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3話 空白の器、満ちるもの

 夜の合議塔は、昼とは別の顔をしていた。


 壁面の術式模様が夜間照明として淡く発光し、廊下を青白い光で満たしている。構式派の直線模様と詠唱派の曲線模様が、薄闇の中では昼間ほど対立して見えなかった。光に溶けて、どちらも同じ静かな輝きになっている。


 オリヴィアは階段を上っていた。管理官の同行なしに動ける時間帯ではないが、封鎖術式の隙間は昼間のうちに確認してあった。破るのではなく、通れる経路があるだけのことだ。管理が杜撰なのではない。想定外なのだ——魔力を持たない者が、この塔の中を歩くということが。


 魔力に反応する警戒術式は、オリヴィアの前では沈黙する。感知すべき対象がいないのだから。


 空白であることが、今夜に限っては有利に働いた。


 実験区画の前に着く。簡素な封鎖術式が扉を覆っている。日中に管理官が解除したときの手順を記憶していた。術式そのものは解除できない——魔力がないから。だが、封鎖術式の継ぎ目には物理的な隙間がある。オリヴィアは杖の先端を継ぎ目に差し込み、てこの要領で扉をわずかに開けた。体を横にして滑り込む。細い体が、こういう場面では役に立つ。


 部屋の中で、ルティアが起きていた。


 床に広げた紙の上に術式図を描いている。周囲には昼間の記録が散乱していた。結晶樹の表面紋様を写し取った速記の束。ルティアはオリヴィアの気配に顔を上げ、驚いた顔をした。


「——どうやって入ったの」


「扉の隙間から」


「封鎖術式は」


「私には反応しません」


 ルティアは一瞬だけ呆然として、それから短く息を吐いた。


「……そういうことか。魔力がないから、術式の目に映らない」


「便利でしょう」


「それを便利って言えるの、すごいわね」


 オリヴィアは部屋に入り、ルティアの向かい側に座った。床は冷たかったが、気にはならなかった。ルティアの手元を見た。術式図の上に、新しい線が引かれている。昼間の観測データを元に、結晶樹の安定点を算出しようとした形跡だった。


「見つかりましたか」


「安定点の周期は割り出せた。不規則に見えて、実は構式の位相と詠唱の波動が同期するタイミングがある。約四百二十秒ごとに、同期の窓が開く。持続時間は——」


「どのくらいです」


「八秒」


 八秒。オリヴィアはその数字を反芻した。


「その八秒の間に、外部から両系統の性質を持つ魔力を注入すれば、安定状態を固定できる可能性がある。理論上は」


「理論上は」


「実証がない。こんな状況は前例がないし、試す術者もいない。両系統を同時に扱える人間なんて——」


「あなたがいます」


 ルティアの手が止まった。


「そして、私がいます」


 オリヴィアはスタッフを膝の上に横たえた。琥珀の水晶が、部屋の淡い光を反射している。空の貯蔵器。


「あなたの魔力を、貸していただけませんか」


 言葉にした瞬間、空気が変わった。ルティアの表情から学者の冷静さが消え、もっと生々しいものが浮かんだ。恐れ。迷い。そして、自分自身への問いかけ。


「私の魔力を貸すということは——」


「わかっています」


「わかってない。あなたはこの世界の人間じゃないから」


 ルティアの声が低くなった。


「私の魔力には、構式派と詠唱派の両方の署名が混ざってる。それを外に出すということは——私が異端であることを、物理的に証明することになる。アルスの構式派から見れば、裏切り者の証拠。ヴォクスの詠唱派から見れば、半端者の嘲笑の的。どちらにも居場所がなくなる」


「もう、ないのではありませんか」


 静かな声だった。残酷な事実を突きつけるのではなく、ルティアがすでに知っていることを、ただ確認するだけの声。


 ルティアが息を呑んだ。


「——ないわよ。とっくにない。共同実験に志願した時点で、構式派の中での私の立場は終わってた。わかってて手を伸ばしたの。二つの学派が本当に相容れないのか、確かめたくて」


