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第四話 口悪ハリネズミ②


     *


「すげえ、思った以上におもろいことになってんね?」

 通話口の向こうで、ひよりんはケラケラと笑った。

「いや、全然笑い事じゃないっての。マジで心臓に悪いんだからな?」

 シャープペンシルを指先で回しながら、俺は答える。

 窓の外からは、さーさーと降り続ける雨の音が聞こえてくる。

 五十嵐の初デレから早二週間、六月も半ばの水曜日。夕方、課題でどうしてもわからない問題があったから、俺はエリート私立高校に通うひよりんを電話で召喚。

 その後、ひよりんのわかりやすい解説により、課題は一瞬で解決した。でもまあ当然、息抜きと称したお喋りは予想以上に弾んでしまって。俺たちは今、俺のアルバイト先の意地悪同級生・五十嵐灯の話で盛り上がっている。

「なんかあいつ最近、学校でも時々話しかけてくんの。あとオムライスもさ、なんでか毎回、ひと口だけ分けてくれるようになった」

「あーんで?」

「……あーんで。ってかそれ、わざわざ言うなし。わりと本気で恥ずいんだから」

「え、昴って恥ずかしいとかいう感覚あんの?」

「普通にあるわ! ひよりんは俺をなんだと思ってるんだ」

 叫んだ瞬間、「お気楽パンダ?」と悪びれた様子もなく答えが飛んできた。

 俺は咄嗟に、「うるさい、捻くれキツネ」と言い返す。

「五十嵐といいひよりんといい、どうして俺の周りはヘソの曲がった人間ばっかりなんだ……」

「そりゃ、昴がいいやつだからでしょ」

「ほえ?」

「昴見てるとさ、『あー人間って、こんなに単純でも生きていけるんだー』ってすごい勉強になるんだよね。だから色々頭使って駆け引きするのが馬鹿らしくなってきて、結果それが安心感に結びつくというか」

「おい待て、さすがの俺でも、あんま褒められてないってことはわかるぞ?」

 俺の指摘に、ひよりんはクククと喉を鳴らした。「ほめてる、ほめてる」「いや絶対、ほめてねえ」のやり取りを、三回くらい繰り返す。

「まあ実際、俺は五十嵐くんの気持ちわかるよ――大事にしたくなっちゃったんだろうなあ」

「? なに? 聞こえねえ」

「こっちの話。でも気をつけなよ、傷つけられないように」

「傷つけられる? 誰が? 誰に?」

 処理が追いつかなくて混乱する俺に、「昴が、五十嵐くんに」とひよりんが教えてくれる。

「俺はもう既に、あいつの口の悪さには散々傷つけられてるんですが」

「そういうことじゃないって。まあでも、昴に言ってもわかんないかあ」

「なんだよ、それ」

 ひよりんの言ってることは、時々よくわからない。「昴はそれでいいよ」とフォローされたが、馬鹿にされてる感が否めない。

「大丈夫。お前のこと傷つけるようなやつは、俺がきっちり全員排除するから」

「その発言自体がちょっと怖えよ。最初の排除対象はお前だ馬鹿」

 若干本気で俺が言い返すと、ひよりんは聞いているんだかいないんだかわからない感じでハハハと笑った。そのまま「じゃあ俺、まだ課題あるから」と誤魔化すように言って、あっさりと通話を切ってしまう。

 スマートフォンの通話終了画面を数秒眺めてから、俺は椅子に座ったまま、両腕を上げて大きく伸びをした。五十嵐は五十嵐でよくわからないが、ひよりんはひよりんで掴めない。

 中学校の入学式で初めて会った時から、ずっとそうだ。あの時の俺は、同じ小学校からの進学組とことごとくはぐれたクラスに放り込まれ、にも関わらず新しい生活に戸惑いまくりだったので、隣の席になったひよりんに一生泣きついていた。

 思い返せば、当時のひよりんも五十嵐みたいにツンケンしたオーラ全開だった気もするけど。必死に縋りついて頼りまくっているうちに、俺たちはいつに間にか仲良くなっていた。

 さっき、「五十嵐の気持ちがわかる」って、ひよりんは言っていた。ごにょごにょと喋られてしまったから、後半はよく聞こえなかったけど。

 もしかして、ひよりんは自分と五十嵐を「似ている」と感じているのだろうか。

 ……まあ確かに、ひよりんが「捻くれキツネ」なら、五十嵐は「口悪ハリネズミ」だな。

 ぼんやりとそんなことを考えていたら、一階から「昴ーっ?」と母さんの声が聞こえた。

「ご飯そろそろだから準備手伝ってー」

「へーい」

 大きな声で応えて、俺は立ち上がる。課題、最後まで終わってないけどいいや。食べてからやればなんとかなるでしょう。

 なんとなく部屋の壁掛け時計を見上げたら、十八時半だった。アルバイトがある土日だったら、ちょうど家に帰ってくるくらいの時間。

 ってことは五十嵐は、この時間はまだ店にいるのか。

 ふと考えて、なんだかしみじみと驚いてしまった。あいつ全然、家に帰ってねえってこと? 五十嵐は平日も店に来るって、前に店長言ってたし……。

 気づいてはいけないことに気づいてしまったような気持ちになって、俺はふるふると首を左右に振った。

 でも、どんなに振り払おうとしても、この前見た五十嵐の家のリビングを思い出してしまう。

 モデルルームみたいだなって思った。清潔で、整っていて、よけいな物がなにもなくて。

 インテリア好きの俺からすれば、なんだか物足りない部屋だ。住んでいる人の好みも生活も全然見えてこない、なんとなく寒くて寂しい空間。

 そういえば、あの家の水切りカゴに出ていた食器は一人分だった。まああの時は、五十嵐だけしか家にいなかったから、それは当たり前なのかもしれないけど。

「おーい、兄ちゃーん? 『遅い!』って母さんブチギレてんだけど? 早くこねーと父さん帰ってくるよー?」

「ごめーん、今行く!」

 もう一度大きな声で応えて、俺は慌てて部屋を出た。階段を下りながら、それでも頭の中では、五十嵐のことがぐるぐる回っている。

「俺は多分、寂しいんだと思う」って、確かあいつ、そんな風に言ってたっけ。

 寂しいなら、もっとニコニコすればいいのに――だけど、そうだ。こうも言ってた。「受け取ったって、大事にする方法もわからない」。

 なんか、マジでアレみたいだなって思う。アレ……そう、ハリネズミのジレンマ。近づきたいのに云々、ってやつ。

 やってみなきゃわかんないことを、やる前からごちゃごちゃ考えるから、よけいにわけがわからなくなるんじゃないのか?

 正直そう思うけど、俺はなんてったって「お気楽パンダ」だ。捻くれキツネや口悪ハリネズミの気持ちは、最近どんどん難しくなってきた英語とおんなじくらい、全然理解できない。二人には悪いけど。

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