表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やり直した結果得たものは  作者: 猫宮蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/5

果たして、幸いであるものなのか



 体内に異物が入り込む感触。

 それから遅れてやってきた痛み。


 けれど、その痛みにのたうつ事も泣きわめく事も、できなかった。

 何が起きたかわからなかったのだ。

 時間にして一秒か二秒……そんな僅かな間で、起きたことを把握したものの、何かの間違いであってほしい、と思ってしまった。嘘だと思いたかった。


 遅れてようやく現実を把握した時には既に遅く、どうしてと現状を問いかけるような事も何も。


 何も彼女はできないまま、そうして意識を失ったのだ。

 熱さと寒さを同時に感じていても、最早そんな事すらどうしようもないままに。

 喉のあたりで圧迫感があった事だって、どうにもできないまま。



 それが、クラレット・アイボリーの最期だった。



「――冗談じゃありませんわ」


 そして彼女は目を覚ます。


 てっきりあの世か棺桶の中かと思ったが、室内は明るく――どころか、とても見慣れた光景だった。


 自室である。

 見間違いでも勘違いでもなく、どこまでも自分の部屋だった。


 クラレットはそっと自分の首へ手をやって、恐る恐る触れてみる。

 何もない。当然である。

 次に腹部へ手をやった。

 何もない――というのは語弊があるかもしれない。ネグリジェの感触は存在している。


 釈然としないものを感じながらも、クラレットはベッドから出ると侍女を呼ぶためのベルを鳴らした。


 リィン、と澄んだ音がしてものの数秒でやって来た自分付きの侍女。

 彼女に着替えを頼み、そうして身支度を整える。


 その間にもクラレットの脳内では、様々な思考が渦巻いていた。


 身支度の途中で確認した日付は、自分が死ぬよりも前のもの。


 あれがただの夢だとは思えない。

 いつも見る夢はもっとふわっとしていて、起きた時にはほとんど忘れてしまうようなものだったり、憶えていられてもあぁまで鮮明なものではなかった。


 何が起きたのかはわからない。

 わからない、が間違いなく時間が巻き戻されているのだ。


 あれをただの夢と思い込んでこのまま日常を過ごしてしまいたい気持ちはあるけれど、しかしまたあのような事になってしまったら、と考えればどうにかするしかない。

 このままいけば、自分はいずれ婚約者に殺されてしまうのだから。


 そう、殺された。

 死んだはずだったのに。


 けれども、何の因果かクラレットは今生きている。

 時間が巻き戻ったなんて奇跡のような事が起きた事で、自分はまだ生きているのだ。


 それとも、と思う。


(あれが本当に夢で、未来を見たのかもしれない……)


 もしかしたら、時間が巻き戻って過去に戻ってきた、と考えるよりはそちらの方がまだありそうだと思えてくる。


 過去に戻ってきたなんて言われたとして、クラレットだってそうなれば「どうやって?」と疑問を口に出すのは間違いないからだ。他人に説明すれば、クラレットと同じように疑問を口に出すだろう。

 だがしかし、夢の中で未来を見た、というのならまだそちらの方がありそうではある。


 自分にそんな特殊能力があるなんて今までなかったし、これから先もあるとは到底思えないけれど、それでも。



 それでも、このままではきっとまた同じ事が起きるのだろう。

 その確信だけは胸の中にハッキリと存在していた。



 夢で見た未来までは、あと一年。

 一年後には、自分は婚約者に殺される。

 婚約者と、その従者によって。


 婚約者からは刃物で刺され、従者が背後から首を絞めて。


 どうしてそうなったのか。


 思い返したところでまったく気持ちの良い話ではないが、ともあれ思い返してみる。



 クラレットは――というか、貴族たちは成人前に学園に通うのが大半である。

 学ぶ事よりも人脈作りの面が大きい。成人して社交の場で人脈を築くにしても、派閥の問題などで関わる事ができる人間というのは限られてくるからだ。


 学園に通っていたとしても派閥がないわけではないが、それでも学園に通っている間は家のしがらみなどはあまり気にせず――という事になっている。


 付き合いのある派閥であっても、次を担う者たち次第では属する派閥を変える必要が出る事もあり得るので、そういうものを見定めるという意味も含まれていた。


 そうはいってもクラレットは既に婚約者がいるので、派閥を変えるような事にはそもそもならないはずだった。ところがよりにもよってその婚約者との仲が微妙になってしまったのだ。


