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エピローグ オムライス味のキス②


     *


「そういえばあのビッグおやつパック、『もらった物は自分でちゃんと持ち帰れ』ってひよりんに怒られた」

「ふーん?」

「ふーん、じゃねえよ。五十嵐のせいだろ」

 十八時過ぎ、事務所で声をかけると、五十嵐は「ちげーよ」と答えながら俺の前の席に腰を下ろした。

「あれは、お前が無防備にキスなんかされるからだろ」

「だから、未遂だって言ってるじゃん」

「隙があることに変わりはない。そんなんだから、俺みたいなやつに目つけられんだ」

 五十嵐は頬杖をついて、正面からじっと俺を見つめてくる。整った顔に「早く食え」って書かれているような気がして、俺は慌てて視線を落とし、白い皿に乗った黄色いオムライスをスプーンですくった。

 今日、俺は初めて、勝負で五十嵐に勝った。ひよりんが来店したことで五十嵐の機嫌が最悪になり、そのトゲトゲした雰囲気が、どうやら他のお客さんにも伝わってしまっていたようだ。

 理由はなんであれ、初日ぶりに正式に自分のものになったオムライスを、俺はぱくりと口に含む。

 半熟の卵が口の中で解けながら広がって、自然と口元が緩んでいく。

「やっぱうまい。本当においしい。どうしよ、ひよりんに毎週来てもらおうかな」

「それだけは絶対にやめろ」

「えー、なんで。仲良さそうだったじゃん」

「は? どこが? マジでどこが? 俺とあいつ、一瞬でも仲良さそうに見える瞬間あったか?」

「近っ……、ごめん。ごめんって。もう言わない」

 机越しにぐっと顔を寄せてきた五十嵐に向かって、俺は慌てて謝った。俺たちは付き合い始めてから、まだ二週間くらいしか経っていないんだ。こんなに顔が近いのにはまだ慣れていないから、反射的に心臓がドキドキしてしまう。

「そうだ五十嵐、俺、お前に渡す物あった」

 照れ隠しがてら、俺はスプーンを置いて、隣の椅子に置いてある自分の荷物に手を伸ばした。

 そこから掴み上げた紙袋を、そのまま「はい」と五十嵐の前に掲げる。

「前にもらったタヌキのお礼。ほら、ひよりんの学校行った日に、俺が持ってたやつね」

 俺の言葉に、五十嵐は「ああ、あれか」という顔をした。縁日の帰りに渡そうと思っていた物だけど、あの日は結局、予想外の展開になってしまったから、渡すタイミングを逃したまま今日まできてしまった。

「さんきゅ。今開けていい?」

「もちろん。ってかむしろ、開けてほしい」

 袋をいじり始めた五十嵐の手元を、俺は胸をドキドキさせながら眺めた。

 五十嵐の長い指が、手のひらに収まるくらいの大きさの箱を紙袋から引き抜く。その箱を開けると、四角い土台に月みたいにまん丸の球体が乗った、小さな卓上ライトが姿を現す。

「へー、珍し。あ、これもう電池入ってんのな」

 五十嵐はそう言って、土台部分のスイッチをカチッと動かした。

 すぐに灯ったぽわっとしたクリーム色の光が、日が陰り始めた事務所の中を柔らかく照らし出す。

「どう? 気に入った?」

 そわそわしながら尋ねると、五十嵐は小さな声で「ん」と返事をした。

 だけどその目は、目の前のライトに釘づけだ。

「五十嵐の名前、『(あかり)』だろ。だからそれにしてみた」

 光に照らされてキラキラ光る五十嵐の瞳を見ながら、俺は説明を続ける――俺があげたライトが五十嵐の部屋で光ってるところ想像したら、それってなんか、すげーいいなって思ったんだよね。

 ちょっと早口で言った後、照れ隠しに頬をかくと、ライトから顔を上げた五十嵐がおもむろに右手を伸ばしてきた。

「あっ」と思う間もなく後頭部を引き寄せられて、唇と唇が重なる。

 今日のキスは、俺の方がオムライス味。

 それを確かめるように、差し込まれた舌が口内を一周する。腰や背中のあたりがふるりと震えて、体の内側からじわじわと体温が上がっていく。

「……それ、さっさと食ってさっさと帰るぞ。早く家帰って、これ飾りたい」

 ゆっくりと顔を離した五十嵐が、熱っぽい瞳のまま俺の顔を覗き込んでくる。

 その色香にこれ以上飲まれないよう、わざと何度も大きく頷いてから、俺はスプーンを手に取った。

 五十嵐は俺と付き合い出してから、俺とシフトが被っている土日だけは、俺と同じ十八時で勤務を終えて家に帰るようになった。歩きながら他愛のない話をするだけのその時間は、最近の俺にとっては、なによりも楽しくて嬉しい時間だ。

 五十嵐の部屋に、ライトが一つ増える。駅までたった十五分の道のりを、土曜日と日曜日だけは一緒に歩く。

 そんな風に、目に見える物も目に見えないものも、俺があげたものがどんどん、五十嵐の中に増えていけばいいと思う。

 そうやっていつか、五十嵐の中が俺でいっぱいになったら、こいつはきっと「寂しい」なんて感じなくなるだろうから。

「……なんだよ」

 大事に大事に、慎重な手つきでライトを箱に戻す五十嵐を眺めていたら、ぶっきらぼうな声と一緒に鋭い視線が飛んできた。

「べつにー?」と答えつつ頬張ったオムライスは、今までで一番優しい味がした。


<『意地悪同級生とオムライス味のキス』 了>

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