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第3話 〜大台〜

時計を拾った日から、1ヶ月余りが過ぎた。


毎朝来る映像に従って、淡々と稼ぎ続けた。

 

競馬、競輪、競艇、スロット。


種目は日によって変わるが、やることは変わらない。

朝に映像を受け取って、時計で確かめて、指定された場所へ行って、賭けて、帰る。

 

外れたことは一度もなかった。


1回の払い戻しが多額になりすぎないよう、賭け金を絞って動き続けた。

地味な作業だった。

でも地味に確実に、数字は積み上がっていった。



| 日 | 種目 | レース・台 | 賭け金 | 払い戻し |

|----|------|-----------|--------|---------|

| 19日目 | 競馬(中山) | 3連単 | 12万 | 590万 |

| 21日目 | 競艇(戸田) | 3連単 | 10万 | 520万 |

| 23日目 | スロット(スロット北斗) | ― | 3万 | 44万 |

| 25日目 | 競輪(京王閣) | 3連単 | 15万 | 690万 |

| 27日目 | 競馬(東京) | 3連単 | 14万 | 646万 |

| 30日目 | 競艇(多摩川) | 3連単 | 12万 | 480万 |

| 33日目 | 競輪(松戸) | 3連複 | 8万 | 220万 |

| 35日目 | 競馬(中山) | 3連単 | 15万 | 620万 |

| 38日目 | スロット(パーラーZEN) | ― | 2万 | 35万 |

| 40日目 | 競艇(江戸川) | 3連単 | 14万 | 690万 |



10日間(休み含む約3週間)の純利益、約4,400万円。


1ヶ月余りで、手元の現金は約9,700万円に達した。


そういえば、競馬場の指定席に行くと、毎回丸眼鏡の男を見かけた。

D列の同じあたりに陣取って、相変わらず競馬新聞を広げ、何かを書き込んでいる。


俺が払い戻し窓口から戻ってくるたびに、男の目が少しだけこちらに動いた気がした。

声をかけてくることは一度もなかった。


---


ある夜、アパートに帰ってから、しばらくベッドに座っていた。


段ボール箱を開けて、帯封のかかった束を眺めた。

数える気にもならない量になっていた。


*(そういえば)*


翌朝、500万円分の帯封の束を封筒に入れて、近所の銀行の窓口へ持っていった。


現金での大口入金は、窓口で確認が入ることがある。


案の定、担当の行員が申し訳なさそうな顔をしながら

「ご入金の資金の出所についてお伺いしてもよろしいでしょうか」

と言ってきた。


「競馬の払い戻し金です」


行員が少し間を置いた。


「……複数回に渡る払い戻しでしょうか」


「そうです」


「馬券の控えはお持ちでしょうか」


持っていた。

几帳面に保管してきた習慣が、ここで役立った。


馬券の束を見せると、行員が確認して

「少々お待ちください」

と引っ込んだ。


10分ほど待って、戻ってきた。


「お手続きを進めます。ありがとうございます」


*(ギャンブルの証拠が身分証になる日が来るとは思わなかった)*


入金が完了した。

その足でスマートフォンを取り出して、ネットバンキングを開いた。


父親の口座番号は、2年前に送ってもらったメモがまだ残っていた。


消費者金融3社の返済に使った番号だ。

俺が26歳のとき、父親が肩代わりしてくれた分の金額。

土下座しながら頼んだ金だ。

忘れるはずがない。


振込金額の欄に、数字を入力した。


500万円。


送金理由の欄に何か書くべきか少し迷ったが、何も書かなかった。

書くことが思い浮かばなかったというより、言葉にする必要がない気がした。


確定ボタンを押した。

画面に

「お手続きが完了しました」

と出た。


*(……ありがとう、そしてごめんなさい)*


心の中では感謝と謝罪を繰り返したが、直接伝える勇気はなかった。


銀行での入金手続きを終えた帰り際、窓口の行員に声をかけた。


「税務と法人設立をまとめて相談できる事務所を紹介してもらえますか」。


行員が

「少々お待ちください」

と言って引っ込み、戻ってきたときに名刺を1枚渡してくれた。


「税務から法務・登記まで一括で対応していただけます。うちのお客様にもご利用いただいている事務所です」。




翌日、その事務所を訪ねた。


税務、法務、登記まで一括で対応できるという触れ込みの事務所だった。


担当についたのは、山下という四十代半ばの男だった。

物腰が柔らかく、話が早い。

現状を説明すると、静かに聞いて、しばらく考えて、口を開いた。


「それだけ収益が上がっているのであれば、法人化は正解です。ただ、設立のタイミングと資金の処理順序を間違えると、あとで税務署に刺さりやすい構造になります。手順を踏みましょう」


