10-3 村雨さん、プロへの道
今日は三学期の始業式。ここはeスポーツ部の部室なのだか……。
世界大会の賞金は鳳女学院茶道部と山分けして部費として分配されることになった。
その結果、eスポーツ部はエアコン付き本校舎の空き教室に移ることになった。
モニタやゲームハード、専用Wi-Fiまで用意され、在校生からも認知されるようになった。
来年度部員が増えれば班分けしてさまざまなゲームに取り組むことになるだろう。
いまはまだ移動前なので天文部の部室にいる。一月。ストーブが教室全体を暖気に包んでいる。屋外は関東では珍しい白銀の降雪。
部室には姫川さん、折笠さん、黒咲ノアちゃん、そしてわたしこと鳴海千尋がいる。
村雨さんが走って教室に飛び込んできた。ノックもしないで扉を開く。廊下の冷気がなだれ込む。
「お姉さま、聞いてください! わたくしの小説が公募の選考に残りました!」
「おめでとう! 初音」
「まだ油断はできません。第二選考がありますから。でも爪痕を残すことができました!
ウェブサイト応募では読者評価が反映されて手ごたえを感じられませんでした。ふつうの公募に切り替えたのです」
「あたしさ、あなたの小説アグレッシブだと思うよ。流行に流されないものを書いている」
「意識したのはまさにそれです。流行というものは一過性です。百年保つものではありません。流行しているから自分も書く、のではなく自分が新天地の第一歩をきざみたいのです。まだプロでもない新人が大言壮語をはいているのはわかっています」
「志が高くてよろしい」
「村雨のあねごはいつかなにかやると思ってました。良い意味でも悪い意味でも」
黒咲ノアちゃんが言わなくていいことまで言ってしまう。
「悪い意味でもってどういうことですか?」
村雨さんは存外だったよう。
「だってさあ、うっしー先生にただれた愛情を持ってるじゃん」
「ただれてません! 純愛です」
「あねごの小説読んでるけど、面白いですよ」
「ノアちゃん、わたくしの小説読んでくれているのですか? 嬉しい!」
「アカウント名:アークノアがボクです」
「アークノアさんはノアちゃんだったの? レビューまでしてくださってありがとうございます」
「サクラレビューですけどね」
「それはやめてください。アカウント削除されますから。正当な評価として受け取ります」
「新作はどんな内容なの?」
「以前お話しした、超伝記バイオレンスです」
「面白そうだね」
「じつは登場人物に皆さま方がモデルの人物が登場しています」
「肖像権な」
折笠さんが冗談まじりに鋭い指摘をした。
「おれだ。入るぞ」
護国寺先生が入室してきた。
「兄貴、お勤めご苦労さまでした」
姫川さんが低い声で仰々しく頭を下げる。護国寺先生は去年のクリスマスに校長先生にたてついて謹慎処分になったのだ。
それは不当なものだった。姫川さんの天才的な機転で謹慎解除されたのだった。
「おう、シャバの空気はうまいな」
護国寺先生も冗談に乗っかった。
「もうおやじには挨拶しましたか?」
姫川さんがジョークをつづける。
「いい加減にしろ」
護国寺先生はボードで彼女の頭を軽くたたいた。
「あたしの灰色の脳細胞が死んだ!」
「うっしー。ひかりちゃんとは最近どうですか?」
折笠さんが心のうちを覗くような問いかけをする。ひかりちゃんとはスクールカウンセラー小山ひかり。護国寺先生が片思いしている相手。おととしのクリスマスに彼女は彼の低収入を罵って破局した。
「んん? なぜそんなことを聞くんだ。彼女が以前の暴言を謝罪したいといってきてな。週に一度、食事をともにしている」
「彼女とはもうヤったの?」
折笠さんの爆弾発言。
「おまえたちに話すことではない。折笠、おまえの性格は三年間直らなかったな。おれの力不足だ」
わたしが恐る恐る村雨さんを見ると据えた瞳をしている。このほうが怖い。
「三年生は卒業間近だな。ひとりずつ進路を発表してくれ。まず折笠から」
「わたし、折笠詩乃は琴流女学院大学に合格いたしました」
いっせいに拍手が巻き起こる。
「学芸員の資格をとってプラネタリウムのスタッフになるつもり。格闘ゲームもつづける。
OGとしてこの部活にも顔をだすつもりよ」
折笠さんは夢への第一歩を踏みだしたのだ。みなの視線は姫川さんに集まる。
「あたしは大学へは行かない。卒業したら以前話したとおり世界一周するつもり。いまの寿命は神さまからもらったボーナスタイムだと思っている」
姫川さんは学生カップルコンプレックスで余命一年だったが、護国寺先生との親交で体内に抗体が生まれ、余命一年を克服した。ただし、いつ再発するかわからないのだ。
「ゲームの素晴らしさを世界中の子どもたちに教えたい」
「紛争地域に近寄っちゃだめよ。あなた見た目は白人なんだから」
折笠さんが相棒を気遣った。
「それくらいはわかっているよ」
「おれからも発表がある。この学校を去ることになるだろう。来年度は違う学校に赴任する」
護国寺先生の発言は音のない衝撃とともにわたしたちの大脳と霊魂を駆け抜けた。
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イラストレーターはイナ葉さま(Xアカウント@inaba_0717)
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