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第4話 〜100%勝てるギャンブル〜

約束の日の朝、5時58分に目が覚めた。


時計を握ったら映像が来た。。


川崎競輪場、第6レース。


先行した1番が最終コーナーで踏み切れず、外から捲ってきた6番が抜け出す。

2着に7番、3着に後方から伸びた4番が入る映像だった。


時計は温かかった。


*(今日は川崎か。しかも山下さんを連れて行く日だ)*


初めて他人に見せる。

今日も勝てる。

ただ問題は「勝つこと」じゃない。


*(この人が俺の話を信じるかどうかだ)*


信じてもらえなくても構わない。

でも信じてもらった方がいい。


山下という人間を、俺は買っている。

最初の面談で、バカにしなかった。

今日も真剣に向き合ってくれるはずだ。


山下には

「昼頃に一本ある」

と言った。

 

第6レースの発走は12時台になる。


---


南武線に乗った。

朝のラッシュが終わりかけた時間帯で、車内に余裕があった。


窓の外を、11月の街が流れていく。

郊外の住宅、踏切、コンビニの看板。


いつもと同じ景色だが、今日は少し違う意識で眺めていた。


---



川崎競輪場に着いたのは11時半を少し過ぎたころだった。


山下はスタンドの入口近くで待っていた。

今日も濃紺のスーツだった。


競輪場に来る格好ではないが、本人は気にしていないようだった。


*(この人は競輪場でもスーツなのか。それはそれで信頼感がある)*


「おはようございます」


「おはようございます」


2人並んでスタンドへ向かった。

山下は何も聞かなかった。

俺も何も言わなかった。


*(この沈黙が自然なのは、山下さんのおかげだ。

俺が無口でも気にしない人間というのはありがたい)*


席に座ってから、出場表を開いた。


「第6レース、3連単『6→7→4』を買います。賭け金は8万円。

 払い戻しは3連単の試算で70倍前後なので、500万円台になります」


山下がメモ帳を出した。

「購入前に伺います。この番号はどのように決めましたか」


「今朝、映像が見えました。

毎朝、その日に賭けるレースと結果が映像で来ます。

時計を握ると温かくなる日が当たりの日です」


山下が黙って書いた。

感情の読めない顔だった。


---


第6レースの発走まで、まだ30分以上あった。


席に並んで座ったまま、2人で時間を過ごした。

山下は合間で電話をとったり、メールを返したり終始忙しそうだった。


*(忙しそうなのに、よくこんな荒唐無稽な話に時間を割いてくれたな)*


第5レースが終わった。

次のレースの準備アナウンスが流れる。


山下がメモ帳から視線を上げた。

「少し聞いてもいいですか」


「どうぞ」


「映像は毎朝、必ず来るんですか」


「来る日と来ない日があります。来ない日は賭けません」


「今朝は来た」


「はい。川崎の第6レースが見えました。

6番が動くのが、止まっているくらい鮮明に見えました」


「なるほど」


「次のレースで事実かどうかわかります」


ついに第6レースが始まる。


---


発走の号砲が鳴った。


1番が飛び出して先頭に立った。

後続がその後ろで固まる。

2コーナー、3コーナーと先頭のまま進む。


*(来い、6番)*


最終コーナーで外から6番が動いた。

内を締めながら1番に並びかけ、直線で一気に突き抜けた。


後ろから7番が続いた。

4番が外から伸びて3着に飛び込んだ。


「6・7・4」。確定。


払い戻し、568万円。


*(外れなかった。当たり前だが、外れなかった)*


横の山下を見た。

表情は変わっていなかった。

ただ手元のメモを見つめていた。

視線が止まっている。


「もう一度、伺ってもよろしいですか」


「どうぞ」


「毎朝、映像が来ると言いましたが、外れたことは本当に一度もないんですか」


「一度もありません。時計が温かくならない日は賭けません」


山下が少し間を置いた。


「……今日はひとまず確認の1日です。もう一日、同じように見させてもらえますか」


「構いません」


*(まだ信じきっていない。それが正しい判断だ。1回じゃ足りない)*


---


帰りは山下と場外で別れた。


「では明日にまた。場所と時間に関してはご連絡お待ちしております」

山下が静かに言った。


「わかりました」


それだけだった。

山下は改札の方へ向かった。

その背中を少し見送ってから、俺も駅へ歩いた。


帰りの電車の中で、今日のことを反芻した。


568万が当たったとき、山下の顔はほとんど変わらなかった。

驚かなかった。


表情ひとつ動かなかった。


「確認の1日」と言って、2回目を求めた。


1回の的中は偶然でも説明できる。

2回連続で、事前宣言付きなら、話が違ってくる。


*(明日、また映像が来ると決まっているわけじゃない)*


でも来る気がした。

今日の時計の熱さは朝から強かった。

あの感覚が出る日は、翌日以降にも続くことが多い。

立川も来るはずだ。


アパートに帰って、ノートを開いた。

 