「なぜ」


「なぜって——気になったからよ。分かれてる必要がないものが分かれてるのが、ずっと気になってた。大した理由じゃない。政治的野心なんてないし、学派を統一して英雄になりたいわけでもない。ただ——」


 ルティアは自分の手を見た。インクと術式顔料に染まった指先。


「——ただ、知りたかった。二つが一つになったとき、何が起こるのか」


「その答えが、あの結晶樹の中にある」


「かもしれない。かもしれないけど、証明するには——」


「あなたの魔力が必要です。そして、あなたの同意が」


 沈黙が降りた。塔の壁を通して、結晶樹の微光がかすかに明滅しているのが見えた。四百二十秒の周期。次の同期の窓まで、いくつ数えればいいのか。


「……貸したら、あなたの杖にはどうなるの。私の——この混ざった魔力が」


「そのまま蓄えられます。そして、私がそれを術式に変換します。あなたの魔力の性質は、変えません。変える必要がない」


「混ざったまま使うの」


「混ざったまま使います。この世界では不可能とされている、どちらにも偏らない術式を——あなたの魔力だからこそ、組めます」


 ルティアの目が揺れた。


「欠点だと思ってた」


「知っています」


「ずっと。構式派の中では中途半端、詠唱派から見れば素人。どっちつかずで、どこにも属せない。それが——」


「鍵になります」


 オリヴィアの声は変わらなかった。温かくもなく、冷たくもない。ただ事実として、そこに置かれた言葉。


 ルティアは長い間、黙っていた。床に広げた術式図を見つめ、自分の指先を見つめ、それからオリヴィアの目を見た。黄緑色の瞳。感情の読めない、静かな目。だがその奥に、何かがあった。待っている。強制せず、急かさず、ただ待っている。


「——一つ聞いていい」


「どうぞ」


「あなたは、魔力がないことを——空っぽであることを、どう思ってるの」


 オリヴィアの瞬きが、一拍だけ遅れた。


「……考えたことが、ないわけではありません」


「答えは出てるの」


「いいえ」


「でも、ここにいる」


「はい。ここにいます」


 ルティアは小さく笑った。自嘲ではなく、もっと穏やかなものだった。


「空っぽの人間と、混ざった人間。似合いの組み合わせね」


「似合いかどうかはわかりませんが——悪くはないと思います」


 ルティアは立ち上がった。ペンを置き、両手を前に出した。掌を上に向ける。指先に、微かな光が灯った。


 幾何学的な直線の光。その中に、流れるような曲線が混じっている。構式と詠唱が混在した、この世界のどの学派にも属さない署名。


「——持っていきなさい。全部」


 オリヴィアはスタッフを立てた。琥珀の水晶を、ルティアの掌に近づける。


「お借りします」


 光がルティアの指先から離れ、琥珀の水晶に流れ込んだ。


 温かかった。


 琥珀がゆっくりと色づいていく。透明な琥珀色の中に、直線と曲線が溶け合った紋様が浮かぶ。構式でも詠唱でもない、両方であり、どちらでもない光。水晶の中で、ルティアの魔力が静かに脈打っている。


 オリヴィアはその振動を手のひらに感じた。借りた魔力には、持ち主の性質が混ざる。ルティアの魔力からは——不安と決意が、等分に伝わってきた。


「……ありがとうございます」


「礼はいい。成功してから言って」


 ルティアの声は震えていたが、目はもう揺れていなかった。


 屋上区画に出たとき、夜空に結晶樹が浮かんでいた。


 昼間よりも光が強い。周囲の魔力を吸収し、飽和に向かって成長を続けている。枝の先端が新たに分岐し、空に向かって伸びていた。明朝の解体決議を待つまでもなく、あと数時間で臨界に達するかもしれない。


