6-2 お姉ちゃん、あのときはごめんね
わたしたち全員の呼気にアルコールが含まれていないか検査した。わたしこと鳴海千尋の弟、大地はアルコール分子に拒絶反応が起こるのだ。
わたしにとっては見慣れた病棟の様子を観察しながら面会室へ。
「べつに、美少女につられたわけじゃないんだからな!」
弟は開口一番減らず口をたたいた。わたしたち全員失笑。
「ぷーくすくす。男の子は素直なほうがモテるのよ」
折笠さんは弟の大地をもてあそんでいる。大地は折笠さんと目が合って彼女の美貌に言葉を失った。
わたしこと鳴海千尋は肉親が恋心に目覚める瞬間を間近に目撃してしまった。
「ちょっと、見過ぎなんじゃない」
折笠さんは胸の下で腕を組んだ。
「ちが……! 胸を見てたんじゃないよ!」
「わたしがいつ胸を見たって言いました?」
「ごめんなさい」大地は床に視線を落として意気消沈している。
「怒ってないわ。一四歳だもんね。でも女の子のお胸をガン見するのはNGよ」
「……はい」大地はしゅんとしてしまった。
「パイセンのおっぱいはボクたちのなかで一番凶悪ですからね」
ノアちゃんが完全にセクシャルハラスメント発言をする。
「ノア。こっちおいで。一〇〇万円あげるから」
「トゥルー? 嬉しいです。パイセン」
「一〇〇万円のげんこつよ! おまえの脳みそはどんな脳みそだ」
折笠さんはノアちゃんの頭をげんこつでぐりぐりした。
「腐ってます」彼女は即答した。
ノアちゃん、自覚あるんだ……。
「隙あらばコントするんだからこのふたりは。鳴海さん、紹介してくれるかな」
姫川さんが仕切り直して順番にお見舞いの仲間たちを紹介した。わたしたち天文部eスポーツ班のメンバーは美少女ぞろい。
ロシア人クォーターの姫川さん。グラマーな折笠さん。村雨さん、黒咲ノアちゃんも素材は良い。わたしこと鳴海千尋だけふつうの顔していることでバランスがとれている。自分でいうのも悲しいけれどね。
「あたしは天文部eスポーツ班の部長姫川天音。鳴海さんにはお世話になっております」
姫川さんは大地に深々と一礼した。
「そんな。ぼくはなにもしていないよ。それにぼくも鳴海さんだよ」
「じゃああたしたちはきみをなんて呼べばいい?」
「大地でお願いします」
「わたしは副部長の折笠詩乃。よろしくね。弟くん」
「名前で呼んでほしい」
「一人前の男になったらね」
大地は憮然とした。折笠さん、ひょっとして魔性の女なんじゃ……。
「わたくしは村雨初音と申します。こちらはお見舞品の本です」
「ありがとう。『ゲド戦記』と『モモ』だね。読んでみるよ」
「ゲド戦記とモモはわたくしがもっとも感銘を受けた書籍です。ゲド戦記は二巻が最高傑作です。異論は認めません。闇の世界に閉ざされた少女が光の世界で生きる決意をするシーンは涙なくしては拝読できません」
村雨さんが早口気味に熱弁をふるう。
「それってネタバレしてる?」大地は目を丸くした。
「はっ、わたくしとしたことが小説家としてもっともしてはいけないことを……」
「小説家?」
「はい。わたくしは小説家を志望しています」
「すごいね」
「ボクは黒咲ノア。ゲーマーさ。そして宇宙を守るカフラマーンの騎士のひとり」
ノアちゃんが決めポーズをとった。
「?? その包帯と眼帯はけがしているの?」
「ナイン。【ノア言語で否定。ドイツ語を盗作している】朱雀の瞳と青龍を封印しています」
「ノア。設定だよね」姫川さんがノアちゃんを顧みる。
「はい。設定です! マスター」
「そこはやりきりなさいよ。ぶれちゃいけないところなんだから」
折笠さんの指摘でどっと笑いがあふれた。わたしは弟がこんなに笑うところをみたことがなかった。もし彼が健康で学校に通っていたらきっとこんな顔で毎日笑っていたに違いない。
「お姉ちゃん、あのときはごめんね」
大地はあらたまってわたしに謝罪した。
「もう忘れたよ」
わたしは感無量になってお手洗いにいくと伝えて退室した。
※女性キャラクターの黒咲ノアは一人称を「ボク」、男性キャラクターの鳴海大地は「ぼく」と表記しています。
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