8-1 今年の文化祭は手抜きです
琴流女学院の文化祭。昨年は天文部として入念に準備をして賞を取ったけれど、今年はそんな余裕はなかった。
部室にあるゲーム機でお客さんにフリー対戦してもらうことになった。部室に部員が何名か待機して、自由に文化祭を楽しむこととなった。
ただし、学生カップルコンプレックスの姫川さんは部室でアイマスクをして待機。
学園内で学生カップルを目撃したらこんどこそ心臓が止まってしまうからだ。
「え、これなんのプレイ? なにも見えないって、怖いよ」
姫川さんはとまどっている。
「ヒメ。大丈夫。あなたの面倒はわたしが見てあげる。ごはんも食べさせてあげるわ」
折笠さんが自らのくちびるに手を触れた。
「なにかの属性に目覚めてない? エッチだよ!」
「いまのお姉さまは愛玩人形のようです。嗚呼、わたくしの家に御神体として飾りたい」
「村雨さんて、ぶれないね……」わたしはつぶやいた。
フリー対戦場と化した部室にアイマスクをした愛玩人形が座っている奇妙な光景が広がった。
文化祭開幕。文化祭だというのにあいにくの雨。
季節外れの寒雨に校庭の植木も縮こまっているよう。お客さんはぼちぼち来場してそれなりにゲーム機に触れてくれた。
いまの時代、ゲーム機は高価である。スマートフォンアプリでゲームをする人は多いが、テレビに接続するハードを持っている人は相当なゲーム好きといえるだろう。
いま現在部室にはアイマスクをした姫川さん、折笠さんとわたしこと鳴海千尋しか部員がいない。村雨さんと黒咲ノアちゃんは文化祭を見学している。
姫川さんのことを出し物の人形だと思って写真を撮影しようとした人がいた。亜麻色の髪の乙女で肌は陶器のような彼女を美術品と間違えてもふしぎはない。
「すみません。嬢へのおさわりと撮影は禁止しております」
折笠さんがお客さまに注意する。
「なに言ってるの? 詩乃。風俗みたいなこと言わないで」
「このお人形さん生きてるの?」
小さなお嬢さんが目を丸くしている。
「折笠財閥が製造した自動人形でございます」
「折笠さん、悪ノリしすぎです」
わたしはつぶやいた。
そのとき部室に二人組の若いカップルが入ってきた。
ふたりとも私服で、ひとりは帽子を被りヘッドホンを首にかけている男の子。もうひとりは背の高い美貌の女性。指ぬきグローブをはめ、髪をポニーテールにしてサングラスをつけている。
「やっと見つけた。eスポーツ部の部室は天文部と同じだったんだね」
「ふう。あの人はどちらにおわしますのでしょう。あら、彼女そっくりの蝋人形が飾ってありますわ」
「ほんとだ。お姫さまそっくり。良く出来てるなあ。肌のきめ細かさは本物以上かも」
背の低い男の子が姫川さんの頭をぽんぽんする。アイマスクをつけた姫川さんは微動だにしない。
「ヒメ。目をあけちゃだめよ。学生カップルいるから」
折笠さんが小声で忠告する。
姫川さんは学生カップルコンプレックスで余命一年を宣告されているのだ。
背の高い女性は姫川さんの顔を凝視して、自らのサングラスを外すと口づけした。
「やだーっ! 誰かにキスされた‼」
姫川さんは飛び起きてアイマスクを外した。
「九条さん! あなたなにやってるの! なんでキスしたの⁉」
サングラスをかけていた女性はわたしたちの友人、九条沙織さんだった。連れの男の子だと思った子は帽子を被った二ノ宮恋ちゃんだった。もちろん恋ちゃんは女性である。
「あら、お人形じゃなかったの。美しいからキスしました」
「ヒメのはじめてはわたしがもらったんだから」
折笠さんがものほしそうに姫川さんのくちびるに触る。
「詩乃! あなたなに言ってるの! あたしはノーマルなんだから」
「姫川さん、以前護国寺先生にキスしてたじゃないですか」
わたしは昨年の年度末に護国寺先生が顧問をやめようとして思いとどまってくれたとき、姫川さんが彼にキスしたことを思いだした。
「話をややこしくしないで!」
「姫川さん、女子はノーカン。それでよいではありませんか」
「九条さん、キスした張本人のあなたに言われても……」
「お姫さま、元気そうみたいだね。浮気しないでほしいな」
「恋ちゃん! よく来たね! 七瀬は? 今日は文化祭の見学?」
九条さんは鳳女学院生徒会長であり、茶道部部長でもある姫川さんのライバル。
格闘ゲームの達人であり、指を冷やさないためにつけている指ぬきグローブがトレードマーク。
二ノ宮恋ちゃんは茶道部メンバーであり、九条さんを慕って格闘ゲームの道に入った。首にかけている青いヘッドホンがトレードマーク。
夢はシンガーソングライターであり、去年芸能界に入った。やりたい仕事の機会をもらえないことを不満に思い、一度は夢を諦めかけた。
だが折笠さんのアドバイスで立ち直り、チャリティーイベント、週末のゲーム実況など精力的に活動を行った結果、フォロワー一万人を突破した。
ちなみに九条さんの取り巻きはもうひとりいて、七瀬一葉さんという。
「七瀬は留守番。今日はお忍び。ボクは付き添いで来たんだ」
「姫川さん、これを受けとってください」
九条さんはとても可愛らしい便箋を手渡した。ネコちゃんのイラストシールで封がされている。
「あら、可愛い。開けていいの? ……‼」
便箋の中身は果たし状だった。ただし、めちゃくちゃ可愛い字体が使われている。
来訪者・九条沙織さんがもたらした果たし状とともに余命一年のヒロイン編・第八章『嵐を呼ぶ文化祭』開幕です。
九条沙織のイラスト
つづく
「いいね」や「お星さま」、ブックマークで応援していただけますと嬉しいです!ご感想お待ちしております。
イラストレーターはイナ葉さま(Xアカウント@inaba_0717)
無断転載・AI学習禁止です。




