第1話 〜三連単〜
朝6時18分。
目が覚めた。
天井を見た。
築28年のアパートの天井は、染みが3つある。
左上の丸いやつ、真ん中のぼんやりしたやつ、右端の細長いやつ。
8ヶ月住んでいるので全部の形を覚えた。
おはようございます。
今日も変わりないですね。
窓の外が明るい。
カーテンの隙間から差し込む光の色が、最近少し変わってきた。
白っぽかった夏の光が、10月に入ってからオレンジがかってきた。
朝の空気も違う。
隙間風が入るたびに、体が「寒い」とはっきり言う。
部屋は6畳一間。
ユニットバス、トイレ、小さなキッチン。
家賃58,000円。
家具はベッド、折りたたみのローテーブル、衣装ケースが3つ。
テレビはない。
冷蔵庫の中には缶コーヒーと、賞味期限が昨日で切れた牛乳がある。
枕元の時計を握った。
その瞬間、映像が来た。
今日は違った。
いつもは「1頭」だ。
走る馬の映像が来て、番号が焼きつく。
それだけだった。
でも今朝は、3頭いた。
東京競馬場の直線。
外から豪快に飛んでくる黒鹿毛、「11」。
その内を割って伸びる鹿毛、「3」。
さらに外から追い込んでくる青帽、「7」。
3頭が折り重なるようにゴール板に飛び込んでくる映像が、順番に、ゆっくりと焼きついた。
*(……3頭?)*
今まで一度もなかったパターンだった。
起き上がって、握ったまま手の中の時計を確かめた。
温かかった。いつもより、少し熱い。
*(これは……着順か?)*
11番が1着。
3番が2着。
7番が3着。
映像の順番がそのまま着順を示しているとしたら。
*(3連単、か)*
鼓動が少し速くなった。
最初の7日間は全部単勝だった。
1頭の映像が来て、その馬に全部乗せる。
それだけで十分だと思っていた。
でも今朝の映像は、明らかに3頭分の情報を持ってきていた。
*(使える情報は、全部使えばいい)*
洗面所で顔を洗った。
冷水が手に痛かった。
給湯器のスイッチを入れればお湯が出るのだが、なんとなく毎朝冷水で洗う習慣が抜けない。
8年間ギャンブルに負け続けていた頃、光熱費を節約するために給湯器を切っていた時期が長かった。
体が覚えている。
*(そういう習慣は早めに直した方がいい気がするが)*
コンビニで塩おにぎりを買いながら出走表を調べた。
東京競馬場、第11レース「神無月特別」。
11番、マイネルシュバルツ。
単勝オッズ17.2倍。
前走は中団から伸びを欠いて7着。
人気薄。
3番、ホウオウスパーダ。
単勝オッズ4.1倍。
安定した先行馬。
7番、グランドライオン。
単勝オッズ7.3倍。
差し脚はあるが近走はいまひとつ。
3連単の理論値を計算した。
人気薄の11番が頭に来た場合、3番・7番が絡んでも3連単のオッズは相当跳ね上がる。
試算だと200倍から300倍の間になるはずだ。
*(5万円突っ込んだとして……1,000万から1,500万)*
手が止まった。
おにぎりを持ったまま、しばらくスマートフォンの画面を見ていた。
数字として理解はできる。
でも「1,000万円」という文字列が、現実のものとして頭に入ってこない。
3万2千円しかなかった男の感覚が、まだどこかに残っているのかもしれない。
*(いや、待て。落ち着け)*
*(今日は熱さが強い。7日間の経験則で言えば、熱さが強い日ほど映像が正確だった)*
財布を確認した。最初の7日間で作った現金は、封筒に入れてベッドの下に置いてある。
今日で8日目。
まだ全部ここにある。
俺は財布に5万円を入れた。
コンビニを出ると、空気が冷たかった。
吐く息が少し白い。
駅に向かう道の街路樹が、端から黄色くなり始めていた。
---
東京競馬場の指定席は、平日でもそれなりに埋まっている。
スーツ姿のサラリーマンも、作業着の職人も、競馬新聞を3紙持ち歩く老人も、みんな同じ顔をしている。
負けるかもしれないのに、どこか楽しそうな顔だ。
俺には長年その感覚がわかりすぎるほどわかっていた。
*(だから4,000万溶かした)*
指定席のD列、真ん中あたりの席に座った。
スタンドの上の方まで風が吹き抜けていく。
10月の競馬場は寒い。