 クラレットが悪いか、と言われると正直そこまで悪いとは思っていない。


 悪いのは――



 アルミア・フォリス。

 アイボリー公爵家のクラレットと、フォリス侯爵家のアルミアは、言ってしまえば従姉妹である。


 だからだろうか、見た目も似ている部分がいくつかあった。何も知らない者が見れば姉妹かと勘違いする事もあったかもしれない。


 アルミアは侯爵家の娘であるけれど幼い頃は病弱で、ずっと領地で臥せっていた。だからこそ、クラレットとはそこまで関係を築いたりはしていない。

 何かの折に顔を合わせる事はあっても、話に花を咲かせるような事はなかったとクラレットは記憶している。

 確かに見た目は似ているかもしれなくても、ただそれだけ。

 お互いに何が好きで何が嫌いか、なんて話をするような事はほとんどなかったし、精々お互いの事に関しては噂で流れてきた時に耳にするくらいだ。


 それでも成長するにつれ徐々に健康になっていったアルミアは、学園に無事通えるようになり、そうして友人がそれなりにできた様子ではあった。


 親しくなった人物にクラレットの婚約者が含まれていなければ、きっとクラレットもそんなアルミアの事を微笑ましく見守ったに違いなかったのに――



 クラレットの婚約者は、この国の王子である。

 故にクラレットはいずれ、王妃として彼を支えていくはずだった。


 そのために、学園に通い人々との交流を重ねつつも、お城でも次期王妃として学んでいた。

 学園以外でも友人たちと交流をとれるような時間は流石になかったが、だからこそクラレットは学園の中だけはしっかりと友人たちとの時間を大切にしていたのだ。そして婚約者であるカミルとの時間だって決して疎かにした事はない。


 けれども、カミルはいつしかアルミアに惹かれていったのか、クラレットと会う回数が徐々に減り、そうして何故だかクラレットがアルミアを虐めている、なんていう噂が流れ始め……カミルはその噂を信じた。


 クラレットが否定しても、聞く耳を持ってくれなかった。



 いざという時、カミルが自分を信じてくれない、という事にクラレットだって傷ついた。その程度の関係でしかなかったのだと突き付けられれば、自分が今までしてきた事はなんだったのかと。

 そう、嘆きたくなるのも仕方のない事だった。


 クラレットはクラレットなりにカミルへ歩み寄り、少しずつではあるけれどそれでも彼の事を愛し始めていたので。けれどもそんな淡い気持ちは、あっさりと砕かれたのである。


 そもそもの話、アルミアとクラレットは確かに同じ学園にいるとはいえ、クラスが違うしそうでなくとも、授業が終わった後クラレットは城へ行き更なる学びが待っているのだ。わざわざアルミアを虐めるための時間はないし、仮に多少時間に余裕ができたのであればアルミアの元へ行くよりももう少しだけ友人たちと共にいたい。


 親戚ではあるけれど別段仲がいいか、と言われるとそうでもないような相手に使う時間の余裕なんてもの、クラレットにはなかったのに。


 それでも、カミルはそんなクラレットの言い分に耳を傾けてもくれなかった。



 今にして思えば、その時にはきっとカミルの心はアルミアに傾いていたのだろう。


 クラレットがアルミアを虐めているだなんて噂が果たしてどこから流れたのか。

 そういった場面を目撃した、なんて人物がいないのはクラレット自身がよく理解している。

 であれば――


 アルミアが、自らそうカミルに誤解をさせるような表現で告げたに違いない。


 夢でみた未来であろう光景には、アルミアがクラレットに勝ち誇ったような顔をしてカミルの隣に寄り添う場面があった。


 全てを鮮明に覚えているわけではないけれど、それでも断片を繋ぎ合わせればおのずと全体像は見えてくる。



 王子様との結婚なんて、物語としてならば確かに憧れるものもあるだろう。

 けれど現実はそんな綺麗な事だけではない。

 王妃としての責任を背負って、王を支えなければならないのだ。王だけを支えればいいというわけではない。ひいてはそれは、国の民全てを背負うようなものである。


 一見すれば輝かしい道は、しかしきっと目に見えない茨を伴っている。

 そんな道を、クラレットはカミルと共に歩んでいく決心と覚悟を背負っていたのに――



 アルミアが誑かしたのか、それともカミルが心変わりをしたのが先か。

 そんな事はクラレットにとって最早どうでもいい。


 どうしてそこで婚約の解消をするとか、その上でアルミアを妻にしたいと周囲に根回しをするとか、そういう事をしないでクラレットを殺そうとしたのか。


 疑問に思えど、その答えを得る事は難しいだろう。

 本人に直接聞けるわけでもないものなので。むしろ聞けば、クラレットがおかしくなってしまったと思われるだけだ。あれはもしかしたら起こりうる未来であって、同時に単なる夢の可能性もあるのだから。



