第二話 【最推しの仇に求婚されました】
朝食後、自分の部屋に戻ってきた。
日中過ごす用の着物は香乃さんが用意してくれた。
打掛か。身分の高い武家の女性にとっての正装。
現代でも普通に着物として流通してるけど、昔の打掛は少し違うのね。
色々と羽織って、重たいわ。
正装にしたことによって私は姫君なんだと実感する。
でも…
「香乃さん、桃山小袖はないのかしら?」
(ございますが…)
「ごめんなさいね。着物も初めての感覚なの。重たくて少し不快…」
(左様でございましたか!しかし、名高い武将の姫君は打掛姿が決まりになっておりまして…申し訳ありませんが、耐えて頂けないでしょうか?)
「…そうよね。我儘言ってごめんなさいね」
(実のところ、来客の予定がなければ桃山小袖の姿でも良いとは思うのですが…来客の予定がある以上は耐えて頂かねばなりません。姫様にずっと我慢をさせる訳にもいかないので、来客の予定がない日は桃山小袖に致しましょう)
「良いの!?というか…来客って?」
そこで私は衝撃的な事実を耳にする。
藍姫は絶世の美女として噂されていて、色んな武将が求婚しに来ると。今までの藍姫は「興味ない!!」と言い放ち、追っ払っていたそうだ。それでも絶えず、求婚する武将は減らないそうで、香乃さんたち侍女も頭を抱えてると言っていた。
大変なのに変わりないだろうが、武将たちの気持ちを無下に扱うのは良くない。
勇気を振り絞って私に告白しに来てくれているのだから、誠実に対応しないとその人に失礼だ。今日来る予定の武将にはしっかり対応しよう。
(姫様、香乃でございます。お客様がお見えになりました)
「ありがとうございます。すぐに向かいます」
来客の準備をしていた香乃さんが戻ってきた。
そして、既に来客も。
予定していた時刻よりもかなり早くないか?
「香乃さん、お客様が来るのは午の刻ではありませんでしたか?」
(そうです。姫様に会えるのが嬉しくて舞い上がったのかもしれませぬ。男は単純な生き物ですからね)
「あら、意外とはっきり言うのね」
(申し訳ございませぬ!)
「別に怒ってないから謝らないでちょうだい。はっかりとした性格の方のほうが私には合います。私に気を使わずに、思ったままの意見を聞かせてね」
(有難き、お言葉。では、客間にご案内致します)
案内された客間もまた大きい。
各地の城へ観光しに行ったことはあるからどれくらいの大きさかは知っているが、この城もなかなかだね。津之江城なんて聞いたこともないし、資料でも見たことはないけど、もし現存だったなら、大坂城や小田原城にも劣らない人気な城になっていたんじゃないかしら。
「あなたが藍姫様でございますか?」
城の大きさに感激しすぎて客人の存在をすっかり忘れていた。
ザ・武将って感じだ。
戦国時代なのだから当たり前だけど、まさか本物の武将に会えるなんて…
「ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ございませぬ。私が藍姫にございます。名をお伺いしても?」
「丁寧な対応、感謝します。某は、越前の西尾宗次にございます。」
に…西尾宗次だと…!?
戦国武将で誰よりも会いたくない奴がどうしてここに…どうして…
「藍姫様、どうされましたか?顔色が非常に悪うございます。」
これが信繁様や政宗に心配されていたら最高に幸せなのにな…こんな奴に心配されても嬉しくない。どうしよう。冷静に対応できない気がしてきた。無下に扱ってしまうかもしれない。神様、どうかお許しを…。
「申し訳ございませぬ。朝目覚めたときから少し体調が優れなくて…」
「左様でございましたか。では、今日の所は失礼したほうがよろしいか?」
是非ともそうしてくれ!と言いたいところだが、ちゃんと対応しなくちゃ。
私がどうしてこの武将にそこまでも嫌悪感を抱いているかと言うと、西尾宗次という男は最推しである真田信繁を安居神社で討ち取った張本人なのである。所謂、仇である。ゆえに塩対応になってしまうのだ。
「せっかく越前からはるばる足を運んで頂いたのですから、用件だけでもお伺い致します。どういった経緯で私の元へ?」
「有り難いですが、ご無理はなさいませぬよう。率直に申し上げますと、某の正室になり、越前で一緒に生活できればと思った次第。その旨をお伝えしに参った所存でございます。そして今更ながら、約束の刻を守らずに申し訳ございませぬ」
ずっと敬語だったり、誠実に対応するの辞めてもらえないかしら。
仇だと塩対応になってる私が悪者みたいじゃないか。困ったな…。元は武田氏の家臣だったという情報も見たことがある。とすれば、真田家とも関わりがあったのでは?
しかし、仇であることに変わりはないし、この人の正室になるつもりなんて毛頭もないけどさ。
「すぐに返事をすることは出来ませぬ。今、色んな武将様から正室への誘いがございます。ゆえにじっくりと考えさせて頂きたい。必ず、返事の文は出しますゆえ」
「姫様がおかれている現状は存じ上げております。某は姫様にお会いし、こうしてお話できただけで幸いにございます。よい返事を頂けましたら尚、幸いにはございますが、あまり気になさらないで下さいませ。体調が優れないにも関わらず、丁寧な対応に心から感謝します」
そういって最推しの仇は部屋を出ていった。
くそっ!誠実な人ではないか…私のこの心はどうしたら…もやもやする。
(姫様、終わられましたか?って恐ろしい顔…。記憶を取り戻されたのですか?)
「香乃さん…。記憶は戻ってないの。ただ…あの武将は何故か、前から知っていて嫌いだったんです。けど、さっき凄く丁寧に対応してくださって…心に霧がかかった感じで不快極まりなくて」
(左様でございましたか。人間、嫌いでもちょっとした瞬間に気持ちが変わることも十分にございます。しかし、嫌いという気持ちが変わらない場合もございます。他の武将も姫様に会いたいと申しておられるゆえ、じっくりと考えてもよろしいのでは?西尾様は急かすような人ではないと思います。約束の刻を守らない男はどうなのかと私は思いますが)
最後の一言で笑いがこぼれた。
香乃さんって本当に物事をはっきり言う人だな。この人、好きだわ。
(本日はもう一人、来客予定です。来られましたら、またこちらに案内させていただきますね。嫌いな武将と喋ってお疲れになったでしょう?少しお休みになってくださいまし)
香乃さんの気遣いが胸に染みる…
今日はもう一人、来客があるのか。今度はどの武将なのかしら。
楽しみにしている藍佳だが、その武将に会うことでまた心がモヤモヤすることになる。