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エピローグ オムライス味のキス①

 ……「犬猿の仲」って、多分こういうことをいうんだろうな。

 夏休み最後の日曜日、ボックス席に近づいていく五十嵐を眺めながら、俺はシェリーのカウンター内でこっそり苦笑いをした。

「お待たせいたしました。オムライスになります」

「どうも。ってか五十嵐くん、顔怖くない? そんなんで苦情になんないの」

「チッ……誰のせいだっつーの」

「あ、今本性出たよね? 俺に猫被っても無駄だから、やめた方が楽だと思うよ」

 その言葉にはなにも答えず、五十嵐はお辞儀もせずに大股でこちらに戻ってくる。その顔は確かに、超絶キレている時の俺の母さんに匹敵するほどの、見事な般若面(ヅラ)だ。

 それを心底面白そうな顔で見送ったひよりんは、今度は俺に向かってちょいちょい、と手招きをしてきた。俺はすぐにカウンターを出ようとして、でもその途中で、すれ違った五十嵐に「おい」と低い声で呼び止められる。

「ん? なに?」

「……………………」

 五十嵐はなにも言わずに、じとーっとした目で俺を見つめてきた。口元がもにょもにょしているから多分なにか言いたいことがあるんだろうけど、少し待ってみても言葉は聞こえてこない。

「? ひよりん呼んでるから俺行くけど――ひゃっ、」

 一歩踏み出した瞬間、ふいに腰を撫でられて変な声が出た。

「おい、五十嵐っ」

 振り返って抗議したけど、五十嵐は背中越しに「水飲んでくる」とだけ言って、さっさと厨房に消えていってしまう。

 動揺のぶつけ先を失った俺は、その場でぱくぱくと鯉みたいに唇を動かした。熱くなった体が一向に冷めてくれなくて困り、とりあえずワイシャツの襟で数回首元を仰いでから、ひよりんの席に向かう。

「ごめん。お待たせしました」

「めっちゃ弄ばれててウケる」

「やめて。触れないで……」

 うわあ、とうめきながら、俺は思わず両手で顔を覆った。なんかもう、なにもかもが恥ずかしい。嫉妬丸わかりの五十嵐の態度も、変な声聞かれたのも、それで動揺しているところを見られたのも。

「で? 昴は結局、大丈夫なわけ?」

 ふいに尋ねられて、俺は指の隙間からひよりんの顔を覗き見た。

 テーブルに片肘を突いたひよりんは、すごく真剣な目で俺を見上げている。

「あいつと上手くやってる? なにも困ってない?」

「それは……うん。大丈夫。ちゃんと楽しいから」

 俺は手のひらを下ろして、ひよりんの目をしっかり見返しながら答える。するとひよりんは、にっこりと嬉しそうに笑って「よかった」とつぶやき、机上のブレンドコーヒーに手を伸ばした。

「俺、お前と高校離れんのマジで心配だったんだよね。中一の時の昴、ほんとに俺に全部聞いてきてたから」

「それはごめん」

「ん。まあだから? 五十嵐くんのことは相変わらず気に入らないけど、お前を気にかけてくれる人が新しい場所にもいるっていうのは、素直によかったって思うし?」

 しみじみと言った後、一度カップを傾けてからテーブルに戻し、ひよりんは大きく伸びをした。

「肩の荷が降りたわあ」と冗談ぽく言って、今度はニヤッと唇の端をつり上げ、俺を見上げてくる。

「また予定合う時は遊ぼうぜ。惚気でもなんでも聞いてやるから」

 そう言いつつ、なぜか俺の手を握ってくる――え、マジでなんで?

「おい、西崎」

 その疑問の答えは、背後から聞こえてきた声ですぐにわかった。

 振り返れば、鬼の形相をした五十嵐が、刺すような視線でひよりんを睨んでいる。

「柴本にベタベタ触んな。ってかそもそも、こいつは今仕事中なんだよ。長々引き止めるのもやめろ」

「えー。俺以外誰もいないんだからよくない?」

「よくない。細々した仕事が色々あるんだ」

 五十嵐はそう言って牽制しつつ、俺の肩をぐいっと抱き込んで、物理的にも俺とひよりんを引き離した。

「ってか五十嵐くん、俺の名前覚えてくれてたんだ。やっと敬語もとれたし、これからは昴だけじゃなくて、俺とも仲良くしてくれるってことでオッケー?」

「んなわけねーだろ。おい柴本、厨房でじいちゃんの仕込み手伝ってこい」

「え? 俺が仕込み?」

「そうだ。いいから早く行け」

 初めて下される内容の業務命令に戸惑ったけど、五十嵐は有無を言わせないしかめっ面だ。

 その表情に気圧されて、俺はそそくさとその場を立ち去った。

「あはは、そんなに警戒しなくてもいいのに」

「……なんの話だ」

「またまたー、とぼけちゃってー」

 背後からは、ひよりんの楽しそうな笑い声が聞こえてくる――おい五十嵐、お前オモチャにされてるぞ」と心の中でつぶやきながら、俺自身もつい、その場で小さく吹き出してしまう。

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