 けれどもあまりにもリアルな夢だった。刃物が身体に刺さった感触も、首を絞められ息ができなくなって意識が遠のいていく感覚も。


 ただの夢などではない、とクラレットは思っている。

 絶対にあの後クラレットは死んだはずで、だからこそその先の展開は知りようがなかった。あれがただの夢なら、幽霊にでもなってその後の様子を見ることができたっていいはずなのだから。

 ……夢だからとて、そこまで都合よくいかないだけかもしれないけれど。


(死ぬつもりはないわ……ここまで努力をしてきて、それが台無しになるどころか命を失うなんてまっぴらよ)


 声には出さずに改めてそう決意する。


 学園には既に通っているし、アルミアとカミルは既に出会ってしまっている。

 だからこそ、このままではいずれあの夢のような展開を迎えるかもしれない。


 手を打つ必要があった。



 手を打つ、と言ってもクラレットにできる事はそこまで多くはない。

 今まで領地生活で王都とは無縁の状態だったアルミアが、学園で王子様と出会い恋に落ちたとして。

 そうして少しでも仲良くなりたいと願ったとしても、クラレットはそれを全て否定するつもりはない。


 夢の中で殺されておいてなんだが、そうじゃなければいずれ自分の夫になる相手だ。

 今までに積み重ねてきた関係から、クラレットはカミルの事を嫌っているわけではない。

 夢の中で殺されたとしても、今はまだこうして生きているのだ。まだ起きていないはずの出来事で恨んで彼を嫌うような事をクラレットはするつもりがない。あれはただの悪い夢だった、として終わらせたいというのが本音である。



 既にカミルの口から、アルミアと出会ったという話は出ている。

 そしてそれにクラレットは「従姉妹ですの」と答えた。



 カミルがアルミアの嘘を信じたとして、そんなアルミアを救いたいと思ったと仮定して。


 王妃に相応しいと思っていたはずのクラレットが実際は醜悪な性根の人物であった、とカミルが思ったとして、排除を目論んだとする。

 あの女は王妃には相応しくない。そう訴えたとして、クラレットを殺害する時に手をかした従者は信じるかもしれないが、他の人はどうだろうか?


 アルミアは邪魔な女を追い落とす事ができて自分がカミルと結ばれる事ができるかもしれない、と期待を抱くだろうはずなので、実際クラレットがアルミアを虐めてなどいないとわかった上で、それでも嘘を貫くだろう。


 けれども、それ以外。


 クラレットの両親は信じないはずだ。

 そもそも親戚であってもそこまで親しいわけではないので、そう頻繁に会う事もなければ手紙のやりとりだってほとんどなかった相手だ。わざわざクラレットがアルミアを虐めるためだけにそちらへ足を運ぶなんて両親が信じるはずもない。

 そんな暇が娘に無い事は、親である二人もよくわかっている。


 アルミアの両親はどうだろうか。


 娘可愛さにアルミアの嘘を信じる可能性は高い。

 今までそんな兆候はなくたって、それでも娘が泣いて訴えれば絶対にそんな事あるはずがないだろう、なんて言い切る事ができるかは……微妙なところだ。


 侯爵家が公爵家相手に堂々と言い切る事も難しいかもしれないが、公式の場でなければ親戚一同取り繕う事もなく言い合う場合だってある。そういう場面でなら、お互いに意見をズバズバ切り込む事は有り得る。


 もしそうなれば、クラレットが本当にアルミアを虐めていたのかどうかの調査くらいはするだろう。

 いくら親戚関係にあるといっても、公爵家相手に喧嘩を売るような真似は流石に問題がある。


 それ以外の学園の生徒や教師はどうだろう。

 クラレットの友人たちがアルミアを虐めている事を信じるとは思わない。何故ならクラレットが王子妃教育を受けているのは明らかな事実で、それ故にそんな暇があるのならそれこそ友人たちとお茶会をする方に割くと知っているからだ。むしろそれを蹴ってまでアルミアを虐めていた場合、クラレットとの友情はその場で終了するだろう。