薄手のジャケット1枚しか持っていないことに、席に座ってから気づいた。
*(上着、そろそろ買わないといけないな)*
*(ユニシロのダウンでいいか)*
第11レースまでまだ時間がある。
他のレースも念のため時計で確かめたが、何も来なかった。
今日は11レースだけだ。
時間をつぶしながら馬場を眺めていると、第3レースが終わった頃に右隣の席に男が来た。
小柄で細身、丸眼鏡をかけている。
30代前半くらいか。手元に競馬新聞が3紙。
膝の上のスマートフォンには、タイム計測か何かのアプリが開いていた。
男は席に座るなり新聞を広げて、何かを書き込み始めた。
こちらに気づく様子もない。
*(変なやつだな)*
レースのたびに、手を動かしている。
データを集めているのか、記録をつけているのか。
どのレースでも同じリズムで書き続けている。
一度も立ち上がって馬場を見に行かない。
まあ、人のことは言えないが。
俺は出走表を眺めながら、今日の賭けを最終確認した。
3連単、11→3→7。
1点、5万円。
*(外れたら5万飛ぶだけだ。今の俺には許容範囲だ)*
*(問題は、映像通りに着順が来るかどうかだ)*
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第11レースの発走15分前。
俺は席を立って、マークシートを手に取った。
3連単「11→3→7」。記入しながら、もう一度頭の中で映像を確かめた。
黒鹿毛の11番が外から差し切る。
内を割る3番。
外から追い込む7番。
映像は鮮明だった。
時計の熱さも変わっていない。
窓口に向かうと、前に老人が2人並んでいた。
順番を待ちながら、手の中の時計をそっと握った。
温かい。
*(大丈夫だ)*
窓口のおじさんがマークシートを受け取って、一瞬だけこちらを見た。
3連単1点に5万円。
何か言いたそうな顔をしたが、何も言わなかった。
機械が馬券を吐き出した。
席に戻った。
隣の男はまだ新聞に向かって何かを書き込んでいた。
俺もゲートを眺めた。
スタンドの上を秋の風が吹き抜けた。
馬場の芝が西日に光っている。
ゲートの中で馬たちが動いている。
その中に、11番の黒鹿毛がいる。
*(来い)*
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発走の号砲が鳴った。
ゲートが開いた瞬間、俺は立ち上がっていた。
自分でも気づかないうちに。
各馬が飛び出す。
先頭争い、外の馬が主導権を取る。
マイネルシュバルツ――11番の黒鹿毛は、スタートで一歩遅れた。
後方から2番手のポジション。
前との差が3馬身ほど開いている。
*(あ)*
時計を握った。
熱さは変わらない。
*(……信じろ)*
1コーナーを曲がる。
先頭集団が固まる。
11番は後方のまま、流れに乗って走っている。
焦るような素振りはない。
ただ静かに、脚を溜めている。
向こう正面。ペースが落ち着いた。
隣の男が手元に何かを書いている。
俺は柵に両手をついて、11番だけを目で追い続けた。
3コーナー。
動いた。
外から、11番が動いた。
他の馬がまだ仕掛けていない中で、1頭だけペースを上げていく。
鞍上が追い出す。
黒鹿毛の体が伸びる。
見る見るうちに前との差が縮まる。
同時に、3番・ホウオウスパーダが中団から動いた。
内を割るようにポジションを上げてくる。
4コーナー。
展開が一気に動いた。
先頭を走っていた馬たちが直線に向く。
そこに外から11番が殺到する。
内から3番が食い込む。後方では7番・グランドライオンがようやく仕掛けを始めた。
直線。
先頭争いが縦長になる。
11番が大外から前をとらえた。
直線入口で先頭に立つ。内から3番が食らいつく。
外ではグランドライオンが末脚を爆発させながら追い込んでくる。
ゴール前100メートル。
3頭が一線に並んだ。
先頭マイネルシュバルツ、その内にホウオウスパーダ、外からグランドライオン。
3頭がもつれるようにゴール板へ向かっていく。
どれが先頭かわからない。
スタンドから声が上がっている。
俺は息を止めていた。
ゴール板を通過した。
しばらく、誰も何も言わなかった。
