10-1 きみの名は……。
新年を迎え、わたしたち天文部eスポーツ班のメンバーは集合して村雨さんの実家の譲羽神社に初詣することになった。
姫川さん、折笠さん、わたしこと鳴海千尋は巫女姿をした村雨さんに迎えられた。
ちなみに黒咲ノアちゃんはオナチュー(同じ中学)の集まりがあるそうで不参加。
折笠さんは受験も終わり、琴流女学院大学に入学が決定していた。
「新年あけましておめでとうございます。皆さま」村雨さんは深々と一礼した。「本日は御参りくださいまして、ありがとうございます」
姫川さんは落ち着かない様子。彼女はこの神社に来るとよそ見ばかりしている。
「どうしたのですか。お姉さま」
「うん、ちょっとね。宮司さんはいまどこ?」
「本堂です。父がなにか?」
「いや、べつにいいよ」
「天音か?」そのとき社務所から神主姿の初老間近の男性が現れた。
「お父さま、社務所にいらしたのですか。なぜお姉さまの名前をご存じなのですか?
そうか、いつもわたくしがお姉さまの話をしているからわかったのですね」
「あなたとははじめて会いました」
姫川さんは冷淡に返答した。
「あ、ああ。そうか」村雨さんのお父さんは見るからに落胆した。「娘がお世話になっているみたいだね。ときにお母さまは元気かな?」
「…………」
姫川さんは険悪な貌になった。
「天音さん?」
わたしが沈黙した姫川さんを不審に思い問いかけた。
「あんたと別れてから、泣きながら自慰してるよ!」
姫川さんは爆発的に答えた。
どういうこと? 姫川さんの発言が真実なら、彼女のお母さんと村雨さんのお父さんはむかし結婚していた? そして離婚した? ということは姫川さんと村雨さんは……。
「お姉さま、なにを言っているのですか。わたくしにもわかるように説明してください」
村雨さんも動揺している。
「初音。あたし妹がいるんだ。名前は村雨初音。あなたのお父さんはあたしのパーパでもある。わたしの旧姓は村雨天音だった」
つまり、姫川さんと村雨さんは異母姉妹ということだ。
「お姉さまは本当のお姉さま? ……なのですか」村雨さんは茫然自失。「いつから知っていたのですか?」
「あなたと出会った最初から。名前を知ってピンときた」
「お姉さまは最初からすべてを知っていたのですね。どうして? わたくしに優しくしてくださったのですか? わたくしが憎くはありませんか?」
「あなたがいやな子だったら、運動部から救ったりしなかった。あなたは純粋で……小説家になる夢を語るあなたの話が好きだった。憎い理由なんてないよ」
「お姉さまはずるい。いつもわたくしの気持ちをもてあそぶ。知っていることを教えないのは意地悪です!」
村雨さんは両手で顔を覆い隠して巫女姿のまま落涙した。
「これではわたくしは道化ではありませんか」
えずきなら言葉を紡いだ。
「心から謝罪するよ。この世界には知らないほうがいいこともあるって思ったけど、それは、初音は真実を受けとめられないと軽んじることでもあった」
姫川さんの表情に影が走る。
「ヒメ。人の視線が集まってきたわ。村雨さんのお父さん、場所を変えられませんか」
折笠さんの提案で社務所に移動した。
「さきほどはすまなかった。お茶を淹れよう。母さん、お茶を頼みます」
宮司さんに客室に案内される。
姫川さんは眉をひそめた。「母さん」は元父親が新しい妻に選んだ女性だからだ。
「あたしが一歳のとき、両親が離婚した。マーマはそれからずっとひとりであたしを育ててくれた」
姫川さんはモノローグのように語った。
「理由はなんだったのですか? お父さま」
宮司さん、村雨一刀は沈黙した。
「まさか浮気? ですか。お父さま」
「初音さん、それくらいで」
折笠さんが仲裁に入る。村雨さんがふたりいるので下の名前で呼んだらしい。
宮司さんはなにかを観念したように長々と語りだした。
「すべて説明しよう。わたしはそこにいる天音の母、姫川アナスタシアと大学で出会った。
わたしがロシア語を専攻したとき同じ教室にいたのが彼女だった。彼女は父親がロシア人、母親が日本人のミックスだった。日本に帰化して日本名字を名乗っている。飛び級で大学に入学した天才児だった。
女性としての魅力と生命力にあふれた美しい人だった。わたしたちは惹かれあい恋に落ちた。
彼女の故郷であるロシアで結婚式をあげ、現地で天音も生まれた。
三人で日本に帰国したあと、わたしは反発していた両親と和解して実家の神社を継ぐことになった。京都府にある神職養成所に通うことにして、単身赴任に近いかたちで一時的に京都に住むことにした。
そこで出会ったのが初音の母親だ。彼女はアナスタシアとは違う女性だった。自己主張せず、わたしを肯定してくれる受容性があった。わたしは夕食をともにして一夜を重ねた。
ただ一度の交わりで彼女は身ごもった。彼女はアフターピルを飲むと約束してくれたのだが、わたしとの愛の結晶がほしかったがためにうそをついたのだ。
アナスタシアにも説明するのが誠実だと思ったが、彼女は火がついた火薬樽のように激高した。
『おまえを殺害して口のなかに切り取った〇〇〇を突っ込んでやる』
アナスタシアが刃物を手に取ったのでわたしは逃げるしかなかった」
次章へつづく