 「ところで、どういった事業でそれほどの利益を生み出しているのでしょうか。」


「ギャンブルです」


「.....ギャンブルですか」


「一般的にギャンブルの払い戻し金は個人の一時所得ですので、法人の売上に計上することはできません」


「そうなんですね」


「はい...ただ、実際それだけの収益をすでに生み出しておられますので、法人化するのはありかもしれません。詳細はお伝えできませんが、法人の売上に計上する手段もなくはないので...」


「それができるのであれば、法人設立の方向性でお願いしたいです」


 「かしこまりました。まず株式会社を設立します。事業目的は投資業・コンサルティング・不動産業の三本柱で登記する。次に、これまでの収益の性質を整理します。ギャンブルの払い戻し金は個人の一時所得ですが、法人設立後は事業として収益を立てる枠組みを設計できます。資金の流れを整理しながら、適切な形を作っていきましょう」


 「法人を作る前に個人で稼いできた分はどう扱いますか」


「そちらは別途、一時所得として確定申告の処理が必要になります。申告の仕方と課税の計算については、こちらで整理します。詳細は次回以降にご説明しますが、逃げずに正面から処理するのがいちばん安全です」


「わかりました」


「対外的には、どのような事業をしていると説明するのが妥当でしょうか」


「投資事業が無難かと。将来的に不動産や事業投資を絡めれば、より安定した法人の実態も作れます」


「実際、資金が貯まってきたら事業を起こしたり会社買収なども行っていきたいですしね」


「わかりました。では設立の準備が整い次第、ご連絡ください」


立ち上がりかけて、少し迷ってから口を開いた。


「一点だけよろしいですか」


「はい」


「私が、ギャンブルに百パーセントの確率で勝てると言ったら、信じてもらえますか」


山下がすぐには答えなかった。

表情は変わらなかったが、目が少し動いた。


「……百パーセント、というのは」


「毎回です。今日の結果が、朝に映像として見えます。その通りに賭けると、外れたことが一度もない」


事務所の中が静かだった。

外の通りの音だけが聞こえた。


「……信じるかどうかは、確認してから判断します」

山下が静かに言った。


「来週あたりで一度、現場を見せていただけますか」


「わかりました。日程が決まりましたらご連絡ください」


それだけ言って、事務所を出た。


外に出ると、11月の空気が冷たかった。


歩きながら、少し考えた。


*(この能力が、いつまで続くかわからない)*


翠色の時計を拾ってから2ヶ月弱。

一度も外れていない。


でも、永遠に続く保証はどこにもない。

老人が何者かもわからない。

時計がなぜ温かくなるのかもわからない。

ある朝突然、映像が来なくなる可能性はゼロじゃない。


*(もしそうなったとき、俺に何が残るか)*


現金だけではだめだ。

金は使えばなくなる。

ギャンブルで稼いだという過去だけが残っても、それは何の信用にもならない。

8年間負け続けてきた男の言葉など、誰も聞かない。


会社が必要なのは、税金の話だけじゃない。


*(本当に稼げる事業を作りたい)*


能力に頼らなくても回る会社。

社会的な実績と信用。

そういうものが手元にあれば、仮に時計が動かなくなった日が来ても、ゼロには戻らない。


*(ギャンブルの金は種にする。事業で本物の金を作る)*


それだけのことだった。


---


そしてある朝、それは来た。


競艇・平和島「G1平和島記念・第11レース」。


---


朝5時44分。


時計を握った瞬間、今日の映像が来た。


いつもより、鮮明だった。


競艇場の水面。6艇がスタートを切り、1マークへ殺到する。

内側の艇が膨らんだ瞬間、大外から一艇だけが鋭く差し込んでくる。

ゼッケンの数字が、これまでで一番くっきりと焼きついた。

「5」。

2着、「2」。

3着、「4」。


時計が、熱かった。


今まで感じたことがないくらい、熱かった。


出走表を調べた。

平和島競艇場、第11レース。


