9-19 聖少女暴君
朴銀優さん操るグルガンに敗北したわたしこと鳴海千尋を迎えた姫川さんは向日葵を連想させる笑み。九条さんも白百合のような嬌笑。
「天文部のルール、最初に教えたでしょう。格闘ゲームは負けたときの態度が一番重要。
ひとつ、対戦相手に敬意を払い、勝っても負けても潔く!
ふたつ、格闘ゲーマーは仲間を信じぬく!
みっつ、格闘ゲーマーは健康を犠牲にしない!
よっつ、勝率一〇〇パーセントのゲーマーは存在しないことを肝に銘じるべし!
いつつ、格闘ゲーマーは最後の一フレームまで試合を投げだすべからず!」
「さあ、千尋さん。これで涙を拭いて」
九条さんの言葉でわたしは自分が泣いていることに気がついた。彼女は慈愛を込めてハンカチを差しだした。
「これ、血まみれですけど」
ハンカチは九条さんの指の失血を止めるために血が染みている。
「あら、いやだわ」
九条さんの苦笑顔を見て、わたしにも笑みがこぼれる。
「そう、その顔が見たかったの! あたしを励まして、いつもみたいに」
姫川さんのそのときの笑顔を額縁にいれてとっておきたい。
わたしこと鳴海千尋のこの物語最後の試合は敗北を知って終わった。それでも韓国人プロゲーマーの朴さんに去年の借りをかえすことができた。わたしが負けてもまだチームは負けていない。
「天音さん、グルガンのライフを一メモリ減らすことができました。あとを託します」
わたしは姫川天音さんこと聖少女暴君のアクアマリンの瞳を直視して、右腕を掲げた。彼女は腕を絡めて不敵に微笑んだ。照明を浴びて、彼女は神々しく輝いていた。
「あとは任せて」
「天音さんなら勝てます! お空から護国寺先生が見守ってくれます!」
「死んでないし!」姫川さんが苦笑い。
「わたしなりの一流のジョークです!」
わたしは自虐的な笑いで彼女を励ました。
「千尋はお笑い芸人にならないほうがいいよ」
「天音さんならお笑い芸人としても一流になれます。その前にこの試合に勝ちましょう!」
「いい感じだよ。千尋。励まし上手だね。行ってくる」
「天音」
九条さんが彼女の背中に話しかける。
「あなたが学生カップルコンプレックスで余命わずかなことは、とっくに折笠さんから鳳女学院メンバーにも告知されています。
あなたはこの世界のマスターピースになるべき人。死んではいけません。
生きるのです。奇跡は神が起こすものではありません。血反吐を吐き、屈辱の涙で自らの服を汚し、永遠の夜、絶望の海のなかでも望む未来を信じるものだけが手にすることができるギフトです」
「沙織。覚えておく。いままで生きてきたなかで一番嬉しい言葉ありがとう」
姫川さんは背中だけで応えた。その背中に羽が生えている。不可視の翼が。
第五試合。事実上の最終試合である。
姫川天音VS朴銀優
姫川さんは創竜刀アストリア。朴さんはアサシンのグルガン。
姫川さんは朴さんに一度負けている。
ライフはアストリアが有利だが、ゲージは不利。
ラウンド開始と同時にグルガンはダッシュで距離をつめた。隙の少ない小技からの連係でライフを削る。前回大会でも苦戦した戦術だ。
アストリアも負けていなかった。立ちAの連打から立ちC→必殺技『ラッシング・エッジ改』に繋ぎやりかえす。
派手な攻防がない、一見地味に見える試合内容。お互いに防御率が高いため一進一退のまま残りタイムは半分に。
グルガンの空中必殺技『ドリル・トレイン』からの連係がはじまった。着地と同時にガード方向を揺さぶりながら『アサシン・ストライク』→『セカンド・ストライク』→『サード・ストライク』へ移行する荒技だ。
アストリアは全身無敵のバーストでグルガンの連係を止めた。前大会で敗れた技の対策を護国寺先生と姫川さんは見いだしていた。チャンスだ!
アストリアの超必殺技『闘神剣舞』発動。画面が暗転する。
連続入力コマンドを姫川さんは正確無比に入力する。姫川さんはヒット確定の八段目で剣舞を止めた。同時にグルガンが全身無敵のバースト。やはり反撃するつもりだったんだ。
ライフはアストリアが有利。ここからグルガンの猛攻がはじまった。
大ジャンプから『ドリル・トレイン』、着地と同時に特殊技の『心臓つかみとり』→低空ジャンプからふたたび『ドリル・トレイン』……。
姫川さんと護国寺先生が編みだしたグルガンに対する対策を一瞬で破ってしまった。朴さんは天才だ。姫川さんは流れを変えるためジャンプしようとする。
〝姫川飛ぶな。地上戦で勝て!〟
姫川さんの脳裏に〝彼〟の声が響き、アストリアはジャンプを思いとどまる。
グルガンの攻撃をかろうじてしのぐアストリア。少しずつライフが削られ、残りライフは一ドットに! あと一回でも攻撃を喰らったらKOされてしまう。
グルガンはアストリアを削り殺すために超必殺技『絶命弾』を放つ。
画面が暗転する。姫川さんは絶命弾の攻撃判定一六発すべてをPディフェンスした。神業である。
相手のガード方向を揺さぶる攻撃にも目が慣れてきた。アストリアが小パンチをヒットさせる。その一ヒットを起点に立ちAの連打→立ちB→『ラッシング・エッジ改』と丁寧につないでいく。画面端に追い詰められたグルガンがジャンプした。
そのときわたしの目には確かに映った。会場の天井近く、なにもないところから一枚の白い羽根が姫川さんのもとへ舞い降りるのを。天使の羽……?
会場がいっせいに沸いた。大声量である。
「沙織さん、いまなにが起こったんですか?」
「見てなかったんですか。天音が勝ちました!」
「本当に? やったー!」
読者さまのために時間を巻き戻します。画面端に追い詰められたグルガンは大ジャンプで反対側に移ろうとした。それを察知したアストリアは追撃ダッシュ。
オーラ全開の創竜刀で斬りかかった。そのままグルガンをKO!
残りライフ一ドットからの逆転劇は『逆襲のプリンセス・H』というタイトルで、動画配信サイトにおいて十数年にわたり合計八〇〇万回再生されることになる。
つづく
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イラストレーターはイナ葉さま(Xアカウント@inaba_0717)
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