天敵
ルビとかいろいろお試しで
互いに、存在そのものは知っていた。
ただ、顔を突き合わせて話すのは、その日が初めてだった。
「本当に、同じ景色ばかりが続くんですね」
記憶力には、いささか自信のある阿求だが、一人でこの場所を行ったり来たりできるかは怪しい。
整備されていない山や森でも、人々が往来しているうちに、自然と草がはげて道のようなものができていくけれど、この竹林にはそれが無い。
背の高い竹が不均等に生い茂っているし、常に薄暗いし、竹の枯葉が地面に落ちてくるせいで、足跡が残らないし、歩いても歩いても、小さな斜面しか目に入ってこないし……。目印になるものが無いのだ。
これでは、いかに阿求の記憶力が優れていても、道を覚えるのは困難だ。だって、そもそも道が無いのだから。
「よそ見してると迷うわよ。しっかり着いて来て」
阿求を先導してくれている白髪の女性が忠告してくれた。
竹林の景色を見渡していたせいで、彼女との距離が離れていた。
阿求は早足で、その背中に追いついた。
こんなところで遭難して、命を落としたくは無い。
ただでさえ短い人生なのだから、命は大事に使わないといけない。
「妹紅さんは、よく迷いませんね」
「あー、慣れよ、慣れ」
ぶっきらぼうに応える妹紅。
軽く振った手を、すぐにズボンのポケットに突っ込んだ。
両手をポケットの中に入れ、やや猫背で大股で歩く。
まっすぐな白髪を腰まで伸ばし、いくつものリボンで結んでいた。
「妹紅さんが、竹林の案内役を買って出てくださったおかげで、里の人たちは大助かりですよ」
「いやー。自分でも信じられないんだけど、けっこう、やりがいを感じるようになってきたのよね。張りのある人生って、いいものね」
この竹林には、人間に悪戯をするのが好きな妖精がうろついているうえに、運が悪ければ、どう猛な妖怪に遭遇することもある。しかも迷いやすいとなれば、里の者たちはうかつに近寄ることはしない。
妖怪に異能力者、なんでもござれの幻想郷だが、特殊な能力を持たない人間が大多数だ。
そこで妹紅は、竹林の案内人兼護衛を務めることにした。
妹紅は、大多数からあぶれる異能力者で、炎を自在に操ることができる。夜になっても火を灯せるし、妖怪や獣を脅すのにも向いているのだ。
「あんたも大変ね。異変が起こるたびに、それを記さないといけないんでしょ?」
阿求も、能力を持っていない人間の一人なのだけど、普通の人間には分類することができない、微妙な立場であった。
「厳密には、もっと細かいのですが……。ともかく、好きでやっていることですから、大変とは思いません」
「ふぅん」
妹紅は、興味があるのか無いのか、あいまいな返事をした。
竹の葉を踏むと、かさっと音が鳴る。
竹は葉を伸ばし、散らす。また伸ばしては散らす。そうして、幾年もの日々を生きていく。
「でも、それをやっているうちに、人生が終わっちゃうって聞いたわよ」
「そうですね」
即答すると、妹紅の足が止まった。
阿求が淀み無く応えたのが、意外であったようだ。
「稗田乙女の性質は、人間の身には過ぎたるものなんです」
「だから、短命ってこと?」
私たちと違って。
という妹紅のつぶやきを、阿求は聞き逃さなかった。
「はい。妹紅さんたちと違って、私は短命です」
長く生きたとしても、阿求の寿命は三十年程度。
それでぽくっと死んで、あとは閻魔のもとで仕事をしながら転生を待つ。
そんな奇怪な命を、九代にわたってつないできた。
妹紅が歩き出したので、阿求も続いた。
さくっ、さくっと、竹の葉の音が鳴る。
「どんな感じ?」
「なにがですか?」
「命が短いって、どんな感じなの?」
「お応えしても良いですが、私が応えた暁には、妹紅さんにも質問させていただきますよ」
「うん?」
「死なないというのは、どんな感じなんですかって」
「ふっ……! あははっ!」
妹紅は噴き出した。
「あんた、おもしろい人間ね」
「おそれいります」
すまし顔で、阿求は返した。
「その質問も含めて、たっぷりと話を聞いてきたらいいわ」
周囲が明るくなった。
竹林を抜けたのだ。
そこには、大きな屋敷が建っていた。
通称、永遠亭。
ここに居候することになるなどと、阿求は夢にも思っていなかった。
チュンチュン……。
チチチ……。
鳥がさえずる声が響いている。
自然の中で生きる動物たちの、純なる息づかいだ。