電光掲示板に、数字が光った。
「11・3・7」
*(……来た)*
確定が出るまでの数十秒が、やけに長かった。
審議のランプはつかなかった。
確定。
払戻金欄に数字が並んだ。
俺はその数字を、2回読んだ。
1回目は意味がわからなかった。
2回目でようやく、現実だと理解した。
1,045万円。
俺は立ち上がって、払い戻し窓口に向かった。
歩きながら、胸の中で静かに数字を足した。
時計を拾ってからの7日間の残高、238万円。
今日の純利益、1,040万円。
合計、1,278万円。
*(……1,000万を超えた)*
自動払戻機に馬券を通すと、画面に「窓口へお越しください」と表示された。
係員に案内されて、スタンドの端にある高額払い戻し専用の窓口へ向かった。
窓口の中年の係員が馬券を受け取って、「少々お待ちください」と番号札を渡した。
席に座って待った。
5分ほど経って名前を呼ばれた。
「高額の払い戻しの場合は、税務当局への情報提供のため、お名前・ご住所・本人確認書類のご記録をいただいております」
係員が申し訳なさそうな顔で言った。
*(そういう制度なのか)*
支払いは現金だが、氏名と住所は記録される。
本人確認書類の写しも取られた。
国税庁から照会が来たときに出せるように、ということだろう。
氏名と住所を書いて、免許証を提示した。
係員が確認して、紙袋を差し出した。
「どうぞ。1,045万円、お確かめください」
紙袋の中を見た。
100万円の帯封がかかった束が10本以上、きっちり並んでいた。
手が少し震えていることに気づいた。
7日間で慣れてきたつもりだったが、4桁はまた別の話だった。
「ありがとうございます」
紙袋を両手で持った。ずっしりと重かった。
---
競馬場を出ると、夕暮れの空が赤く染まっていた。
日が短くなった。
3時間前に来たときはまだ昼だったのに、もう西の空がオレンジから赤に変わっている。
10月はこれが早い。
風が出てきた。
頬に当たると冷たい。
*(この紙袋を持ったまま電車には乗れないな)*
スマートフォンでタクシーを呼んだ。
3分で来るらしい。
待ちながら、紙袋を体の前で両手でしっかり抱えた。
1,000万円を持って競馬場の前に立っている状況が、なんとなくおかしかった。
笑わなかったが。
タクシーに乗り込んで、アパートの住所を告げた。
シートに深く沈みながら、膝の上に紙袋を置いた。
運転手は何も言わなかった。
アパートに着いてタクシーを降り、部屋に入った。紙袋をベッドの上に置いて、中身を確認した。
100万円の帯封のかかった束を1本ずつ数えた。
10本と、端数で45万円分。
今日の払い戻し、1,045万円。
間違いなかった。
それをベッドの下の段ボール箱に入れた。
最初の7日間で積み上げた238万円と合わせて、箱の中は合計1,278万円になった。
*(……1,278万円)*
もう一度だけ、声に出さずに確かめた。
一、二、七、八。桁を一個ずつ確認する。
1,000万の壁を越えた、という事実が、今になってじわじわと体に染みてきた。
3万2千円だった男が、9日間でここまで来た。
感情を整理する時間が足りていない。
胸の中に何かが積み上がっているが、まだうまく形にならない。
*(稼ぎすぎると、国税局に目をつけられる)*
窓口で名前と口座番号を書いた瞬間のことが、まだ頭にあった。
払い戻しは現金で、追跡できないように見えるかもしれない。
でも記録は残る。
このペースで続ければ、いずれ動きが出る。
*(1億になるまでは、1回で1,000万を超える賭けはやめておこう)*
なんとか国税に目をつけられない手段を考えよう。
それまでは目立たない規模で動く。
負けることはない。
ならば1回の賭け金を抑えれば、ある程度払戻金を抑えた状態で稼ぎ続けることはできる。
*(地味でも、確実に積み上げればいい)*
着替えて、部屋を出た。
*(今日は飯を食おう)*
素直にそう思った。
最初の7日間、毎日コンビニのおにぎりと缶コーヒーだけで動いていた。
検証に集中していたというより、食事に気を向ける余裕がなかった。
ギャンブルをしていた8年間もそうだった。