5号艇、早川 誠司。

直近の成績が振るわず、単勝オッズは16.8倍。


2号艇、浜田 修。

オッズ2.3倍。

断然の1番人気。


4号艇、三原 大輔。

オッズ5.1倍。


3連単の試算。

5号艇が頭で来て2号艇・4号艇が続くなら、配当は40倍から50倍は見込める。


*(1億まで、あと約735万)*


*(30万突っ込んで、45倍なら1,350万になる計算だ)*


時計を、もう一度握った。


熱さは変わらなかった。

むしろ、さらに強くなった気がした。


*(これで1億円の大台に乗る)*


ベッドの上で少し考えた。


*(払い戻しが1,000万を超えるなら、現地で現金を受け取りたくない)*


*(大金の紙袋を抱えて帰るのは、もうごめんだ)*


テレボートのアプリを起動した。

以前から口座とクレジットカードを登録してある公式のネット投票サービスで、払い戻し金はそのまま口座に振り込まれる。


平和島・第11レース。


3連単「5→2→4」。1点、30万円。

購入ボタンを押した。


*(あとは待つだけだ)*


スマートフォンをベッドの脇に置いて、天井を眺めた。

染みが3つある。

左上の丸いやつ、真ん中のぼんやりしたやつ、右端の細長いやつ。

今日でこの天井ともお別れかもしれない、とふと思った。


*(まあ、染みには愛着がないが)*


---


午前11時過ぎ、スマートフォンでライブ映像を開いた。


平和島競艇場・第11レース。

画面越しに、水面が見えた。

風で細かく波立っている。

6艇がピットを離れていく。


---


発走。


2号艇・浜田が内側へ鋭く切り込み、先頭で1マークへ向かう。

予想通りの展開だった。


*(来い)*


1マーク。


浜田が内側のラインを取った。

その瞬間、大外から5号艇・早川が飛び込んできた。

浜田が膨らんだわずかな隙間を、早川が正確に突く。

艇が水しぶきを蹴り上げながら、鋭角にターンを切った。


2マーク以降、先頭は早川。

浜田が追いかける。

4号艇・三原が3番手。


*(そのまま)*


最終周に入っても順番は変わらなかった。

早川が先頭を守り切ったまま、ゴールブイを通過した。


2着争いで浜田と三原がもつれた。

しばらく審議のランプがついた。


ランプが消えた。

掲示板に数字が光った。


「5・2・4」


確定。


テレボートのアプリを開いた。


払い戻し金額の欄に、数字が表示されていた。


1,300万円。


ベッドの上で、胸の中で数字を足した。


今日の純利益、1,270万円。


今日の朝の時点で9,265万円。


プラス、1,270万円。


合計。


*(……1億535万円)*


しばらく動けなかった。

スマートフォンを胸の上に置いて、目を閉じた。


*(3万2千円から始まって、1億を超えた。時間にして45日ほど。この数字を声に出したら、たぶん笑ってしまうと思う)*


誰かに言いたいとも思わなかった。

叫びたいとも思わなかった。

ただ、じんわりと、何かが胸の中に広がった。


8年間、4,000万円溶かしてきた男が、1億円を持っている。


*(親父に言ったら、なんて言うだろう)*


しばらくそのまま、目を閉じていた。


それから、枕元の時計を手に取った。


翠色の金属が、薄暗い部屋の光の中で鈍く光っている。

逆向きに動く針が、今日も静かに時を刻んでいる。

握ると、いつもの温もりがあった。


*(お前のおかげだ)*


老人が何者だったのか。

この時計が何なのか。

今でも何もわからない。

あの日、競馬場のベンチで偶然拾わなければ、今日もコンビニのおにぎりを食いながら外れ馬券を握りしめていたはずだ。


*(なぜ俺だったんだろう)*


答えは来なかった。


時計の温もりを手のひらで確かめながら、しばらくそのままでいた。


手元に1億ある。

でも、これはまだ始まりにすぎない。


*(金は種だ。ここからだ)*


体を起こして、スマートフォンを取り出した。


旧友である西村公輝の番号を探した。

最後に通話した日付を見た。

 

