第八話 お誘い②
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店内はかなり混んでいたので、俺とひよりんは注文したハンバーガーセットを受け取った後、時々使っているテラス席に移動した。
この時期は日が長いから、空にはまだ鮮やかな夕焼けが広がっている。そよそよと吹く風はちょうどいい温度で、俺は揚げたてのポテトをかじりながら、目を細めてその心地よさを堪能する。
「で、社割がなんだって?」
コーラのストローを噛みながら、ひよりんが片眉を上げる。俺は「あ、そうそう」と思い出して、今度は順を追って説明しようと口を開く。
「先週、店に小さい男の子が来て。色々あってぐずっちゃったから、俺が店の売り物のマスコットをあげたの。で、後からお金払ったら、五十嵐が同じシリーズのタヌキのマスコットを一つ俺にくれたわけ。『一個分の値段で二個もらえるんだから、実質半額だろ』って言って」
「ああ、それで五◯パーセントオフ」
ようやく理解できたという風に、ひよりんがうなずく。「昴って時々、マジで話下手だよな」と言って笑って、ひよりんはそのまま、テーブルにゆったりと肘を突いた。
「それで、お礼を選んでたってこと?」
「そう。結局俺がもらったマスコット分のお金は、五十嵐が店に払っておいてくれたみたいだから」
「ふーん……?」
じーっと意味ありげに正面から見つめられて、俺はつい目を泳がせた。
ひよりんの視線、すごく鋭い。「全ての観察力を動員してます」って感じの圧を感じる。
「な、なに?」
「いや、べつにー? 上手くやってるならよかったって思って」
その答えを聞いた俺は、前に電話で「傷つけられないように気をつけろ」って言われたことを思い出した。
ひよりんはもしかして、俺が無理していないかどうか、心配してくれたのかもしれない。
「前も言ったけど、あいつ最初よりも全然優しくなったから大丈夫。っていうかべつに……うん。多分最初から、五十嵐はなんだかんだ優しかったんだと思う。色々不器用で、人と関わり慣れてないってだけで」
融通がきかないのも、仕事に厳しいのも、五十嵐がシェリーを大事にしている証拠だ。
それに、五十嵐が甘やかさないでくれるから、俺は初めてのアルバイトでも「頑張ってやってる」って自信をもつことができる。
「なるほど。ずいぶんお熱ってわけだ」
「お熱って。言い方」
「違うの?」
「違――」
違うよ、って否定しようとして顔を上げて、ひよりんがにっこりと嬉しそうに笑っているのを見て言葉に詰まった。
「好きなんじゃないの?」
にやにやにやーって弧を描く唇は、ひよりんがオモチャを見つけた時のサインだ。こうなってしまったら、逃げ切るのは相当難しい。
「なんでわかんの……?」
手に持っていたハンバーガーをトレーに置いて、熱くなった自分の顔を両手で隠す。マジで恥ずかしい。
「だって昴、五十嵐くんの話してる時ずっと嬉しそうだし? 早口だし、やたら庇うし。わかりやすすぎ」
「……………………」
はい、ごもっともでございます。なんの言い訳もできません……。
俺は心の中でつぶやきつつ、無言でうつむいてテーブルの端に額をつけた。本当はこのままめり込んで、地球の裏側まで突き抜けてしまいたい。羞恥心がすごすぎて、ひよりんの顔が見れない。
「え? でさ、実際どうなわけ? いい感じなの?」
「いい感じ、かどうかはわかんないけど……キスはされた」
「はっ?」
がしゃん、と突然音がして、俺はびっくりして顔の向きを正面に戻した。
向かいに座るひよりんが、トレーの上に落としてしまったらしいバーガーを拾って、バラバラになったレタスや肉を組み立て直しているところだった。
「え。ひよりん大丈夫?」
「ああ、うん。ごめん。え? キスされたのに付き合ってないの?」
「? そうだけど」
そうだよな? と、俺は記憶をたどる。
俺と五十嵐は、付き合ってはいない……はず。だって「好きだ」とは、ちゃんとは言われていないわけだし。
――俺、柴本のこと。
屋上前の踊り場でなにかを言いかけた五十嵐は、だけどその後、ひどくうろたえているようにも見えた。
まるで、自分が言おうとした言葉を、自分でも信じられない、みたいな。
「……まああいつはあんまり、そういうのは得意じゃないんだろうなってのは、俺もなんとなくわかってるっていうか」
……どうして五十嵐は、最後まで言ってくれなかったんだろう。
よくよく思い返して、少しだけ不安になる。
だけどあの時は、そもそも予鈴が鳴っていたわけだし。五十嵐が全然素直じゃないってことは、あいつの普段の言動を見ていれば、火を見るより明らかだし。
「ぶっちゃけ、今の時点でもけっこう、毎日楽しいからさ。そんなに焦る必要もないかなって」
自分自身にも言い聞かせるように、俺はわざと明るく笑ってみる。
「……………………」
だけどひよりんは、なんだかものすごく渋い顔をして、むすっと黙り込んだままだった。
そしてしばらくすると、おもむろに自分のスクールバッグに手を伸ばし、中身をあさって一枚の紙を取り出した。
「これ、あげる。五十嵐くんと来れば?」
目の前に勢いよく突き出されたので、俺は戸惑いながらも受け取って内容を確認する。
全体的に、なにやら賑やかな雰囲気を感じるチラシだった。どうやら八月に、ひよりんの高校で縁日があるらしい。
「まあ、有志だけの文化祭みたいなやつ。秋にある文化祭本番より規模はちっちゃいけど、遊びに誘う口実にはなるだろ? 俺も五十嵐くんの顔見てみたいし」
昴だって夏休み中、バ先以外でも五十嵐くんに会いたいだろ?
ひよりんは片眉を上げて、試すような目で俺を見た――そっか、夏休み。学校がないってことは、五十嵐と会える日が減ってしまうってことだ。
「ありがとうひよりん……! 俺頑張るわ」
「うんうん」
前のめりになってお礼を言うと、ひよりんは満足げに何度もうなずいた。
俺はひよりんからもらったチラシを自分のスクールバッグにしまってから、食べかけになっていたハンバーガーに意気揚々とかぶりついた。