食事に金をかけるくらいなら、もう1レース賭けたかった。
「食べること」が後回しになるのが当たり前になっていた。
でも今日は、1,000万円を超えた。
*(ちゃんとしたものを食べる理由が、ある)*
---
練馬駅から歩いて5分のところに、「ふくろう」という小料理屋がある。
カウンター7席と、小上がりにテーブルが1つだけの、本当に小さな店だ。
店主の福田さんは60過ぎで、奥さんと2人でやっている。
暖簾は古ぼけていて、看板の字が少し滲んでいる。
入口の脇に小さな植木鉢があって、今の時期は何かの花が終わりかけている。
会社を辞めてすぐの頃、金がなくてどこかで1人飲みたくて、なんとなく入ったのがここだった。
刺身の盛り合わせが安くてうまかった。
1杯だけ飲んで帰るつもりが、気づいたら3時間いた。
福田さんが話しかけてきて、何も聞かずに愚痴を聞いてくれた。
ギャンブルで負け続けていた時期も、月に1、2度だけここに来ていた。
1,000円か2,000円の予算で少しだけ飲む。
それが唯一の贅沢だった。
暖簾をくぐると、店の中が温かかった。
厨房から出汁のにおいがした。
外と内の温度差に、体が少し緩んだ。
福田さんが顔を上げた。
「あ、遊馬くん。久しぶりだね」
「8日ぶりくらいですかね」
「そんくらいか。寒くなったねえ、外」
「なりましたね」
「座りな」
カウンターの端の席に座った。
常連の定位置だ。
今日は他に客が2人、小上がりに中年の男が1人、それからカウンターの中ほどに、30代くらいの女性が1人で静かに飲んでいた。
グラスの前に文庫本が開いてあった。
ページをめくる様子もなく、ただ飲んでいた。
「何にする?」
「今日はガッツリ飲んで食べるつもりです」
福田さんが少し首を傾げた。
「珍しいね。いつもは1杯だけって顔して入ってくるのに」
「ちょっといいことがあったので」
「仕事でも見つかった?」
「まあ、そんな感じで」
「そうか」
無駄に詮索してこない人だ。
それがここの好きなところだった。
「じゃあまず、刺身の盛り合わせと、生ビールひとつ」
「はいよ」
---
刺身が来た。
マグロ、ヒラメ、タコ、〆サバ。
どれも丁寧に切ってあって、ツマも綺麗だった。
醤油をちょっとつけてマグロを口に入れた瞬間、思わず目を閉じた。
*(……うまい)*
コンビニのおにぎりだけで8日間動かしてきた胃袋が、ちゃんとしたものを食っている、と主張していた。
生ビールが来た。
グラスの外側に水滴がついている。
一口飲んだ。
冷えた炭酸と麦の苦みが、寒い中で動いてきた体に、なぜか気持ちよく通り抜けた。
*(うまい)*
刺身と交互に口に運んだ。
最高だった。
「どうぞ」
奥から福田さんの奥さん、和代さんが小鉢を持ってきた。
何の断りもなく、大根の煮物が置かれた。
この店は常連にはこういうことをする。
「ありがとうございます」
「あんた最近、顔色悪かったからね」
和代さんが言った。
「ちゃんと食べてるの?」
「食べてはいます」
「何を?」
「……おにぎりとか」
「そんなものばっかり食べてると体壊すよ」
和代さんは呆れた顔で奥に引っ込んだ。
俺は大根の煮物を食った。
だしがよく染みていて、箸が止まらなかった。
ビールを飲み終えて、焼き鳥を頼んだ。
塩のネギマと、タレのつくねと、皮。
それからお湯割りを1杯頼んだ。
外で冷えた体に、焼酎の温かさがじわじわ広がった。
焼き鳥が来るまでの間、カウンターの向こうで福田さんが串を刺しながら、ぽつりと言った。
「仕事ってどんな仕事が見つかったんだい」
「んー色々です、詳しくは言いにくいんですが楽しくやってます」
福田さんが手を止めた。
1秒ほど止まって、また動かし始めた。
「そうか」
それだけだった。福田さんはそれ以上聞かなかった。
焼き鳥を焼きながら静かにしていた。
少しして、
「まあ体だけ壊すなよ」
と言った。
「はい」
「食べなきゃ体は動かない。金があるなら食べな」
俺は返事をしなかった。
焼き鳥が来たのでネギマを食った。
塩気と脂が口の中で溶けた。
炭の香りがした。
*(うまい)*
松屋でもどこでも同じだと思っていたが、こういう味は松屋には出せない。
