5-5 電子暴君
「電子書籍なんて、核戦争が起こったら読めなくなります!」
村雨さんは嗚咽でえずきながら反論した。
「核戦争が起こったときは紙の本も燃やし尽されるだろうね。
言論の統制で本なんて読めなくなるよ。なにより、読者も作者も死に絶える。核戦争が起こったとき、それは『文学』の完全敗北。違うかな?」
天音さんの口調は弟子を諭す師匠のそれだった。
「……違いません。お姉さまはわたくしがどんなに背伸びしても一歩先を行く御方。
ご慧眼恐れ入ります。わたくしはこれから応援している作家の本を紙と電子両方で購入することにします。
わたくしの作品が読者さまにとって手放しがたい特別な一冊になるよう最善の努力をします。お姉さまの誕生日にたてついたいけない初音を許してください」
「最初から怒ってないよ。最近のゲームはぜんぶダウンロードで購入しているんだ。
最近のゲームは必ずハードディスクにインストールするし、修正パッチやアップデートを配信する。物で買うより、最初からダウンロード版買ったほうが賢いよ。物を持たないことが究極の自由だからね」
「その話はもういいでしょう。いまさらだけど、ケーキ食べましょう」
折笠さんが手持ちの紙バッグを開くとショートケーキが登場。その数は六つ。
「一個多くない?」
天音さんがのぞき込む。
「あんたの母親の分も買わないとあとで拗ねまくるでしょう」
「詩乃はあたしよりマーマのことわかってるね。マーマのイチゴだけ食べちゃおう。(パクっ)」
「はしたないわね。(もぐもぐ)……美味しかった。おなかも膨れたことだし、誕生日の唄、歌う?」
折笠さんが一同を見渡す。
「だめ。あの有名な唄を歌うと著作権でお金取られるから。うお座の運命に忠実な男にそんな余裕はない」
天音さんはこういうところは細かい。
「こんなこともあろうかとオリジナルソングを恋ちゃんにつくってもらっていたの。ヒメに内緒でリハも行っていたのよ。歌うわよ」
折笠さんはわたしたちの友人である二ノ宮恋ちゃんがつくってくれた音源を取りだす。恋ちゃんはシンガーソングライター志望であり、作詞作曲ができる才女だ。
きみと知り合えてわたしたちはハッピーだ
このセカイを選んでくれてありがとう
この時代を選んでくれてありがとう
大好きだよ
姫川天音
生まれてくれてありがとう
出会ってくれてありがとう
誕生日おめでとう
わたしたちが出会えた奇跡に感謝だね
『姫川天音の誕生日を祝う歌』作詞・作曲 二ノ宮 恋
「みなさん、ありがとう。あたしこと姫川天音は一八歳になりました。なぜか母親はあたしより年下を名乗っているけど」
ここでみんなの笑いが入った。
「天音ちゃん、女の子らしくなって……。ねえあなた、娘と結婚する方法ないかしら」
唄を聞いて天音さんの私室に侵入したアナスタシアさんが折笠さんに質問した。
「ありません! 人類の歴史上、娘と結婚した母親はいません!」
折笠さんは頭を抱えた。
「最初のひとりになれってこと?」
「いやいやいや」
「Убирайся!」(ロシア語ででていけ!)
天音さんはついにキレた。
「Ну, погоди!」(ロシア語でいまに見てろよ!)
マーマは悪態をついた。
「ロシア語で喧嘩するのやめなさーい! しっぺよ!」
折笠さんが耳をふさぎながら怒鳴った。
「いいわよ。隣の部屋でカーペットのノミと遊んでるから」
アナスタシアさんは拗ねてしまった。
『面倒くさい性格だな……』
わたしたち全員のセルフトークが異口同音していた。
「マーマにケーキあるから」
「ほんとう? あなたたち天使ね!」マーマは大喜び。
「イチゴがない! ひどい! ひどすぎる! イチゴのないショートケーキなんて首のないお地蔵さまみたいなものよー‼ 悪魔め!」
マーマはヒステリックに叫んだ。もう誰も彼女を止められない。助けて……。
天音さんの母親は彼女をグレードアップしたような傑物だった。
お父さまとは離婚されているそうだから、苦労もあっただろう。そんなことをおくびにもださない陽性の女性だった。
彼女の仕事は投資家であり、資産運用でFIRE(Financial Independence and Retire Early)しているという。
【※経済的自立と早期リタイア=不労所得だけで生活できる状態】
わたしたちはその日だけは格闘ゲームのことも勉強のことも忘れて女子会したのだった。
第五章 令和最小のミステリー 終
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