第三話 お見舞い①
「来ねーじゃん……」
金曜日の放課後、俺は自分の席でスクールバッグを肩に引っ掛けたまま、呆然とつぶやいた。
五十嵐、来なかった。月曜日から金曜日まで、一週間全部。
「柴本ー? 何つぶやいてるん?」
「え? あ、ごめん。なんでもない」
「そう? 一人言もほどほどにしろよー」
「うん。ありがと」
声をかけてくれたクラスメイトの男子に、「部活頑張ってー」と微笑んで手を振る。テニス部のそいつは「おうっ」とサムズアップして、背中にかけたラケットを左右に揺らしながら足早に教室を出ていった。
それを見送ってから、俺は大きくため息をつく。今週中には決着をつけたかったのに。
五十嵐とよく一緒にいるやつに事情を聞いたところ、あいつは今風邪で熱を出して寝込んでいるらしい。
……まさかのまさか、俺のせいで落ち込んで学校休んだのか? とか一瞬思って超焦ったので、そういうわけじゃなくて本当によかった。
だけど、それはそれとして、ただの風邪で一週間も学校を休むのは普通に心配だ。
「お見舞い」の四文字が頭の中にちらつく――俺が、お見舞い? 五十嵐を? なんで? バ先が同じなだけなんだけど?
冷静な俺が、俺にツッコミを入れてくる。
でも正直、心配云々より、宙ぶらりんになっている気持ちの方が耐えられない。さっさと五十嵐と話をして、この一連のモヤモヤを解消したい。
よしっと腹を決めて、俺は足を踏み出した。昇降口で靴を履き替えて、裏門に回って学校の敷地を出る。
裏門前の車道を横断して、下校途中の小学生に混ざって住宅街を歩いた。緩やかな上り坂を上っていくと、道の先に小ぢんまりとしたダークブラウンの建物が見えてくる。
「お疲れ様でーす……? あのお、バイトの柴本ですけどお」
ガラス部分に「カフェ&雑貨 シェリー」と印字された扉を開くと、カウンター内でコーヒーを準備していた店長とちょうど目があった。
「おう、柴本くんどうした?」と眉を上げながら尋ねられたので、俺はおずおずと店内に足を踏み入れる。
「五十嵐が熱出したって聞いて。ずっと休んでるから、ご迷惑じゃなければお見舞いにって思って……」
五十嵐の家の場所って、教えてもらえたりしますか? と聞くと、店長はコーヒーを出した後にレジ横のメモ用紙を手に取って、駅近くのマンションの名前と住所を書きつけてくれた。
「悪いね、柴本くん。あいつあんなんで」
紙を差し出しながら、店長が言う。文脈的に、「あいつ」とは五十嵐のことだろう。
「いやまあ、口悪いなって思うことはしょっちゅうですけど。なんだかんだ頼りになるんで、見習わなきゃなって思ってます」
「そう言ってくれてよかった。柴本くんを雇ったのは、灯のためでもあるからな」
「そうなんですか?」
その言葉に、俺は目を丸くして店長の顔を見返した。
でもよくよく思い返せば、前にも確かに、そんなようなことを言っていた気がする。
「灯は俺の体を心配して、中学の頃から店を手伝ってくれてるんだ。こっちはまだピンピンしてるってのによ。部活も入らねえし、これといった趣味もなさそうだし……一人でも従業員が増えれば、灯も安心して自分のこと優先するだろって思ったんだがな。結局平日も休日もここに来やがる」
「え。五十嵐、平日もシフト入ってるんですか」
「学校終わるとすっ飛んでくるわ。労基法とか知らねえんだろうな」
クククッと喉を鳴らして、店長が笑う。
「……俺、シフト増やした方がいいですか?」
恐る恐る尋ねると、「そんなに忙しくないからいい。柴本くんがいても、どうせ灯は来るだろうし」と返された。どんだけシェリーに通い詰めてるんだ、五十嵐。
「まあだから、俺としては柴本くんがあいつを気にかけてくれるのは嬉しいんだ。不束者だがね、悪いけど、よろしく」
シワシワの手にぽんっと肩を叩かれて、ちょっとだけ罪悪感を覚えた。俺が五十嵐の家に行きたいのは、さっさと話して決着をつけて、自分がスッキリしたいっていうのが一番だから。
とはいえ、休んでいる五十嵐のことを心配していないわけではない。「わかりました」と応えてお礼を言い、俺はシェリーを後にする。