当たり前だが、あらためて思った。
*(食べなきゃ体は動かない、か)*
ギャンブルをしていた8年間、自分の体にほとんど金をかけなかった。
食事も、服も、眠る場所も、全部最低限でよかった。
余った金は全部賭けに回していた。
外でちゃんと飯を食う習慣が、いつの間にかなくなっていた。
*(これからはもっと食事にも気を遣おう)*
*(毎日じゃなくていい。でも、たまにはちゃんと食おう)*
そう決めた。
大した決意ではないが、自分の中では少し大事なことだった。
お湯割りをもう1杯頼んで、つくねを食って、〆に焼きおにぎりを頼んだ。
福田さんが
「今日はよく食うね」
と笑った。
---
3時間ほど飲んで、勘定を頼んだ。
「6,800円ね」
和代さんが言った。
1万円を出して、釣りを受け取った。
3,200円。財布に入れた。
「また来てね」
和代さんが言った。
「来ます。たぶんこれから頻繁に来ます」
「歓迎するよ」
福田さんが奥から言った。
「ちゃんと食べてな」
暖簾をくぐって外に出た。
夜の空気が冷たかった。
昼間とはまるで別の温度だ。
店の中で温まった体が、じわじわと冷やされていく。
足元がふわついていた。生ビール1杯、お湯割り2杯。
空腹に近い状態で飲んだので、結構回っている。
*(歩いて帰るのは、ちょっと無理だな)*
スマホでタクシーを呼んだ。
2分で来るらしい。
店の前で待ちながら、夜空を見上げた。
10月の夜空は澄んでいて、星がいくつか見えた。
練馬でこれだけ見えるのは珍しい。
*(こんなものをいつから見ていなかったんだろう)*
タクシーが来た。
乗り込んで、シートに深く沈んだ。
温かかった。
住所を告げると、運転手が静かに走り出した。
車窓から夜の練馬の街が流れていく。
商店街の灯り、コンビニの白い光、信号の赤と緑。いつも歩いて通り過ぎる景色が、座ったまま流れていく。
シートに揺られながら、考えた。
このまま稼ぎ続けたら、いずれ管理が追いつかなくなる。
ベッドの下の封筒は、もう限界に近い。
銀行口座に入れるにしても、短期間でこれだけの金が動けば記録が残る。
税務署が動く可能性もある。
*(ギャンブルでの利益を誤魔化す手段が必要だ)*
会社を作って、法人として収益を処理するとか、できるのかな。
税理士に相談だな。
どちらにせよ、今後は色々とお金もかかってきそうだし稼げるうちに稼いでおきたい。
稼いだ金額次第では、それを元手に事業を起こすのも面白そう。
*(とりあえずの目標は1億としよう)*
現金で1億。
それができたら、次のステップだ。
今の1,278万から1億まで、あと8,722万。
このペースなら、1ヶ月で行けるかもしれない。
タクシーが止まった。
アパートの前だった。
金を払って外に出た。
夜道に街路樹の落ち葉が散らばっていた。
風が吹くたびに、また1枚落ちた。
今日初めて映像に3頭が現れた。
今日初めて3連単を買った。今日初めて1,000万円を超えた。
明日の朝、また映像が来る。
*(次は何が見える)*
ポケットの中の時計を握りながら、俺はアパートの階段を上がった。
部屋に入って電気をつけた。
ポケットから時計を取り出して、テーブルの上に置いた。
薄暗い蛍光灯の下で、翠色の文字盤が鈍く光っていた。針が、逆向きに動いている。
*(……お前は、いったい何なんだ)*
返事はなかった。
当然だが、ふとそう思った。
拾ってから9日。
使い方はわかった。
でも何者なのかは、まだ何もわからない。
老人が誰だったかも。
なぜ俺のところに来たかも。
時計は静かに、逆向きの針を動かし続けていた。
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**── 残高メモ ──**
| 今話の収益(3連単的中) | **+1,040万円** |
|:--|--:|
| 前話からの繰り越し | 238万円 |
| **桐島遊馬 手元現金** | **1,278万円** |
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*【第2話 へ続く】*