川崎競輪、第9レース、3連単6→7→4、純利益568万円。


書いて、閉じた。


---


次の日、今度は立川競輪場だった。


山下はまた入口で待っていた。

今日は少し早かった。


*(今日は第7レース「3→9→5」だ。発走は11時半過ぎの予定だ)*


第7レース、3連単「3→9→5」。

賭け金10万円。

今日は昨日より少し多い。


俺が車券を買って見せた。

山下が写真を撮った。


*(写真まで撮った。証拠を積み上げている。この人は本当に仕事が早い)*


発走した。


3番が序盤から動いた。

前との間合いを詰めて、中団から押し上げていく。


9番が後ろについた。

最終コーナー、3番が踏んだ。


後続を突き放して直線に入る。

9番が食らいついた。


内から5番が差し込んだ——


「3・9・5」。確定。


払い戻し、714万円。


2日合計で1,282万円。


賭け金は18万円だった。


*(18万が1,282万になる。8年間負け続けた人間が、今は毎回こうだ)*


山下がしばらくバンクを見ていた。

レースはもう終わっていた。


選手が引き上げていく。


それでもしばらく、黙って見ていた。


「山下さん」


「……はい」


「どうですか」


山下がこちらを向いた。


「信じます」

と静かに言った。


「仕組みはわかりません。理屈もわかりません。

ただ、2日間で2つのレースが、購入前に宣言した通りに的中した。

これを偶然と言う気にはなれません」


*(良かった、信じてくれた)*


しばらく、2人でバンクを見ていた。

レースはもう終わっている。

選手が引き上げていく。

アナウンスが次のレースの案内を始めた。


それだけのことだが、胸の中で何かが動いた感覚があった。

時計を拾ってから、誰にも話せなかった。


時計のことも、映像のことも。

山下さんはそれを2日間で確かめて、「信じます」と言った。

笑わなかった。騒がなかった。信じてくれた。


「それを踏まえて、改めてお話ししたいことがあります」


「承知しました。来週、事務所に来ていただけますか。」


 「わかりました」


---


立川競輪場で山下と別れた翌週、もう一度税理士の事務所を訪ねた。


前回と同じ部屋、同じ席。

山下がコーヒーを出してくれた。


前回と、外見上は何も変わらない。


ただ、この人が2日間で自分の目で確かめたことを、お互いが知っている。

それだけで、部屋の空気が少し違った。


「会社を立てたいと思います。資本金1億円で」


山下が少し目を細めた。


「わかりました。では進めましょう」


「株式会社と合同会社、どちらをお考えですか」


「株式会社で」


「わかりました。将来的な規模拡大や会社の買収なども視野に入れるなら、株式会社の方が柔軟に動けます。対外的な信用力も高い。

いい判断だと思います。

設立の手続きについては、こちらの事務所で一括対応できます。

うちは税理士のほか、司法書士も在籍していますので、定款の作成から登記、法人口座の開設まで、窓口を一本化してお任せいただけます」


俺はコーヒーを一口飲んだ。


「それと、もう一つ話があります」


「はい」


「そもそもの話になってしまうのですが」


「はい」


「今の事務所を辞めて、うちの会社に来て、設立後の税務・経理全般を専属で見てほしいです。

今の年収はいくらですか」


山下が少し間を置いた。


「……1,200万ほどです」


「月給300万。インセンティブと賞与は別途。

忙しい時期が重なれば、年収で4,500万から5,000万。

その条件で僕の設立する会社に入っていただけませんか」


静かな事務所に、外の車の音だけが聞こえた。


山下がボールペンをテーブルに置いた。


「……本気ですか」


「本気です」


山下がしばらく黙っていた。


*(名刺には税理士と司法書士、両方の資格が並んでいた。

今の事務所での肩書きを聞く限り、相当なところまで上り詰めているのはわかる。

これから会社をやっていくなら、この人がいるのといないのでは大きく違うだろう)*


「……なぜ、私なんですか」


「最初のギャンブル中毒の妄言とも言える発言を信じようとしてくれた。

それが今の僕にとっては一番大きかったんです。

信じようとしてくれる人じゃないと、話になりませんでしたから」


山下が少し目を細めた。


 *(シンプルに直感的に信用してもいい気がするというのも大きいが)*


「2点、条件があります」

山下が静かに口を開いた。


「どうぞ」


「私のやり方で税務を組んでいいこと。

私が『これはまずい』と言ったことはやらないこと。それだけです」


「それで構いません」


*(ダメなことはダメとはっきり言う。でもその上で、なんとかして白に変える方法を探してくれる。

そういう人間だと感じていた)*


少し間があった。


「……わかりました」

山下が静かに言った。


「引き受けます」


「ありがとうございます!!」


 「では手順を確認しましょう。

まず株式会社の定款を作成し、公証役場で認証を受けます。

その後、法務局で設立登記。並行して法人口座の開設と、既存の個人資産の整理を進めます。

資本金1億円の払い込みは、設立前に準備が必要です」


