9-18 鳴海千尋
「千尋さん、あとを頼みます」
呉敘雅さんに敗北した九条さんは対戦相手と握手をして自軍に戻ってきた。
「沙織さん、グローブが……」
「母の形見のグローブが破れてしまいました」
「お母さんも指ぬきグローブしてたの⁉」
わたしは素っ頓狂な声をあげてしまった。
「ええ、まだ存命ですけれど」
九条さんは真顔で口角をあげる。
「沙織。人が悪すぎる」
「天音の影響です」
姫川さんと九条さんはハイタッチした。九条さんは宣言通り、役目を果たしたのだ。
つぎはわたしの番だ。わたしこと鳴海千尋は対戦席に進みでた。そのとき、姫川さんに出会ってからの日々が走馬灯のように脳裏に浮かぶ。二年前のわたしからは信じられない。格闘ゲームの大舞台に立つなんて。
――まだ終わってないよ。千尋。
わたしは内的自分に語りかけた。
「千尋」「千尋さん」背中越しに仲間の声。
「ガンバ! だよ。肩の力を抜いていこう」
わたしだけに届く姫川さんのウィスパー・ヴォイス。
「勇気百倍です」わたしは一度だけ仲間を振りかえる。そして席に座った。
「良い仲間たちね」
呉さんから思いもよらぬ言葉をかけられた。わたしは微笑んだ。
「ええ、最高のマブダチです」
わたしは去年の大会の三位決定戦で呉敘雅さんに勝利している。今回も勝てるはずだ。
試合開始。
わたしこと鳴海千尋はキース・ストライダーを選択。呉さんはソードマスターのシオン。ライフはキースが有利。
キースはシオンに接近しようとする。投げキャラであるキースは接近するしかないのだ。キャラクターランキングでキースはAランク。シオンはSランク。
純粋なランキングでは負けている。だが対戦格闘ゲームの世界ではなにが起こるかわからない。ランキング下位のキャラクターが大会で優勝してランキングを塗り替えることもある。
シオンは投げを警戒してなかなか距離を狭めない。わたしはあせらなかった。
九条さんが敵のライフを減らしてくれたアドバンテージがある。残りタイムを警戒したシオンは跳躍して攻撃をしかけた。投げキャラのキースはジャンプ攻撃が苦手なことを知り尽くしている。
シオンの連係をガードするものの、ガリガリとライフを削られるキース。シオンの動きが一瞬止まった。溜めキャラのシオンがレバーを溜めている。
その隙にキースの突進必殺技『皆殺しの乱舞』を仕掛ける。投げを警戒していたシオンは意表をつかれてクリーンヒットした。
ここから空振りキャンセルしてコマンド投げを入力する。空振りに反応したシオンは身構えてしまう。超必殺技『なにも知らないやつらに思い知らせてやる! おれの見た地獄を‼』が直撃!
さらにシオンに起き攻めをしかける。ところがシオンはダウン中にコマンドを溜めていた。
シオンの超必殺技『神威一刀流奥義・神速の太刀』が発動! これは最後に入力したコマンドによって上・中・下段に打ち分けられる技だ。
見切れない! 下段にシオンの超必殺技がヒット! 大ダメージ。
お互いに超必殺技をヒットさせて、ライフは同程度の虫の息。最大のピンチだ。
手汗を服で拭いた。相手だって条件は同じなんだ。追い詰めているのはわたしのほうだと自分を励ました。
シオンの起き攻めをかろうじて防いだがライフがもう保たない。格闘ゲームでしてはいけないことは試合を投げだすこと。コトジョ天文部のルールだ。くちびるを噛んで猛攻をしのぐ。
シオンの連係にわずかな隙間があった。彼女がコマンドを溜めるのがさきか、キースのガード硬直が解けるのがさきか。もうバーストするゲージは残っていない。
わたしはコマンドを入力した。わずかな勝機にすべてを賭ける『勇気』で。
ガード硬直が解けたキースの『皆殺しの乱舞』とシオンの『神威一刀流奥義・胡蝶斬』が激突! 相殺は起こらず、シオンはKOした。キースは残りライフ一ドットで生き残る。
辛勝だった。去年のGEBOでは呉敘雅さんにここまで苦戦はしなかった。
「対戦ありがとう。鳴海さん、あなたは天才だった。才能ではあなたが上だった。それは間違いない。わたしはあなたに打ち勝つために一年間自己研鑽をした。
すべては去年の借りをかえすためにね。千億の努力をしても、百万年にひとりの才能を持つあなたに勝つことはできなかったけれど」
呉敘雅さんの口調にはわたしへの敬意が感じられた。
つづいて大将の朴銀優さんとの試合開始。ついにここまで来た。
キースのライフは残りタイムに応じて回復したが、微々たる量である。
朴さんのグルガンを倒しきることはできないだろう。
開始早々、グルガンの『アサシン・ストライク』をPディフェンスしたキースは、超必殺技『なにも知らないやつらに思い知らせてやる! おれの見た地獄を‼』を放つ。
『KSYAAAAAHLL!』
キースの咆哮が響き、ギャラリーが拍手喝采する。
グルガンの連係の起点となる『アサシン・ストライク』をPディフェンスすることで連続技を封じる。
これが、護国寺先生との特訓で編みだした朴さんへの対抗策だった。朴さんは姫川さんと戦う前にライフを減らしてしまったことで、不機嫌そうに目を細めた。
そのあと、粘り強く戦ったが、キースはグルガンに削り殺されてしまった。タイムに応じてグルガンのライフは回復したが、それでも有利な状態で天音さんに引き継ぐことができた。
「対戦ありがとうございました」
わたしは朴さんと握手して自軍に戻った。
「きみに敬意を払うよ」
彼は得意の連係を打ち破ったわたしに一目置いてくれたようだ。
一矢報いて去年のGEBOの借りをかえすことができた。
つづく




