第一話 アルバイト先の意地悪男子③
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「年寄りは腰が曲がってて背が低いから、レジの液晶に表示された文字なんか最初っから見えるわけねえんだよ。そもそも、やみくもにデカく喋りゃいいってもんじゃねえ。聞いてほしけりゃ自分が近づけ。お前はただでさえ、声が高くて早口なんだから」
厨房奥の事務所でぱくぱくオムライスを食べながら、五十嵐がチクチクと小言を言ってくる。小言っていうか、アドバイス? なんだろうけど、俺は完全に五十嵐の二面性に引いているので、素直に聞こうっていう気持ちが全然わいてこない。
「おい、柴本。なんだその目は。言いたいことがあるなら言え」
「……『年寄り』じゃなくて『お年寄り』の方がいいんじゃない?」
「はあ? 俺がどんな風に喋ろうが俺の勝手だろ。せっかく教えてやってんのに、お前ほんとにやる気あるわけ?」
予想通りの返しに、俺は肩をすくめて自分のショルダーバッグを手に取った。
今は十八時過ぎで、俺の今日のシフトはおしまい。五十嵐は賄いのオムライスを食べて、二十時の閉店までもう少し店を手伝うらしい。
「まあいいけど。お前がその調子なら、俺は一生じいちゃんのオムライス食えそうだし」
そう言った五十嵐が、これ見よがしに大きく口を開いてオムライスを頬張る。
古びた照明の光がふるふるの卵に反射して、俺は思わずごくりと生唾を飲み込んだ。
五十嵐のじいちゃん、つまりシェリーの店長が作るオムライスは、めちゃくちゃおいしい。実は俺は、あれを一回だけ食べたことがある。
あれは、初日勤務の帰りだった。初めてのアルバイトでテンパっていた俺は、全然上手く立ち回れなくて。それにイラついた五十嵐が、店長に俺を辞めさせろって詰め寄った――そしたら店長、急にオムライスを作り始めて。それを俺に食べさせながら、五十嵐のことをばしっと怒ってくれたんだ。
――灯、柴本くんを雇ったのはお前のためでもあるんだぞ。高校は中学とは比べ物にならんくらい忙しいだろ。だいたいお前も、人のこと言えるほど出来てるわけじゃねえ。いい加減あのふてぶてしい接客態度をなんとかしろ、大馬鹿者が!
……その時の五十嵐の顔は、正直めちゃくちゃ面白かった。目も口も、ぽかーんとまん丸に開けてて。
これは俺の予想だけど、五十嵐が店のことで店長に注意されたのは、初めてだったんじゃないのかな。
それから店長は、俺と五十嵐に、賄いのオムライスをかけて勝負するように言いつけた。俺と五十嵐のシフトが被っている時は、退店するお客さんにどっちの接客の方がよかったかを聞いて記録を取ること。その日多く名前を挙げてもらえた方が、賄いのオムライスを食べられること。
五十嵐の変わり身は早かった。店長曰くふてぶてしい……まあ普通に、無愛想って意味だと思うんだけど、そんな五十嵐の態度は一変、接客の時だけ愛想のいい王子様キャラに大変身。五十嵐は中学の頃から店を手伝っているみたいで、常連さんには散々「どうしたの?」ってめちゃくちゃ困惑されていたけど、そんなの全然おかまいなしだ。
一方俺は、まだまだ店のことを覚えるので精一杯だ。だからちょっとでも予想外のことが起こると、途端にテンパってしまってなかなか上手く対処ができない。
――昴がそいつ……五十嵐、だっけ? そのクラスメイトに勝ってオムライスを食うためには、とりあえずはそいつの言うこと聞いて、テキパキ仕事できるようになるしかないじゃん?
帰り支度を済ませて事務所を出る直前、ひよりんの言葉を思い出しながら、俺は五十嵐が食べているオムライスを未練たっぷりに振り返った。
ふるふるの卵に、ツヤツヤのケチャップ。いい匂いのチキンライス……うう、食べたい。でも俺は今のところ、勝負が始まってから一度も五十嵐に勝てていない。
「じゃあお疲れ。また明日な」
きゅるるる、と腹が鳴ったのを悟られる前に、俺は足早に事務所を後にした。
一応クラスメイトだし、と思って口に出した挨拶だったけど――五十嵐からの返事はなかった。




