第八話 お誘い①
駅の雑貨屋さんって、女子が多い。今は平日の放課後なのもあって、俺の周囲は女子高校生でいっぱいだ。
きゃっきゃウフフと楽しそうな集団に挟まれながら、俺は目の前の棚にぐいーっと顔を近づける。そのままずらりと並んだマグカップを端から端まで眺めて、「やっぱり違うな」と顔をしかめる。
自分用だったら、欲しい物を欲望のままに選ぶだけなんだけど。
人にあげるってなると、やっぱり即決は難しい。
俺は頭の中で、最近何度も盗み見してしまう五十嵐の横顔を思い出す。つんとすましてて、どこかつまらなそうでもあって。
あの冷たい口元が、ふわっと緩むような物を贈りたい。だって俺は、五十嵐にもらったタヌキを見るたびに、嬉しさで胸があったかくなるから。
キス云々の騒動から、もう二週間が経った。期末テストを乗り切って、夏休みは目前。ちょっと気持ちに余裕が出てきたところで、ふと「お返しをしたい」という思いが俺の頭をよぎった。
前に昼休みに迫られた(?)のには、心底びっくりしたけど。あれ以来、五十嵐はべつに、変なちょっかいをかけてきたりはしない。
週末のアルバイトも普通だった――五十嵐に近づくたびにドギマギと挙動不審になってしまう俺に対して、五十嵐は普通に鬼だった。あいつ、シェリーでの仕事には本当に厳しいんだ。
ちょっかいをかけられたらかけられたで焦るけど、「なかったこと」にされてしまうのはなんか悔しいなって思う。気づいてしまった気持ちは、もう無視できないし止められない。
だったら俺も、自分からなにか動かないとって思うんだけど……。
「あれ? 昴じゃん」
聞き覚えのある声に呼ばれて顔を上げると、店脇の通路から、ワイシャツ姿の男子高校生がこちらに視線を向けていた。
彼は胸の前に上げた右手を、俺に向かってひらひらーっと小さく振っている。
「怖い顔してなにしてんの?」
「ひよりん!」
思わず大きな声で叫んでしまい、左右の女子高生グループから困惑の表情を向けられてしまった。「すみませんー」と愛想笑いで誤魔化しつつ、俺は身を捩って棚間を抜け、ひよりんの方へ駆け寄る。
「え、学校終わり? 塾とかねーの?」
「模試の振替で休み。たまにはブラブラするかーって思ってさ。昴こそなにしてんの?」
「俺? 俺はなんていうか……プレゼント選び?」
プレゼント? と復唱して、ひよりんが小さく首を傾げる。「もっと詳しく」と視線で言われた気がして、俺は斜め上を見上げながら、事情をかいつまんで説明する。
「プレゼントっていうか、お返し? 俺この前、バイト先でタヌキのマスコットもらって。あ、前に話した五十嵐ってやつからな――そういえばあいつ、俺のことタヌキとか言ってきたんだぜ? ひどくね? ……ってかまあ、それは置いといて。それで、社割がなんとかって、一個だと三◯◯◯円だけど、二個なら五◯パーセントオフだからって、そいつがそのマスコットの分の金払ってくれて……」
やばい、かいつまみすぎたかも。
相づちが全く入ってこないことに気がついて、俺は恐る恐る、少し低いところにあるひよりんの顔を見返す。
案の定、ひよりんは訝しげに眉根を寄せて、じとっとした目で俺を見返していた。
「ごめん昴、ぜんっっっぜんわかんない」
「デスヨネー」
自分の発した言葉を思い返して、そりゃそうだ、と納得する。俺、喋るの下手すぎる。どうしよう。
「ってかさ」
その場で考え込んでいると、さっと近づいてきたひよりんに力強く腕を組まれた。
「俺ら久しぶりに会うじゃん? もっと落ち着いて喋ろうぜー」
お前まだ飯食ってないだろ? と顔を覗き込まれて、俺にはひよりんの言いたいことがピピっとわかった。
あれだ、あれ。赤地に黄色のMのマークの、あそこ。
「おっけ。ちょっと待ってて」
俺はその場でスマートフォンを取り出し、母さんにメッセージを送る。
【駅で偶然ひよりんと会った! 飯食って帰るから夕飯いらない】
少し待つと、わりと早めに既読がついた。
【えー。もう材料買っちゃったんだけど】
【まあ偶然なら仕方ないか。遅くなりすぎないようにね】
晴れて許可をもらって、俺はひよりんに向かってぐっと親指を立てる。俺たちはそのまま、二人並んで賑やかな駅ビルの通路を進み、駅のすぐ前にあるMのマークのファーストフード店を目指す。




