8-3 貴方の愛は美しい
文化祭当日にやって来た鳳女学院茶道部部長・九条沙織さんと姫川天音さんの決闘が行われた。第一ラウンドを取ったのは九条さん。姫川さんは鼻孔から出血した。
「心配しないで。あたし、限界超えると鼻血がでることがあるの」
「嬉しいですわ。GEBOの決勝でも流さなかった貴方の血を見られて」
九条さんは舌なめずりした。九条さん……なんて恐ろしい女性。
あまりの気迫にギャラリーも、eスポーツ部のメンバーですら呼吸のタイミングを逸してしまいそう。わたしはつばを呑んだ。
「ヒメ。これ使って」
折笠さんからハンカチをサポートされた姫川さんは鼻血を拭きとった。
「ありがとう。九条さん、貴方の愛は美しいわ」
姫川さんは危険な光を帯びた視線で応えた。
「九条沙織。貴方を倒すためにあたしは研ぎ澄ます」
姫川さんが九条さんを指さす。
「姫川天音。貴方を倒すのはこのあたくし。GEBOの決勝で貴方が韓国人ゲーマーに負けたとき、あたくしは屈辱で自らの脳細胞が沸騰しました。なぜわたくしではないのか……!
鳴海さんに負けたことより貴方が地に堕ちたことが屈辱でした。貴方が屈する相手はあたくしでなければならなかったから。
あの夜を忘れない。千億の絶望と後悔で爪を研いだあの夜を! 魂を燃やし尽くした愛と敵愾心。この地上の誰にもわかるものか……!」
「もう言葉は要らない。闘ろう」
「委細承知いたしました」
九条さんはグローブをはめなおした。
第二ラウンド。開始と同時に創竜刀アストリアは突進必殺技の『ラッシング・エッジ改』で斬りかかる。
ラウニィの『ノーブル・ブラッド』との相殺が起こる。エフェクトとともに連打数が多いほうが一方的に打ち勝つ。
姫川さん、九条さんともにコントローラーのボタンを連打した。
『うおお!』
ふたりとも野獣のように咆哮した。
連打数が多かったのは姫川さん。無防備に吹っ飛んだラウニィに容赦のない追い打ちがかかる!
立ちAの連打から立ちC→(キャンセル)『ラッシング・エッジ改』→ジャンプDが連続ヒット!
ラウニィがABC同時押しのバーストで強制停止+全身無敵判定を発動するとアストリアはバックステップ。ラウニィのバーストが終了する直前に『ラッシング・エッジ改』で攻勢を継続する。そのまま第二ラウンドを押しきった。
ふたりとも一勝一敗。
姫川さん、九条さんとも御髪が乱れ、呼吸は静かに荒れている。舌戦も忘れて、集中力を極限の領域へ高めている。
わたしこと鳴海千尋は猛烈に感動していた。格闘ゲームに捧げた乙女の青春。好敵手の雌雄がゲーム内タイムの六〇カウントで決するのだ。
わたしは後悔していない。人生で一番楽しいといわれる時期を天文部で過ごしたことに。姫川さんに誘われて天文部に入部して、それからの日々を。
ギャラリーもわれわれも言葉を失っていた。呼吸のタイミングすら忘れていた。ゲームのBGMだけが教室内に響き渡る。声を発生するのはゲーム内のふたりだけだった。
第三ラウンドがはじまった。
わたしこと鳴海千尋も折笠さんも姫川さんの勝利を祈った。
二ノ宮恋ちゃんはつぶらな瞳でふたりを目視して微動だにしない。くちびるをとがらせいまにも瞳から涙がこぼれそう。
恋ちゃんにとって九条さんは優しいお姉さん。恋ちゃんが芸能界デビューしたあとも九条さんだけが彼女のイベントに観客として顔をだしていた。家族以上に大切な女性だ。
そして恋ちゃんと姫川さんとは古い付き合いで、恋ちゃんは彼女の嫁を公言している。
彼女はどちらに勝ってほしいのか? 人の心を映しだす水晶球はこの部屋にはおいていない。彼女の瞳の水晶球にはふたりの姿が克明に投影されていた。
対戦中のふたりは全力のテクニックで相手を倒そうとする。お互いのライフは半分以上減っていた。一瞬の隙をついてアストリアが創竜刀による超必殺技『闘神剣舞』を発動! 画面が暗転する。創竜刀による連続攻撃がヒット! 倒しきるか?
その瞬間、猛虎の雄たけびに似た雷鳴が地上を爆撃する。その轟音にギャラリーはおろかコトジョメンバーも二ノ宮恋ちゃんも悲鳴をあげた。ただ姫川さんと九条さんだけは感電死もいとわずモニタを凝視している。
部屋が暗くなった。モニタも遮断される。ギャラリーも、対戦当事者たちもなにが起きたのか瞬時に理解できず。
「ブレーカーだわ。雷でブレーカーが落ちたのよ。わたしが見てくる」
暗闇のなか折笠さんの指示でわれにかえる。状況が理解できた。
ブレーカーによって部屋の電源が落ち、ゲーム機も強制終了したのだ。
つづく
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イラストレーターはイナ葉さま(Xアカウント@inaba_0717)
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