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第5話 三番目の記憶。

そして今回だよ。


私は大公家に生まれ、不自由なく育てられた。

戦争は相変わらず続いていたけれども、余りの長さにみんな慣れっこになっていた。永遠に続くのではないのか、とさえ思えた。


戦に行くのは兵士だし、死ぬのはそのほとんどが雑兵の農村出身の者たちだ。

家を焼かれるのだって、敵兵に殺されるのも、どこにも行けない貧しい人たちだ。

貴族は毎夜のようにどこかの舞踏会に出掛け、着飾るご婦人方は踊る。酒におぼれる男たち。そんなものなんだろうと、そう思っていたんだ。たいした疑問も無く。


大貴族の嗜みとして、女も抱いた。酒も飲んだ。煩わしいだけだった。

貴族用の学院を卒業するころには、私は何もしたいことが無かった。

なんにも、だよ?

執着するものも、欲しいものも、なんで生きているのかも。


私は学院の卒業を待たずに、神学校に進んだ。

空っぽの自分にぴったりだと思った。好いた女もいなかったし。


正直、つまらない毎日だった。


そんな中でも、寄宿舎で同じ部屋になったお前が私を大事に扱ってくれて、気を使ってくれているのはわかった。生まれも育ちも、正反対のような私たちがつるんでいるのを周りが面白く思っていなかったのも知っている。


貴族社会と何ら変わらず、聖職者達は、欲と金で出来ていた。その汚い世界に私が染まらずに済んだのは、エトガル、お前のおかげだったんだね。でも、そんなことさえ、私にはどうでもいいことだったんだ。


私は上の者からのやっかみを受けていたのだろう。神父としての初めての派遣先は戦争の真っただ中の東区だった。ひどいものだったね。家を焼け出された者と、戦火を逃れてきた者、使い捨てにされた酷い怪我の雑兵達、そんな者達があふれんばかりに

教会に身を寄せていた。どこもかしこも、うめき声と血なまぐさい匂いと、絶望であふれていた。


昼間でも薄暗い礼拝堂を、声を掛けながら歩いていた時に、私は会ったんだよ。

間違いなくこの人だ。薄汚れた毛布一枚にくるまって、身体を伸ばす場所もないほどの隅っこに、その人はいたんだ。ゆっくりと彼女の顔が上がり、私を見る。

涙が流れて止まらなかった。


それからのことはお前もよく知っているだろう。

私は大公家の子供として持っていた財産をすべて東区の教会につぎ込んだ。

そして、一人の老婆を引き取って一緒に暮らしたんだ。


いまだかつてないほどの、穏やかな日々だった。

二人で暮らしたのは10年間。私は彼女の髪を梳き、身体を拭き、語り合った。

手を繋いで眠った。


ゆっくりと…老いた彼女が衰えていく。

こればかりは、金でも信仰でもどうにもならないものだと、わかってはいたが…


ある夜に彼女は言った。ああ、アナスタ。

自分の死期と、私が生きていくことを望んでいると。


そう、自死しないようにと釘を刺されたんだよ。


冷たく、硬くなっていく彼女をベッドに横たえて、私は自死以外の死に場を求めたんだ。みんな好き勝手に英雄だの聖人だの呼んでくれたけれどね。


東区は戦争の前線だった。

私は教会のタペストリーを外して棒切れに括り付けて、戦いの最前線に出た。

早く、誰でもいい、私を殺してはくれないだろうか、とね。


私の思惑とは違って、我が国の勢力は隣国の侵入を押し返した。

相手方の将軍の首が手に入ったときに、隣国の大司教を呼び出した。求めに応じたその人と私は停戦に向けての話をした。


長い長い戦いだったね。


私は、戦で死ねず、金もうけのために戦争を続けたい勢力にも殺されそびれ、教会内部の妬みでも殺されず…なあ、エトガル、こんなにも長生きしてしまった。


でもそれももうすぐ終わる。長かったなあ。


アナスタと約束したんだ。

今度は一緒に生まれ変わろう、と。


そして、お前に言っておかねばならない。


今までありがとう。



もう、私を求めるな。














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