「周期は」


 ルティアが隣で紙を広げた。


「次の同期の窓まで、あと——二百秒弱。そこから八秒」


「十分です」


「十分って、八秒しかないのよ」


「八秒あれば、安定化の楔を打ち込めます。完全な安定ではなく、崩壊を止める最初の固定点を作る。そこから先は、この世界の人間の仕事です」


 オリヴィアはスタッフを構えた。琥珀の水晶がルティアの魔力で満ち、エメラルドの触媒が淡く輝き始めている。


「術式の設計は」


「私の頭の中にあります」


「見せて」


「見せられません。この世界の術式体系ではないので」


 ルティアが目を瞠った。


「この世界の——じゃあ何を使うの」


「あなたの魔力を、あなたの魔力の性質に沿って。構式の骨格に詠唱の流動性を乗せた術式を——私が組みます。この世界の文法ではなく、私自身の技法で」


「そんなことが——」


「空白の器には、偏りがありません。どの系統にも染まっていないから、どの系統の魔力も——歪めずに扱えます」


 ルティアは黙った。それから、深く息を吸った。


「わかった。——やりなさい」


 二百秒を数える。ルティアが結晶樹の表面紋様を凝視し、周期を追っていた。


「百六十……百七十……直線紋様が減速してる……百九十——」


 オリヴィアはエメラルドの触媒に意識を集中した。琥珀に蓄えられたルティアの魔力が、触媒を通じて術式の形を取り始める。構式の幾何学と詠唱の波動が、一つの流れの中で溶け合っていく。


「——今」


 ルティアの声が響いた。


 オリヴィアはスタッフを結晶樹に向けた。


 光が走った。琥珀から放たれた魔力が、エメラルドを経由して——構式でも詠唱でもない、混合の術式として結晶樹に到達した。


 結晶樹の表面紋様が、一斉に静止した。


 直線と曲線が溶け合い、一つの流れになった。あの一瞬——ルティアが実験の暴走の中で目撃した、安定の一瞬と同じものが、今度は目の前で起きていた。


 二秒。三秒。紋様が揺らがない。構式と詠唱が共存した状態が、維持されている。


 四秒。五秒。結晶樹の色が変わった。半透明だった構造物が、内側から温かな光を放ち始めた。琥珀に似た色——ルティアの魔力の色だった。


 六秒。七秒。


 オリヴィアの手の中で、琥珀の水晶が急速に色を失っていく。蓄えた魔力が尽きようとしている。


 八秒——


 光が弾けた。


 オリヴィアの足元がよろめいた。スタッフが支えになり、倒れはしなかった。琥珀の水晶は完全に透明に戻っている。魔力を使い切った。


 結晶樹を見上げた。


 紋様は——まだ動いている。完全な静止ではない。だが、先ほどまでの不規則な明滅は消えていた。直線と曲線が、ゆるやかに、穏やかに、交互に流れている。呼吸のようなリズム。安定した呼吸。


「止まった——いえ、止まってはいない。でも——」


 ルティアが結晶樹の紋様を見つめ、速記のペンを動かしながら声を震わせた。


「安定してる。飽和崩壊の兆候がない。成長も止まった。これは——」


「固定点が形成されました。完全な安定ではありませんが、崩壊はしません。当面は」


「当面って——」


「完全に安定させるには、もっと多くの混合魔力と、もっと長い同期の窓が必要です。私の技量と、一回分の魔力では、ここまでが限界でした」


 ルティアはペンを止めた。記録した紋様データを見つめ、それから結晶樹を見上げた。


「これは——失敗作じゃない」


「はい」


「二つの学派の魔術が統合されたとき、何が生まれるか——その答えが、あれの中にある」


「そう見えます」


「見えるじゃなくて——今、証明されたのよ。混合魔力で安定化できた。それはつまり、あれが本来は安定すべきものだったということ。統合は可能だった。中断されたから不安定になっただけで——」