8ヶ月前だった。


---


「……もしもし? 遊馬?」


3コールで出た。

少し驚いた声だった。


「久しぶり」


「久しぶり!え、どした、急に。生きてた?」


「生きてた」


「よかった。心配してたんだけど、連絡来なさすぎて」

西村が笑った。

 

「どうした、金でも貸してほしい?」


「逆です。今夜、練馬に来れますか。

 飯でも食いながら話があります」


電話の向こうで一瞬、間があった。


「……お前、なんで俺に敬語使ってんの」


「さあ」


「さあって何。8ヶ月ぶりに電話してきて敬語て」


「来れますか」


「行きますよ」

西村が笑った。


「何時ごろですか」


「7時ごろです」


「わかりました」


---


「ふくろう」に着いたのは午後6時半過ぎだった。


カウンターに座って、生ビールを頼んだ。


福田さんが

「今日は早いね」

と言った。


「ちょっといいことがあったので」


「また?最近、いいことが多いな」

福田さんが少し笑った。


刺身を頼んで、ビールを飲んだ。

マグロが今日も旨かった。


7時少し前に暖簾をくぐって入ってきた人間を見て、福田さんが少し目を丸くした。


182センチ、顔が濃い。

入口に立っただけで店の空気が変わるような男だった。


「遊馬!」

西村が手を上げた。


「久しぶりすぎて顔忘れかけてたわ」


「8ヶ月ぶりですね」


「その敬語やめて」

西村が笑いながらカウンターの隣に座った。


「気持ち悪い」


福田さんにビールを頼んで、一口飲んだ。


「元気だった?」


「まあまあ」


「まあまあて。相変わらず適当だな」

西村が笑った。


「そっちは」


「俺はまあ、ぼちぼちかな。副店長も2年になってさ。最近はそれなりに慣れてきたと思ってたんだけど」西村がグラスを傾けた。


「実はちょっと複雑な状況でさ」


「何が」


「今月いっぱいで店が閉まることになったんだよ」


「閉まる?」


 「そう。会社の方針で。採算が合わないとかで、うちの店だけじゃなく何店舗かまとめて。先月突然言われてさ」

西村が苦笑いした。


 「まあ、副店長って言っても結局サラリーマンだからな。こういうときは何もできない」


 「次はどうするんだ」


 「それがまだ決まってないんだよな。本部から異動の話もあるにはあるんだけど、なんか気乗りしなくて。お前から連絡来たのがちょうどいいタイミングだったよ。気晴らしにもなるし、久しぶりに飲みたいと思ってたから」