 クラレットもそんな事をするつもりはこれっぽっちもないので、友情が終わるような事になるとは考えない。


 アルミアの友人――はどうかわからない。

 クラレットの事をよく知らなくて、アルミアの事を知っている者であるのならアルミアの言う事を信じたとしてもおかしくはない。けれど、それを信じたとしてもだ。



 決定的な場面を目撃する、という事がまずないのだから、信じていたとしても時間の経過とともにアルミアがそう言っているだけで実際それを見た事はない……と証言をするであろうと予想はされる。

 アルミアが侯爵家という権力を用いて家格が下の者たちに偽証せよ、と命じたのであればどうだかわからないが、しかしそういったものはいずれバレる。そうなればアルミアもただでは済まない。


 ……もしかしたら、夢で見たあの光景から先の未来ではそうなっていた可能性もあるけれど、あの夢はクラレットが死んだと思われた時点で終了した。

 なのでその先がどういう事になったかなんて、いくらでも想像できてしまうしとんでもない展開になっていたとしてもおかしくはない。何せ夢なのだから。


 だが、あれが本当に未来で起きる出来事であるとすれば、アルミアにとってその後の人生薔薇色とはならないのではないだろうか。



 カミルを唆した場合、アルミアがクラレットを殺すように仕向けたとも考えられる――が、仮にクラレットを排除するためにアルミアが用意したシナリオならば、あんな人気の少ない場所にクラレットを呼び出して秘密裏に始末するような真似は選ばないはずだ。


 もっと大勢の前で、それこそ大衆小説のような悲劇のヒロインが悪役令嬢を断罪し周囲から祝福されるような――そんな、お花畑のような状況を作りだそうとする方があり得そうではある。


 そうでなくともあの夢の中でのアルミアは、婚約者から見向きもされなくなっていくクラレットに対し優越感を含んだ眼差しで見下ろしていた。身分としては自分より上の存在が、自分を羨み見上げる様を愉しんでいるように思えた。


 ならば、こっそり排除するよりも適当な冤罪をでっちあげて自分を追放するだとか、始末されるしかない状況に追いやるような事を実行するはずだ。


(いえ、邪魔者が生き残っていていずれ逆転されるような展開になる事を恐れた……と考えられなくもありませんけど)


 そこまで考えて頭を振った。


 アルミアが黒幕というよりは、あの展開からどちらかと言うと、婚約の破棄も解消も難しいと判断したカミルによるものだと思った方がしっくりくる。


 考えた末に。


「まずは行動あるのみ、でしょうね」


 クラレットの中での方向性は定まった。


 であれば、あとは言葉通り行動あるのみである。




 そうはいっても、取り立てて特別な事をする必要はない。


 今はまだ焦る必要がないからだ。

 アルミアがカミルと距離を縮めようとしているのは間違いないが、まだ出会ったばかりで二人の間の空気は甘やかなものでもない。多少、恋に発展しそうな空気はあるかもしれないが、だがそれは例えるならばまだ芽が出たばかりで、その気になれば簡単に終わってしまいそうなものでしかない。


 カミルも次期国王として学ぶべきことはたくさんあるが、元々城で生活している王子様と、時折城へ訪れて学ぶクラレットでは時間の捻出度合いが異なる。自由時間が全くないわけではないし、学園が休みの日はほぼ確実にクラレットはカミルと会う事ができる。


 ある程度学んだあとで、婚約者同士の交流を兼ねてお茶を飲んでゆっくりと会話をする時間が与えらえるのだから。


 それもやがて、カミルがクラレットを避けるようになってからはなくなるものではあるけれど。

 今はまだあるのだから、何も手を打てないなんて事もない。



 だからこそ、今のうちに。


 まだカミルがクラレットに悪感情を持つ前に。


 クラレットはあえてアルミアの話題を口に出した。



 従姉妹であってもあまり交流は無い事。

 親類が集まる場で会う事はあってもそこまで話をしたりもしていない事。


 そんな彼女と友人になったカミルの事を、クラレットは特に咎めはしなかった。


 ただ、囁いただけだ。


 彼女と友人になるのは構いませんが、それでもわたくしの事も忘れずに時々は構って下さいませね?


 ――と。


 普段淑女として振舞っているクラレットが、あえてその仮面を少し外して言ってみせた事で、カミルはさっと頬を赤らめた。

 カミルの前ではなるべく完璧な淑女であろうとしていたクラレットが、まだ無邪気でいられた頃のようにしてみせた事で、懐かしさと同時に淑女然としていた時とのギャップにでもやられたのだろう。


 あの夢で、どうして自分が殺される事になったのかをクラレットは考えた。


 カミルがアルミアへ乗り換えようとしたからこそ、クラレットを邪魔だと判断して処分しようとした。

 適当な冤罪をでっちあげたところで、そんなものはいずれバレる可能性が高い。

 だが、婚約者本人がいなくなってしまえば……?


