い散るのを見て、花弁が湯船に浮くというのは風情のあるものだけど、あくまで人間界での話。
桜を敷き詰めたほどの桜風呂の中でも、特に敵なしとされるものが、私の地元だとときおり形成されていたんだよ。
そうなると、桜の時期に限定されるのか? というとそうとも限らない。桜風呂は季節を問わずに誕生する可能性を持つ。その場合は目立つから発見もけっこう簡単なんだけどね。
――実際、風呂といったら相応のサイズがありそうだけど?
いんや、街中でも見つけようと思ったら、見つけられるくらいだよ。
おおよそ、雨が降った後の水たまりくらいで足りるから。そこに桜の花弁のようなものが敷き詰められているんだよ。季節問わないから、「ようなもの」とたとえるけどね。
特に、この桜風呂を楽しんでいるのが、カエルだ。
水たまりの中を、彼らは悠然と泳いでいることもあれば、お腹を上へ向けてぷかーっと浮かんでいるときもある。
桜を敷布団代わりにしている場合も、その下を熱心にくぐりながら泳いでいる場合もだ。
このとき、ここはカエルたちにとっての温泉や、オアシスのたぐいであるとともに、聖域といってもいい効果を発揮する。
昔に桜風呂を見つけたときのことだ。
そこは未舗装の道路のど真ん中。前日の雨で土がおおいに削られたくぼみに、赤ん坊がすっぽり横たわれてしまいそうな大きさの水たまりができていた。
その面積の8~9割は桜の花弁に埋め尽くされている。時期としては梅雨のさなかだったから、とても桜が見られるような時期ではない。
ひょっとしたら、桜風呂かな? と思った。私にとって、話に聞くばかりで実物を見たことはいまだなかったからね。
ちょちょっと、近くへ寄ってみる。聞いていた通り、底には腹を空へ向けて、ひっくり返った姿のカエルたちが、そこかしこに転がっていた。
たいていは泳ぐか、跳ね回るかといった姿しか見ていないから、ここまで無防備なのは珍しい。そもそも、このような有様ですぐ逃げられるのだろうか。
桜風呂は聖域。
その言い伝えを試すべく、私は手近な石を握りこむ。よく狙って、数メートル先の桜風呂へ放り込もうとしたんだ。
それを外してしまう。ことごとく。
これでも投げたものを、狙ったところへほぼ当てられるのは、私のほぼ唯一の特技。ある程度間合いの詰まったここなら、9割以上は放り込める自信があったよ。
なのに、いざ桜風呂の近辺まで飛ぶと、急に軌道が変わったり、失速して手前に落ちたり、逆に加速して桜風呂を通り越したり……ひとつとして、水たまりを脅かすことはできなかった。
私の後ろからやってきた車も同じだ。クラクションを鳴らされて、道を開けた私の横をトラックが通り過ぎていく。その重厚なタイヤの軌道上に桜風呂があったのだが、やはり直前でタイヤは不自然に曲がり、直撃を回避した。
ああも奇妙な動きはハンドルさばき、車のつくりともに想定してはいないだろう。水たまりを避けて、すぐに元へ戻るような踊る動き。おいそれと再現できるとは思えなかった。
だが、まことに聖域と分かったのは、そのあとだ。
チュウサギ、だと思う。
白い体と黒い足を持った鳥が、桜風呂へ降り立ってきたんだ。私の投石や、トラックといった特製の鎧による間接的な接触ではない。直接の侵入だ。
カエルはチュウサギにとっては、よく食べる餌だろう。今回など、あまりにカエルがスキだらけなものだから、ごちそうにありつけると思ったのかもしれない。
だが、そのチュウサギが桜風呂へ降り立とうとしたとき。
チュウサギの姿が、消えた。
飛び去ったり、ぱっといなくなったりしたわけじゃない。その流れはあまりに早かったが、私には見えた。
チュウサギは降り立とうとした足から、たちまち散っていったんだよ。桜の花弁状になってね。無数の花弁に化したサギは、そのままカエルたちの風呂の上へ覆いかぶさっていった。
当のカエルたちはみじろぎひとつせずに、それを受け入れているようだったよ。