 *(タイミングが重なった)*


西村が焼き鳥を頼んで、こちらを見た。


「で、お前は何やってんの。会社辞めたって聞いたぞ」


「フリーで投資をやってた」


「投資? 株とか?」


「まあ、そういうやつ」


「儲かってんの?」


「まあまあ」


「まあまあてまたそれか」

西村が笑った。


「でも、急に呼び出すくらいだから何かあったんだろ。話って何」


俺はビールを一口飲んだ。


「来月、会社を作る。そこに来てほしい」


西村がグラスを置いた。


「……は? 会社?」


「ああ」


「お前が?」


「俺が」


「なんで急に」


「投資がうまくいった。法人にした方がいい」


「……まじで?」


「まじで」


「いくら儲かったんだよ」


「それはまた追々」


「追々て」

西村が苦笑いした。


「お前、相変わらず肝心なとこ言わないな」


「会社って、なんの事業の会社だよ」


「投資とコンサルティングと不動産の予定」


「だいぶざっくりしてるんだな」

西村が苦笑いした。


しばらく2人でビールを飲んだ。

西村が焼き鳥をかじりながら、ふと言った。


「……本当に大丈夫か。変なやつに騙されてたりしてないか? それか、やばい金じゃないよな」


「やばくない」


「確かに?」


「確かに」


西村がしばらく俺の顔を見ていた。

何かを確かめるような目だった。


「……まあ、お前が嘘つくやつじゃないのはわかってるから」


「ああ」


「で、俺に何をしてほしいんだ」


「代表取締役として来てほしい。接待、人脈作り、会社の顔。そういう役割だ。俺はオーナー兼会長として裏で動く」


「代表取締役」

西村がゆっくり繰り返した。


「俺が」


「お前以外に頼める人間がいない。顔と人脈と、場を作る力。お前はその3つを持ってる」


西村が深く息を吸った。

グラスを両手で包むように持って、少し下を向いた。


「今の給料っていくら」


「38万だけど」


「その3倍4倍以上は絶対出す。というか、もう200万でどうだ」


沈黙があった。


「200万……月に?」


「月にな」


少し間があった。


「まじ?」

西村が笑った。


「お前とは常々、友達で良かったって思ってたんだよ。手伝えることがあれば何でも手伝う。これからよろしくな」


「お前、調子いいな」


「調子よくて何が悪いんだよ」

西村が笑った。


「で、いつ頃から動くんだ」


「来月中には立ち上げるつもりだ」


「はやっ」

西村が目を丸くした。


「もう動いてるじゃないか」


「待つ理由がない」


「……お前らしいな」

西村が笑った。


「わかった。こっちも退職の手続き、来月中に終わらせる。何かあったら連絡してくれ」


「ああ」


西村がビールのお代わりを頼んだ。


福田さんが焼き鳥をもう一皿出してくれた。

2人でカウンターに並んで、しばらく飲んだ。


窓の外で、11月の夜風が看板を揺らしていた。


---


西村と解散した後、池袋に向かった。


特に理由があったわけじゃない。

1億円を手にした夜に「ふくろう」で飯を食って、幼馴染に会社の話をして、それだけで終わるのが、なんとなく足りない気がした。


クラブ・ルーナの階段を上がると、ボーイが出迎えた。


「本指名はございますか」


「水沢アンさんで」


少し待つと、アンちゃんが来た。


「……また来てくれたんですね」


「来ましたよ」


「うれしいです」

アンちゃんが少し笑った。


「本指名してくれたし」


「前回、そう言ってたので」


「覚えてくれてたんですね」


「話しやすかったので」


アンちゃんがまた笑った。

今日も作った笑いと素の笑いの境目がよくわからないが、どちらでもいい気がした。


席について、アンちゃんが作ってくれた水割りを口にした。

話は前回の続きのようにすんなり始まった。

競馬の話を少しして、アンちゃんが最近ハマっているドラマの話になって、俺はほとんど聞く側だったが、それが苦じゃなかった。


1時間ほど経ったころ、思い切って言った。


「ドンペリで」


アンちゃんが少し目を丸くした。


「入れてもらえるんですか」


「飲んでみたかったので」


「うわー、ありがとうございます! すごいうれしい! お願いしまーす!」


アンちゃんがボーイを呼んで、短くやりとりした。


「キャバクラでシャンパンを頼むのは初めてです」


「初めて!?すごい嬉しい!」

アンちゃんが笑った。


ドンペリが来た。

ボーイが丁寧にグラスに注いでくれた。

泡がきめ細かく、黄金色だった。


一口飲んだ。


「どうですか」

アンちゃんが聞いた。


「正直おいしいかどうかわかんないです」


「正直ですね」


*(褒めてるのか)*


その後2セット、席で並んで飲んだ。

話の内容は大したことではなかったが、それでよかった。

1億円の話も、会社の話も、山下の話も、何も出てこなかった。


「普段こういうところへ飲みに行く時はお一人なんですか?」


「そうですね、まあ」


「次は連れと一緒に来ます」


「ぜひお待ちしてます。今日は本当にありがとうございました」


会計を済ませた。ドン・ペリニヨン小計8万円、セット料金・本指名料・飲み物代を合わせた小計にサービス料25%・税10%込みで、合計18万円。


*(まあ、いい夜だった)*


階段を下りて外に出ると、11月の池袋は冷えていた。タクシーで練馬に帰った。


---


**── 残高メモ ──**


| 今話のギャンブル収益 | **+5,700万円** |

|:--|--:|

| 父親への返済 | ▲500万円 |

| 生活費・外食(約3週間) | ▲10万円 |

| クラブ・ルーナ(1人・本指名・ドンペリ) | ▲18万円 |

| 前話からの繰り越し | 5,335万円 |

| **桐島遊馬 手元現金** | **1億507万円** |


---


*【第4話(有馬記念)へ続く】*

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