第八話 お誘い③
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とは、いうものの。
いつ誘おう、いつ誘おうって思っていたら、あっという間に週末になってしまった。
日曜日の十八時過ぎ、俺はシェリーの事務所で自分のショルダーバッグのジッパーを開け、折りたたんで中に入れていたチラシをこっそり取り出す。
中央にある机では、休憩中の五十嵐が、いつも通りにすました顔でオムライスを食べている――アルバイトを始めてからほぼ四ヶ月が経つけど、俺は未だに、一度も五十嵐に勝てていない。投票してもらえる確率自体は上がってきたし、トラブル対応の方も、段々上手くなってはきたんだけど。
事務所には相変わらず、オムライスのいい匂いが充満している。
「そろそろかな」と思ったら案の定、「柴本」とちょっと雑な声で呼ばれた。
「ん」
五十嵐は俺に向かって、チキンライスと卵が乗ったスプーンを突き出してきた。前にオムライスをもらってからずっと、五十嵐は毎回、ひと口だけオムライスを分けてくれるようになった。
俺は右手にチラシを握ったまま五十嵐に近づき、スプーンごと五十嵐の手を掴んで自分の口元に近づける。五十嵐の手の、そのぬるい体温や浮き出た骨の質感に、心臓の鼓動がトクトクと速くなる。
「ありがと」
屈めていた上半身を起こす直前に、ちらっと五十嵐の顔を覗き込んだ。つんとすました、感情の読めない顔。
――キスされたのに付き合ってないの?
ふいに、この前ひよりんに言われた言葉が蘇って、俺は自分でも気づかないうちに唇を開きかけていた。
お前ってさ、俺のこと好き? 今、俺とおんなじ風にドキドキしてくれてる?
「……五十嵐、」
「なんだよ」
無愛想な返事を聞いて、我に返った。
やばい、こんなところで俺、なに聞こうとしてるんだ。
「えっっっと、えっと、その……ああこれ! 夏休み! 暇だったら一緒に行かね? この前ひよりんが誘ってくれたんだ」
俺は五十嵐に向かって、右手に握りしめていたチラシを広げる。誤魔化した感がすごいけど、まあ結果オーライってことで。
「縁日?」
「そう! ひよりんの高校で、有志でやるんだって。夏休み中の平日だから俺はシフト入ってなくて……五十嵐は予定どう?」
「ひよりんって、お前の親友の?」
「そう。あ、そういえば五十嵐に会ってみたいって言ってたわ。まあどっちにしろ俺は、ひよりんに会うために行くんだけどさ」
「……………………」
俺の言葉に、五十嵐は一瞬眉根を寄せて、明らかに嫌そうな顔をした。
「えっ」と俺は内心驚いて、不安になる。だけど結局、五十嵐は俺がなにか言うよりも先に、「わかった」とつぶやいてチラシをさらっていった。
「八月五日ね。店手伝うつもりだったけど、まあじいちゃんは、俺が柴本と遊ぶ方が嬉しいだろうから」
そう言って、ふっと微笑んでみせる――百点満点のカッコよさの上、「楽しみにしてる」なんて付け加えてくるから、俺は思わず自分の目と耳を疑った。
「灯? ちょっとこっち来てくれや」
「なに、じいちゃん」
反則級のキラキラにあてられて固まってしまった俺を置いて、五十嵐は席を立ち、厨房へと歩いていく。
呆然とその後ろ姿を見送っていたら、事務所の壁掛け時計が目に入った。そろそろ帰らないと、母さんに怒られる時間だ。
俺は慌てて自分のショルダーバッグを手に取り、五十嵐と店長が話している厨房を抜けて、早歩きでシェリーを後にした。