 そうなれば、次の婚約者を選ぶ必要が出てくる。

 アルミアは家柄を見れば問題はないし、クラレットの親戚にあたる。

 彼女が新たな婚約者に選ばれれば、派閥的な意味でもそこまでの問題は発生しそうにない。

 王家が結ぼうとしていた公爵家との縁も、アルミアの家経由で細くはあるが完全になくなるものでもない……と考えたのであれば、彼女が選ばれる可能性は決してゼロではないのだ。


 アルミアの見た目が好みだから、なんていう単純な理由でないとクラレットは思っている。

 髪と目の色が完全に同じとはいえないが、それでも似た色合いであるのは確かだし、そうでなくとも見た目だってそれなりに似ているのだ。

 カミルがアルミアの髪や目の色をこそ至高とするようなこだわりがあるのなら別だが、そんなこだわりがあったとは聞いた覚えがないし、ましてやそんな素振りもなかった。

 顔の細かな造形の差だとしても、そんなものはメイクでいくらでも寄せられる。


 クラレットの性格が無理、というのであればまだしも、今の今までカミルとクラレットは婚約者としてお互い上手くやっていたのだから、もし無理だというのならそういった雰囲気がにじみ出ていたとしてもおかしくはない。

 いくらカミルが王族として、露骨に感情を表に出さないようにとされていたとしても、カミルもクラレットもまだ成人前の――要するにこどもなのだ。

 好悪を完璧に隠しきるとなると難しいだろう。



 であれば、やはりアルミアの嘘を信じてしまった事がクラレットが死ぬ原因だったと考えるべきだ。


 問題はアルミアがどこまでの嘘を吐いたかだが――



(きっと最初は小さなものだったのでしょうね。精々意地悪をされていた、とかかしら?)


 表面上はカミルとの会話に興じながらも考える。


(そうして同情を誘って……そこからどんどんエスカレートしていった……)


 やってもいない虐めの話がああまで広まるとは思いにくい。

 クラレットの家を陥れたい敵対派閥が手を貸したとしても、もしそうなればアルミアの家も無事では済まないはずだ。同じ派閥なのだから、敵対派閥の手を借りるとなれば侯爵家の弱みとなりかねない。


 考えなしにやらかした、という可能性もあるかもしれないが、だがアルミアのやらかしであってもいずれ家全体に害が及ぶ可能性もあるのなら、噂が流れた時点でアルミアの親が何らかの手を打つはず。

 夢の中ではそういった感じはなかったので、であれば他の誰かの手を借りたというよりはアルミアがカミルの関心を引きたいがためのものであった……と考えるとしっくりくる。


 クラレットが今の時点でアルミアに話を聞きに行こうにも、今下手に関われば虐められたという風に事実を捻じ曲げて噂を流す可能性もあるために、クラレットからアルミアに関わりにいくつもりは一切ない。

 そもそも夢の中でもそんな暇はなかったのに、今あえて関わろうとしたところでなんのメリットもないのだ。


 夢の内容を彼女に話して、クラレットの事を陥れようとしているか? なんて聞いたところで一笑に付して終わるのが目に見える。クラレットの頭がおかしくなった、なんて噂をたてられても困るし、こちらもわざわざ嫌な思いをしにアルミアに会いに行く気はなかった。



 だからこそ、クラレットが今打てる手は、周囲の目があるから淑女の仮面を外さないでカミルとも接しているけれど、でもきちんとあなたの事を慕っているし愛しているの……というのを匂わせに匂わせてカミルに伝えるだけだ。



 あまり大胆な行動に出すぎて、夢の内容から大きくかけ離れてしまうと想定にない出来事が発生した場合、後手に回る可能性もある。

 だからこそ、わかっている範囲の出来事を少しずつ。


 それが、どういう結果になるのか現時点でクラレットにわかるはずもないけれど。


(現状、最良だと思う事をした上で。

 それでも駄目ならその時はその時ね)


 自分が死ぬあの瞬間だけ回避できれば、それ以外の部分については後からどうとでもできる。


 そう頭の中で今後の事を考えながら、照れているカミルにつられるようにクラレットもまたはにかんだ。

 直後、カミルの目がかすかに逸らされたのは、照れからか、それとも後ろめたさからか――


 今はまだ、わからなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