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第九話 好きって言って⑤


     *


 研究室棟を出た後は、照りつける日差しの下を全速力で走った。五十嵐は「帰る」って言っていたから、とりあえず駅までの道を戻って、そこからは五十嵐の家までの最短距離を進んだ。

 マンションがある通りに入ったところで、道の先にようやく、見覚えのある背中を見つけた。「五十嵐ーっ!!!」と目いっぱい叫ぶと、その人影はぴたりと足を止める。でもすぐには、こちらを振り返ってはくれない。

「五十嵐っ! 待って! 話! はなしっ! がっ……ゲホっ、ゴホゴホゴホ……っ」

 叫んでいる途中で息が詰まり、俺は大きく咳き込みながら膝に両手を突いた。暑さと水分不足で、頭がクラクラする。

「おい」

 突然日が陰ったかと思うと、無愛想な声が降ってきた。

 顔を上げると、鬼よりも冷たい目をした五十嵐が、飲みかけのスポーツドリンクをこちらに向かって突き出していた。

「ありがと、」

 俺は息も絶え絶えに言いながらペットボトルを受け取り、中身を一気に飲み干した。熱く焼けた喉を、冷たい感触が冷やしていく。

「ごめん、全部飲んじゃった……ペットボトル、俺捨てとくから」

 依然じっとりとした目の五十嵐に向かって言うと、「べつにいい」とぶっきらぼうに返され、問答無用で空のペットボトルを回収された。五十嵐はそのまま、すぐに踵を返して歩き出してしまったので、俺は慌ててその腕を掴む。

「待って。俺、五十嵐に話がある」

「俺はねえ。離せ」

「やだ」

 むっとした顔で振り返った五十嵐を、俺はじっと見上げる。ぐっと歯を食いしばって、心の中で決意を固める。

 真夏の日差しに、長いまつ毛が透けていた。

 その、すっきりとした切れ長の瞳を見返して、どんどん速くなる自分の心臓の音を聞いて。

 今から言う言葉を思い浮かべれば、さっき水分を取ったばかりなのに、喉はもうすっかりカラカラだ。

 なあ五十嵐、お前はさっき、俺とひよりんを見てどう思った?

 なにが言いたくて……なにを言えなくて、俺の前から逃げたんだ?

「俺、五十嵐が好きだ。好きだから、ちゃんと話させてほしい」

 そう告げたとたん、俺の目の前で、五十嵐の黒い目が大きく見開かれた。

 見る見るうちに赤くなっていった五十嵐の顔には、驚きだけじゃなくて、今にも泣き出してしまいそうなほどの戸惑いがにじんでいた。

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