 ルティアの声が詰まった。涙ではなかった。もっと根深い感情——自分が正しかったかもしれないという、怖いほどの実感が、喉を塞いでいた。


「ルティア」


「……なに」


「ここから先は、あなたの仕事です」


 ルティアが顔を上げた。


「このデータを示すのも、意味を説明するのも、認めさせるのも——私の役割ではありません。私は外部の調査者です。この世界に答えを持ち込む立場にはない」


「そんな——一人でどうしろって——」


「一人ではないでしょう。このデータを見れば、少なくとも何人かの研究者は、破壊以外の選択肢を考えるはずです」


「正しさだけじゃ人は動かないって、あなたが言ったのよ」


「ええ、言いました。だから——正しさだけでなく、あなた自身の言葉で語ってください。気になったから手を伸ばした、という——あの言葉で」


 ルティアは黙った。夜風が吹き、結晶樹が安定した光を静かに散らしていた。


「……あなた、本当に変な人」


「三度目です」


「数えてたの」


「数えています」


 ルティアは笑った。今度は声を出して、短く。そして真顔に戻り、手の中の記録用紙を握りしめた。


「やるわよ。——やるしかないでしょう」


「はい」


「でも、あなたがいなくなった後で『やっぱり無理でした』ってなっても、文句は言わないでよ」


「文句は言いません。ですが——あなたなら大丈夫だと思います」


 ルティアの表情が一瞬だけ崩れた。すぐに取り繕ったが、耳の先が赤くなっていた。


「……根拠は」


「ありません。ただの印象です」


「印象で人を励ますの、やめてくれない?」


「善処します」


 朝が来る前に、オリヴィアは合議塔を出た。


 ルティアとの別れは短かった。長い言葉は要らなかった。ルティアはオリヴィアに印章パンを一つ——アルスの紋章の方を——押し付け、「朝食。どうせ食べてないでしょう」とだけ言った。オリヴィアは受け取り、「ありがとうございます」と返した。


 それだけだった。それで十分だった。


 街道を歩きながら、オリヴィアはパンをかじった。塩気の利いた硬質な味。保存の術式がまだ効いていて、ほんのり温かい。


 学院都市連邦の朝焼けは、白い塔群を橙色に染めていた。幾何学模様も曲線文様も、朝の光の中では等しく輝いて見えた。夜の合議塔で見たのと同じだ。光に溶ければ、境界は曖昧になる。


 街道の脇にある石のベンチに腰を下ろし、パンの最後のひとかけらを口に含んだ。そのとき、ケープの襟元が微かに振動した。


「——おや、もう出てきたのかい」


 メルクリオの声だった。飄々とした口調は変わらない。


「報告があります」


「聞こうか」


 オリヴィアは背筋を伸ばした。石のベンチの上で、スタッフを膝に立て、朝焼けの空に向かって語り始めた。


「学院都市連邦。構式派と詠唱派の二大学派が並立する魔術社会です。魔術は学派に属し、学派への所属が政治的立場を決定します。研究成果が権力に直結し、対面時の魔力署名が身分証明を兼ねる慣習があります」


「ふむ」


「二学派が合議塔において共同召喚実験を実施。実験中に制御を超えた召喚体——結晶樹状の構造物が出現しました。両学院は互いに責任を転嫁し、召喚体の制御解体を決定しようとしていました」


「結果は?」


「召喚体は安定化されました。完全ではありませんが、飽和崩壊の危険は当面回避されています」


「君がやったのかい」


「現地の協力者の助けを借りて」


「ほう。魔力を借りた?」


「はい。構式派に属しながら詠唱派の技法も修めた研究者から。彼女の魔力には両系統の性質が混在しており、それが安定化の鍵でした」


「面白い。で——召喚体の正体は?」


 オリヴィアは一拍だけ間を置いた。


「失敗作ではありませんでした。二学派の魔術が真に統合されたとき生まれる、完成形の萌芽です。不安定だったのは統合が途中で中断されたためで、本来は安定した状態に導けるものでした」