鳥たちの声に雑音が混じらないのは、永遠亭が、人里から離れたところに建っているからだ。
これが人里であれば、多少なりとも生活音が混じってくるので、こうはいかない。
新鮮な鳥の鳴き声を堪能できるのは、永遠亭に住まう者の特権だろう。
もちろん、よいことずくめ、とはいかない。
竹に囲まれた閉鎖空間であるために、外界とのつながりは弱い。
積極的に客人を受け入れようと試みてはいるけれど、それでようやく、他所とのつながりが途切れない程度。
だから基本的に、永遠亭の周囲は、ひっそりと静まり返っている。
さわっ……。
風が吹き抜けて、草の香りを運んで来る。
竹は、あざやかな緑の葉を揺らす。
阿求は一時、筆を止めて、竹が揺れている様を眺めていた。
「おーっす。阿求、元気―?」
「妹紅さん」
阿求は、縁側に出て妹紅を迎えた。
「これ、今回の資料ね」
「ありがとうございます」
手渡された風呂敷包みの中身は、数冊の書物だ。現在の幻想郷の風土風俗などが記されている。こうした資料は、《幻想郷縁起(※幻想郷のあれこれを記した書物》の編纂には欠かせないのである。
「はかどってる?」
「ぼちぼちってところですね。でも、雑多な人里で作業するよりも、はかどります」
静かに時が流れていく永遠亭は、黙々と文章をつづるのには、うってつけの環境だった。
「せっかくの居候生活なのに、やることが多くて大変ね」
「しかたありませんよ」
おおよそ、もの書きという人種は、暇なようで忙しく、自由なようで拘束される。
まして阿求は、死ぬまでの時間が短いのだから、急いで幻想郷縁起を仕上げねばならない。
「っていうわりには、焦ってるようには見えないわね」
輝夜が会話に参加してきた。
だるそうに眼を半開きにさせ、老猫と見まごう、もったりとした動きで縁側に歩いてくる。山と積まれた書物の一冊を手に取ると、ぱらぱらと適当に読み流しながら、くぁ~っと大口を開けてあくびをする。
元、月のお姫さまは、肩書きこそたいそうなものだが、フタを開けてみれば、ただの暇人である。
「あんた、あいかわらずダラダラしてるわね」
「今日はもう、ずっとこんな感じです」
部屋の中に戻った阿求は、山になっている資料の上に、妹紅が持ってきてくれた資料を積んだ。
「この時期は、すごしやすくていいわねー……、つい、うとうとしちゃうわ……」
べちゃっと縁側にうつぶせになって倒れ、半分だけ開いていた目を閉じて、うたた寝でも始めようかという態勢になる輝夜。
この時期は。などと彼女は言うが、梅雨になればじめじめしてやる気が出ないから動けない。夏はだるくて動きたくない。秋は冬に備えて体力を温存したいから動かない。冬は、やがて訪れる春をじっと待つために動かない。
と、それらしいことを並べたて、年がら年中、気ままに生きているのだった。
「私としては、執筆の邪魔にならないから、いいんですけどね。このまま観葉植物みたいに、ひたすらそこでおとなしくしてくれたなら、非常にありがたいです」
「お?」
縁側に突っ伏していた輝夜が、獲物を見つけた肉食獣のように鋭く反応して身を起こす。
「なにか?」
こちら、肉食獣にねらいをつけられたのに、絶対に退かんぞという気概を見せる阿求。
(始まった始まった)
部屋の中が剣呑(※なんかギスってね?的な意味)な雰囲気であることを知っていながら、傍観者に徹する妹紅。
「妹紅さん、いらっしゃいませ。患者さんたちの診察が終わるまで、お茶でも……」
素晴らしいタイミングでお茶を運んできたのは鈴仙。
阿求と輝夜がにらみ合っているのを見つけて、しまったという表情になる。
「悪いわね」
妹紅は、運ばれてきたお茶に手を伸ばす。
そして、胸ポケットから煙草を取り出し、指先に火を灯した瞬間だった。
背後で、輝夜と阿求がやいのやいとの言い合いを始め、それに鈴仙が巻き込まれていた。
天敵。というものが存在するのなら、輝夜と阿求がまさにそれだった。
互いに嫌い合っているくせに、無視することもできずにいがみ合う。
本当ならば、天敵同士が邂逅(※運命の出会い的な意味)するのは良く無いことのはずだが、
(生きることに張りが出て、良かったじゃない)
輝夜にとっては、阿求との出会いが、良いほうに作用している。妹紅は、そう感じていた。
ふーっと煙草を吹かす。
紫煙が、空に吸い込まれていく。
医局のほうから、永琳が鬼の形相で駆けて来るのが見えた。