「ほとんどは手元の現金です。一部、銀行口座に入れてあります。

合わせて1億円を超えています」


山下が一瞬だけ固まった。


「……手元の現金、というのは」


「文字通り現金です。段ボールに入れてアパートに置いてあります」


山下がしばらく黙った。

何かを堪えているようだった。


 「……わかりました。払い込みの手続きについては、改めてご説明します。

資本金の払い込みは銀行口座経由で行う必要がありますので、現金を先に口座へ入金していただく段取りが必要です。

桐島さんの個人資金をいったん全額ご自身の口座に入金していただき、そこから設立時の払い込み専用口座へ振り込む形になります。

個人口座から法人口座への資金移動という形で記録が残りますので、その点はご了承ください。

馬券の控えはお手元にありますか」


「あります。全部残してあります」


「では、それを資金の出所として整理しながら入金の手続きを進めます。一時所得の確定申告と合わせて、こちらで段取りします」


「桐島さんが代表取締役ということでお間違いないですか」


「いえ。代表取締役は別で立てます。幼馴染で、今は居酒屋の副店長をやっています。

もう話はしてあって、来てもらうことは決まっています」


「承知しました。登記前に、その方の印鑑証明書と身分証をご用意いただく必要があります。

ご本人にも書類への署名をいただきます」


「わかりました。すぐ連絡します」


「桐島さんご自身の役職はどうなさいますか」


「会長職でお願いします」


「会長は対外的な代表権を持たない役職になります。

契約の締結や法的な権限は代表取締役が持つ形です。

桐島さんはオーナーとして意思決定に関わりながら、表に出る役割は代表取締役に任せる、という立ち回りになります。それで問題ありませんか」


「問題ないです」


「株式についてはいかがですか。桐島さんが100%保有ということでよろしいでしょうか」


「はい」


「わかりました。では株式はすべて桐島さんの保有で進めます。

将来的に役員や従業員に株式を付与する予定が出てきた場合は、そのときに改めてご相談ください」


「承知しました。では来週中に定款の草案をお持ちします。会社名はお決まりですか」


「KY Holdings」


「KY……失礼ですが、由来は」


「特にないです」


「承知しました」


---


定款の草案は約束通り翌週に届いた。


事業目的の文言、役員の構成、本店の所在地。

山下と並んで一項目ずつ確認していく作業は、地味だったが妙に緊張感があった。

文章一つひとつが、これから作る会社の骨格になっていく。


「事業目的なんですが」

山下がページをめくりながら言った。


「現時点では投資業・コンサルティング・不動産業の三本柱で登記しますが、将来的に事業を拡大することを想定して、広めの文言にしておいた方が後々楽です」


「どう変わるんですか」


「登記事項を後から変更しようとすると、変更登記の手続きと費用がかかります。

最初から『その他これらに附帯関連する一切の事業』という条文を入れておくと、かなり広い範囲をカバーできます」


「入れてください」


「承知しました」


本店の所在地の欄を見た。練馬区の住所が入っていた。


「こちらの所在地で間違いないですか」


「いったんここなんですが、事務所を借り次第、変更すると思います」


「かしこまりました。それは問題ありません」


*(事務所、探さないといけないな)*


やることのリストが、また一行増えた。


山下がページを閉じた。

「今日はここまでにしましょう。公証役場での認証が終わり次第、連絡します。

並行して法人口座の開設準備も進めます」


「わかりました」


立ち上がって、コートを手に取った。

事務所の窓の外は、もう夕方の暗さになっていた。


12月が近い。

光が早く落ちる季節だ。


「一点だけ」

山下が静かに言った。


「西村さんのことですが」


「はい」


「代表取締役として登記前に一度、ご本人とお会いできますか。

書類の説明もありますが、どういう方なのか、直接確認したいと思っています」


*(この人は抜かりがない。書類で済む話ではなく、人間を確かめにいく)*


「構いません。いつでもセッティングします」


「よろしくお願いします」

山下が頭を下げた。


「では、また」


事務所を出た。

11月の夜の空気が、体にまとわりついた。


*(会社が、動き始めた)*


エレベーターに乗りながら、そのことをゆっくりと噛み締めた。


次は西村と山下を引き合わせる。

そこから先に何が起きるかは、まだ誰にもわからない。

でも動いている。確実に動いている。


---


**── 残高メモ ──**


| 今話の収益(11/17〜12/21・35日間) | **+約4,700万円** |

|:--|--:|

| ※山下管理中・法人口座開設後に一括法人計上予定 | |

| 桐島遊馬 個人資金(変動なし) | 約1億507万円 |

| **山下保管分(法人向け・未計上)** | **約4,700万円** |


---


*【第5話(年の瀬の大一番)へ続く】*

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