「つまり、二つの学派は本当は相容れないわけではない」


「はい。ですが、それを認めることは連邦の政治的前提を揺るがします。両学院の上層部は、おそらくその可能性に気づきながら、体制維持のために破壊を選ぼうとしていました」


「君はそれを止めた」


「止めたのではなく、別の選択肢を示しただけです。あの世界の人間がどちらを選ぶかは、あの世界の人間が決めることです」


 メルクリオが笑った。声だけの笑い。だが、その中に試すような響きがあった。


「——で、オリヴィア。一つ聞いていいかな」


「はい」


「報告書の内容はわかった。でも、私が知りたいのはそこじゃないんだ。君自身のことだよ。魔力を最高価値とする世界で、魔力を持たない君は——どうだった?」


 オリヴィアは朝焼けの空を見た。結晶樹はもう見えない。合議塔は街道の向こうに小さくなっている。


「不便でした」


「それだけ?」


「いいえ」


 言葉を探した。正確に言おうとして、正確な言葉が見つからなかった。


「……論茶という飲み物がありました。魔力を溶かした茶で、飲む者の属性によって味が変わるものです。私が飲むと、何の味もしませんでした」


「ふむ」


「白湯のようでした。けれど——温かかった。それで十分だと思いました。思おうとしました」


「思おうとした?」


「……はい。本当は、少しだけ——味がしてほしかったと、思いました」


 メルクリオは黙った。珍しいことだった。この神は沈黙が嫌いなはずだ。


「でも」とオリヴィアは続けた。「空であったからこそ、できたこともありました。どちらの学派にも偏らず、どちらの魔力も歪めずに扱えた。封鎖術式にも感知されなかった。空白であることが——今回は、意味を持ちました」


「意味を持った。——それは、欠落ではなかったということかな」


「わかりません。意味があったことと、欠落でないことは、同じではないかもしれません」


「はは。君は本当に——正直だね」


 メルクリオの声に、試すような色が薄れていた。代わりに、もう少し柔らかいものが混じっている。


「一つだけ、私の感想を言わせてもらうよ」


「はい」


「空白であることは、欠落ではないかもしれない。——少なくとも、今日の君を見ていると、そう思えるよ」


 オリヴィアは答えなかった。答える言葉が見つからなかったのではない。答えてしまうと、その言葉が確定してしまう気がしたのだ。まだ自分で確かめていないことを、他者の言葉で決めたくなかった。


「……ご報告は以上です。メルクリオ様」


「様はいいって」


「メルクリオ」


「よし。ご苦労さま。次の派遣がいつになるかは——まあ、私の管轄じゃないけどね。他の神が何か考えてるかもしれないし、考えてないかもしれない」


 通信が途切れた。ブローチのエメラルドの明滅が止まり、朝の静寂が戻った。


 オリヴィアは石のベンチの上で、スタッフを両手で抱えた。琥珀の水晶は透明に戻っている。ルティアの魔力は全て使い切った。エメラルドの触媒も沈黙している。空の器は、また空に戻った。


 だが——琥珀の表面に、ほんの一瞬だけ、温かな光が走った気がした。ルティアの魔力の残響か、朝日の反射か、それとも。


 オリヴィアはそれを確かめなかった。確かめる必要はなかった。


 立ち上がり、ケープの裾を整え、歩き出す。次の世界がいつ来るかはわからない。次の依頼主がどんな神かも。ただ一つわかっているのは、また知らない場所に立ち、知らない人間と出会い、知らない問題に向き合うということだ。


 そしてそのとき、自分はまた空の器としてそこにいるだろう。


 味のない茶を飲み、灯らない掌を差し出し、誰かの魔力を借りて術を為す。


 それを欠落と呼ぶのか、それとも——


 答えは、まだ出ない。


 朝焼けの道を、オリヴィアは歩いていった。スタッフの先端で石畳を軽く叩く音だけが、静かな街道に響いていた。

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