第二話 告白現場と火傷①
告白現場って、見てる方も緊張するんだ。
俺がそれを知ったのは、次の日の放課後だった。
靴を履き替える時に弁当箱を忘れたことに気づいて、やべって思って慌てて教室まで戻ったら、クラスメイトの仲さんと五十嵐が二人っきりで向かい合っていた。
「五十嵐くん、あのっ、その……」
夕日が差し込む窓際で、頬を赤くした仲さんがもじもじと言い淀みながらうつむいている。
咄嗟に廊下の壁際に隠れて中を覗き見た俺は、ひゃーどうしよって思いながらも、その光景から目を離せずにいた。
仲さんは、わりと大人しい感じの女子だ。黒髪セミロングの清楚系で、地味すぎず派手すぎもせずなグループで控えめに笑ってるイメージ。
入学して早々告白なんて、意外と大胆なんだなって、俺はちょっとだけ驚く。だけどこの告白が冷やかしなんかじゃないってことは、盗み見をしている俺にもひしひしと伝わってきた。
「その、あのね。私ね、五十嵐くんのこと……。す、」
おお、あとちょっと!
「すっ、」
頑張れ! 頑張れ仲さん!!
「す……っ」
手に汗握って、俺は心の中で仲さんを盛大に応援した。頑張れ! あと一文字!
「好きです!」
やった! 言ったー!!!
俺はぴょんっとその場で飛び跳ねかけて、自分がただの外野だと思い出して間一髪で体の動きを止めた。あぶねえ、全部台無しにするところだった……。
気を取り直して、俺はもう一度教室内に視線を戻す。盗み見はよくないとわかっているけど、ここまできたら最後まで見届けたい。弁当箱もあるし。
気になるのは、五十嵐の反応だ。オッケーするのか、断るのか。
五十嵐と仲さんは特に仲がいいわけではなさそうだから、可能性は五分五分くらいじゃないだろうか。告白されたらとりあえず付き合ってみるタイプ、俺の肌感ではわりといるイメージ。
五十嵐はさっきからずっと、制服のスラックスのポケットに手を突っ込んだまま、感情の読めない目で仲さんを眺めていた。クール、といえばカッコいいけど、俺があの表情で見られたらかなり緊張すると思う。告白云々とは別のところで。
だからこそ俺は、よけいに仲さんに肩入れしてたんだけど。
あろうことか五十嵐は、次の瞬間、恐る恐る顔を上げた仲さんに向かってこう言い放ったのだ。
「ありがとう。俺も仲さんのこと好きだよ。クラスメイトとして」
――え?
「えっ……」
俺の心の声と仲さんの声が、見事にシンクロした。
そりゃそうだろ。だって今の「好き」はどう考えたって……。
「いや、その」
「ん?」
「今のはえっと、違くて」
「違うってなにが?」
「えっと……」
混乱からか、仲さんは完全に涙声だった。そんな彼女に向かって、五十嵐が爽やかに微笑む。
「『好き』って、クラスメイトとしてってことだよね? 俺なにか違った?」
見る者に有無を言わせない、完璧な笑顔と声色だ。
それを見て、俺はぞっとした。五十嵐はわざとやってるんだ。
「……っ!」
大きく息をのんだ仲さんが、ばたばたとこちらに走ってくる。頬を涙で濡らしたまま、扉の脇にいた俺の存在にも気づかずに教室を出て、廊下をものすごい速さで走り去っていく。
その姿を見送った俺自身も、呆然としてその場に立ち尽くしてしまった。
今見た光景の処理が追いつかなくて、反射的にわき上がったモヤモヤだけが、後味悪く胸に渦巻いている。
「なに、いたの」
突然声をかけられて、俺は大きく肩を跳ねさせた。顔を向けると、いつの間にか近くまで来ていた五十嵐が、ドアの枠に長い腕を突いてこちらを見下ろしていた。
「覗き見とか、性格悪。……誰にも言うなよ? あのヒト、佐々木が狙ってるから、バレると色々面倒なんだわ」
心底嫌そうに顔をしかめた五十嵐は、それだけ言ってぶらぶらと廊下を歩き始めた。すらっとしてるけど、どこか気怠げな背中だ。
「お、おいっ! 五十嵐!」
三秒くらいそれを見つめた俺は、気づけば考えるよりも先に叫んでいた。
「なに」と、俺の声に反応した五十嵐が、上半身だけを捻ってこちらを振り向く。切れ長の黒い目からは、さめざめと冷たい光が、こちらを切るような鋭さで放たれてくる。
「今のは、その……違うんじゃねえの」
「は? なんの話?」
「仲さんだよ」
「あのヒトがなに」
「『あのヒト』って……」
クラスメイトだぞ、という言葉を、俺はごくりと飲み込んだ。
だって五十嵐の目、すごく怖い――静かすぎて。
「……お前、お節介すぎ。ほっといてくんね? フツーに迷惑」
じとっとこちらを睨みつけた後、鋭い目をさらに細めて不快感を表してから、五十嵐はまた歩き出した。
「おいっ、五十嵐!」
呼びかけても、五十嵐はこちらを振り向かない。
俺はそれ以上はなにも言えないまま、眉間にぎゅっとシワを寄せて五十嵐の背中を見送った。




