第七話 卵焼き①
翌朝は、ピピピ、というアラームの音で目が覚めた。
俺は重いまぶたをゴシゴシ擦ってから、スマートフォンの画面を思い切り睨みつける。まだ眠いけど、もう起きなければいけない時間だ。
昨日の夜は、当然まともには眠れなかった。ついでに課題も全然手につかなかったし、今日の一限にある英単語テストの勉強も終わっていない。
あの後はずっと、なにをするにも、頭の中は五十嵐のことばかり――夕飯の時間には、ぼーっとしすぎて弟に「兄ちゃん大丈夫?」って五十回くらい聞かれた。その後は長風呂しすぎて、しびれを切らした母さんが浴室に乗り込んできてプチパニック。
眠れなかったせいで頭痛いし、顔色悪いし、ついでに寝癖も酷いし。
むうっと唇を尖らせながら、俺は洗面所で身支度を整えた。制服に着替えたら、キッチンで食パンを一枚流し込むように飲み込んで、バタバタと靴を履く。
「行ってきまーす」
大きな声で言って、玄関を開ける。頭上から降り注いだ真夏の日差しは、寝不足の眼球にはなかなかキツイ。
できるだけ建物の陰を通りながら、俺は早歩きで学校に向かった。教室に行けば、五十嵐がいる。嬉しいけど、どうしよう。どんな顔すればいいんだ。
心臓がドキドキするけど、おんなじくらい胃も痛い。赤くなったり青くなったり、ころころと顔色を変えながら足を動かすうちに、どんどん学校が近づいてくる。
昇降口に入って、教室まではあとちょっと――もう少し猶予はあるって、必死に自分をなだめていたのに。
「はよ、柴本」
声をかけられて、反射的に顔を上げれば、下駄箱から靴を取り出す五十嵐とばっちり目が合ってしまった。
「……! ……っ、…………!」
心の準備、まだ全然できてない。どう振る舞うかって方針も全然決まっていない。
俺はなにも言えないまま、ただ目を見開いて五十嵐を見返した。ぱくぱくと必死に唇を動かすけど、言葉が全然出てこない。
っていうか俺、今までどうやって五十嵐と普通に話してたんだ?
「おい、柴本?」
ずいっと、怪訝そうな五十嵐の顔が近づいてくる。近づかれた分だけ、俺はさっと後ずさりをする。
五十嵐の顔は、相変わらずカッコいい。でもなんでコイツ、こんなに普通なの?
俺の視線は自然と、五十嵐の健康的な色の唇に吸い寄せられてしまう。そんな自分に気づいて、ぱーっと首元が熱くなる。
絶対顔も赤くなってるって思ったら、猛烈に恥ずかしくなってきて目が泳いだ。やばい、俺今、挙動不審すぎる。
「……」
そんな俺を、五十嵐はすっと目を細めて見下ろしてきた。
切れ長の目は感情があまり読めなくて、少し怖い。
「な……、なに……?」
「いや――ふ、はは」
唐突に、五十嵐の口元がほころぶ。え、マジでなに? と驚いていると、少しカサついた指先が頬に触れた。
「クマ、やば」
「へっ?」
「夜更かししてると背伸びねーぞ」
ぽんぽん、と俺の前髪を軽く叩いて、五十嵐は踵を返した。さっさと靴を履き替えた後は、もう振り返ることもなく教室に向かって歩いていってしまう。
「……………………????」
色々な状況を理解するのに、たっぷり三十秒くらいかかってしまう。俺はぽかんとその場に立ち尽くして――で、諸々理解した後はもう、顔が熱いなんてもんじゃない。
頭のてっぺんからつま先まで、もうなんか、血の代わりにマグマが流れてるんじゃないかってくらいドキドキしてる。居ても立っても居られなくて、思わずその場でバタバタと足踏みをしてしまう。
なに今の! なになになになに!! 頭ぽんぽんとか、普通にキュンなんだけど??? 笑顔可愛すぎるんだけど?????
いや、誰のせいだよって感じではあるんだけど。もうなんか、そんなのどうでもいい。
月曜の朝から、俺の情緒は猛烈に忙しい。
学校でもバイト先でも五十嵐と一緒とか、俺これから、本当に大丈夫なんだろうか。




