9-1 世界大会GERO予選
eスポーツ部の部室には部長である姫川さん、副部長の折笠さん、村雨さん、新入生の黒咲ノアちゃん、そしてわたしこと鳴海千尋がいる。季節は一一月。
寒気が浸透して、水滴として窓にしがみついている。室内はエアコンが効いているが、乙女たちのパワフルな生命活動によって体感温度は室内気温より高くなっていた。
「いよいよGEROの予選がはじまるわ」
姫川さんがホワイトボードの前で語る。
「今晩八時から。みんなエントリーは済ませてあると思うけど覚悟はいい?」
副部長の折笠さんがいっそう緊張感のある顔で説明した。
「なるようになるんじゃないすか。宇宙意志ヴァイチャは流れに身を委ねよと言っています。トゥルー?」
黒咲ノアちゃんは余裕しゃくしゃくで脚を組んだ。
「ノアはいいことを言った。いままでの努力はあたしたちを裏切らない。予選突破のカギは平常心。自分のペースに相手をひきずりこむの。自分を信じて予選を受けてほしい。結果がどんなものであってもあたしは責めない」
姫川さんは良い意味で楽観的だった。
「鳴海さん、村雨さん。準備はいい?」
折笠さんが無言だったわたしと村雨さんを振りかえる。
わたしはつばを呑んだ。隣の村雨さんはお守りを握りしめて懇願している。
「わたしはやります。人生は言葉通りになるから」
わたしは覚悟を決めた。
「鳴海さんがおっしゃったことは正しいです。言葉には言霊が宿っています。聖書にもはじめに言葉ありきと記されているそうです。お姉さまとGEROに出場するためにわたくしは予選突破します!」
村雨さんは自分を奮い立たせて宣言した。彼女も成長した。
「自宅のオンライン環境もチェックしてね。メカトラブルで中断しても失格になるから」
折笠さんが注意事項を喚起する。
「ここで、来年の部長を決めたいと思う」
姫川さんは話題を変えた。
「予選の結果がでる前にですか?」
わたしが尋ねかえした。
「うん。結果も大切だとは思っているけど部活動に向き合う態度も重要だと思っている。この部に入部してから一番成長したのは村雨さんだと思っている。だけどあたしは鳴海さんに部長をやってもらいたい」
「それはなぜですか?」
村雨さんがふしぎそうに尋ねる。
「鳴海さんにはここ一番の勝負強さがある。そして村雨さんは小説家としての活動がある。これ以上あたしのわがままに妹をつき合わせるわけにはいかない」
「お姉さま、わたくしを妹と呼んでくださるのですか?」
村雨さんは眼鏡をとって立ち上がった。
「うん。初音は妹」
姫川さんの表情はなにかを諦めたようだった。
「お姉さま……!」
彼女は姫川さんに駆け寄り抱きついた。姫川さんが妹の後ろ髪を撫でている。赤いバラの芳香がただよう。
「部室で百合展開はじめないでくれます?」
折笠さんだけが通常運転だった。
「おれだ。入るぞ」
そのとき護国寺先生が扉を開けた。
「⁉」彼は抱き合っているふたりに驚いた。
「あ、すみません。うっしー。いま百合してるんで。男子禁制です」
折笠さんが彼を横目で見る。
「おれは顧問だぞ」先生が困っている。
その言葉を受けて姫川さんは村雨さんを解放した。
「今日はここまでだよ」
「予選を突破したら、また可愛がってくださいますか?」
「もちろん」
「ヒメ。この人たらしが」
折笠さんが姫川さんを横目に見た。
「うっしー、いま来年度の部長について話し合っていたの。鳴海さんにやってもらいたいなって」
「わたしはいままで部長とかやったことないし、考えさせてくれますか?」
わたしは不安だった。姫川さんのあとを継ぐという重責は荷が重すぎる。
「もちろんいますぐ承諾しなくていい。村雨さんとよく話し合って決めて。嫌がる人を無理やり部長にするくらいなら、この部は解散しても良いと思ってる」
姫川さんはあっさりと言った。
「天音さんはeスポーツ部設立の夢を叶えるためにあれほど努力したのに、この部がなくなってもいいんですか?」
「小学校のとき、嫌がる子をつるしあげて学級委員にしようとするいじめを見たことがある。軽蔑の極みだよ。だれかを犠牲者にするくらいなら、この部がなくなっても構わない」
すがすがしいまでの執着のなさ。それが姫川天音という女性なのだ。
それでは『聖少女暴君』余命一年のヒロイン編・第九章『クライマックス! 世界大会GERO』をお楽しみください。
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イラストレーターはイナ葉さま(Xアカウント@inaba_0717)
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