エピローグ2
あっという間に卒業式が終わり、卒業生が退場した。
わたしたちは校門前で卒業生を待ち受けた。
姫川さんは卒業証書が入った筒をくるくると回しながら現れた。折笠さんも一緒。腕を組んでいる。
「ヒメ。結婚しよ」
折笠さんは感傷的になって涙ぐんでいる。
「姫川さん! 折笠さん!」
わたしは村雨さんと一緒に手を振った。
メッセージカード入りの花束を渡した。
「素敵なサプライズありがとう、みんな。この花がしおれていくのを眺めるのも燃えるごみにだすのもわたしだけどね」
折笠さんが高校最後のナチュラル・ボーン・毒舌をきめる。
「詩乃、あんたって娘は!」姫川さんのお顔がひきつる。
「冗談よ、本音だけど」
「どっちよ⁉」
「みんな揃って見送りありがとう。名残惜しいね。このあと空港に行って海外に渡るつもり」
そう言う姫川さんのお顔をわたしこと鳴海千尋はじっと見た。
「なにも今日のチケット取らなくても……」
「善は急げだよ。そうだ。みんなにまだ言ってないことあるんだ」
「まだなにかあるの? なにを言っても驚かないわよ」
折笠さんが涙をふいた。
「あたしはしし座の一等星レグルスから友好のために派遣された人造人間なんだよね」
『なんだってー⁉』
一同驚愕した。そう考えると姫川さんのふしぎな性格も納得がいく。
「……うそでちゅ」
姫川さんは赤ちゃんのようにほほを膨らませた。
「平然とうそをつくな!」
折笠さんがそのほほをつねった。
「あたしさあ、オーバードーズ経験者なんだよね」
姫川さんはその流れで突発的に告白した。
「ヒメがオーバードーズ経験者……? うそでしょ?」
姫川さんが自殺未遂⁉ そんな、いつも明るい姫川さんがなんで……?
姫川さんの告白は天文部メンバーを衝撃とともに駆け抜けた。
「あたしの初恋の人、伊達くんが行方不明になったとき、あたしはドイツまで行って彼を探した。遺体安置所を回って、遺体を一つひとつ確認した。
見つかったのは彼のくつとあたしがあげたおそろいのストラップだけ。失意のうちに帰国した。帰りの飛行機の便のなかで数時間泣きぬれた。
帰宅すると真っ暗。マーマは留守だった。世界中でひとりぼっちになった気がしたあたしは、この世界にサヨナラしたくなってオーバードーズした。
深夜遅くに帰宅したマーマがあたしを発見して救急搬送された。三日間生死をさまよった。そのときふしぎな夢を見たの……」
気がつくとあたしは月面から地球を見下ろしていた。大陸や雲、台風まで詳細に瞳に映った。
そのなかで人間が懸命に生きているさまが八一億一九〇〇万人分克明に脳裏に映った。
それだけじゃない。一匹の虫、一頭の蝶にいたるまで、過去・現在・未来この惑星で生きるすべての生命の営みを魂が共有した。
魂たちの慟哭、試練、孤独、痛み、理不尽に命を奪われるときの絶叫。そして友情と愛、慈しみ。
ブッダガヤで悟りを開く聖人。巨大な十字架を背負ってゴルゴダの丘を歩く青年。
火刑台上のジャンヌ・ダルク。病棟を見回りするナイチンゲール。スピーチ前夜のキング牧師。
親善大使としてエチオピアで子どもたちに接するオードリー・ヘップバーン。
すべてがなだれ込んできてあたしは悲鳴をあげた。その声にならない声は真空の宇宙にこだました。
誰かに呼ばれた気がして太陽の方角を振り向くと宇宙全体に匹敵する大きさの光り輝く女神が現れた。
『天音ちゃん、わたしは天照大御神。あなたの守り神よ。神さまに命をかえすなんて、めっ!
あなたなら試練を乗り越えられると思ってましましにしたけれど、本当のあなたはいじっぱりで泣き虫の女の子だった。
誰にも悩みを相談できず、ひとりで抱えて、孤独に震えていた。岩戸に閉じこもったときのわたしそっくりね。
あなたの身に起こったこと、心苦しく思っています。
天音ちゃん、特別に命をもうひとつあげるわ。こんどは自分の気持ちに素直になってごらんなさい。きっと素敵な物語になる。
神さまは平等でなければならないけれど、えこひいきすることがあるの。それは純粋な魂を持ったあなたのような人間。あなたはこの世界に必要な人。期待しているわ』
そういって『彼女』は微笑んだ。彼女の指から一条の光の玉が飛び立ちあたしと同化した。
……気がつくとあたしはベッドの上にいて人工呼吸器と尿道カテーテルをつけられていた。あたしは自分が一度死んだことを自覚した。
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イラストレーターはイナ葉さま(Xアカウント@inaba_0717)
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