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第二十六話【最期の会話】

あけましておめでとうございます。(笑)

約半年ぶりの更新になってしまい、申し訳ありません。


物語もいよいよ、佳境に差し掛かってまいりました。

是非、最後までお付き合いくださいませ。

 1611年7月12日

 香乃さんの騒ぐ声を聞いて私と信繁様が駆けつけた。


 そこにはぐったりする昌幸の姿があった。

 医者は既に駆けつけていて、状態を調べている。


「お二人ともいらっしゃいますね。昌幸様はあまり調子が良くありません。脈の反応が弱いです。まだ意識はございますが、目はこのまま覚まさないかもしれません。今夜が峠だと思われていた方がよろしいかと思います」


 医者の言葉が部屋に響き渡る。笑い声なら嬉しいのに、なんて残酷な響きなんだ…


 信繁様が気になり、横を見ると


「嫌じゃ嫌じゃ……そんなの嫌じゃ……」


 と泣いていた。私は史実で知っていたから少しは覚悟できていたが、信繁様には酷な話だよね。体調の変化には気づいていたものの、一度は元気になったからこれから先もって考えていたよね。

 

 母は私が二歳の頃に病気で亡くなった。小さかった私には母との思い出がない。どんな人だったかも覚えていない。物心がついた頃には父と叔母しか居なかった。だから大切な人を亡くす悲しみを私は知らない。こういう時になんと声をかけてあげればいいのか分からない。


 悶々としていると、医者が声を荒げた。


「昌幸様!?分かりますか!?」


 なんと、昌幸の意識が回復したのだ。医者の言葉を聞いて信繁はさらに涙を流す。


「情けない顔をしよって。私はまだ死んでおらんぞ。だが、私には分かる。もう間もなく命の灯火は消えようぞ。そうなる前に最期の話をしようではないか」

「駄目です、何をおっしゃいますか。父上はまだまだ生きられる。一緒に家康を倒しましょうぞ。このままでは終われないでしょう?」


「信繁、人は誰でもいつかは死ぬ。ましてや、今は戦国の世。今日まで私やお主が生きてこられたのはただの偶然に過ぎぬ。たとえ今、回復したとて、私の人生は短い。しかし、お主は違うだろう?藍姫がいて、大助がいて、これから先も生きてゆく。だからこそ、私に固執するな。前を向け。守るべき人たちを守れ」


 信繁は涙でもう何も言えなくなっていた。しかし、それに構うことなく昌幸は震える唇で必死に言葉を紡ぐ。


「泣いていても良い。しっかり聞け。家康を倒したい気持ちは私も同じだ。出来ることなら、共に夢を叶えたかったが、そうはいかぬ。これが私の人生だ。だから私の夢はお前に託す。家康を倒し、愛する家族と共に生きよ。私はそれを殿下と眺めておく」


 昌幸から出てくる言葉は自分のことではなく、息子の未来を、幸せを願うものばかりだった。最期は武将としてではなく、父親として息子と向き合う昌幸に私も涙が止まらなかった。


 そして静かに言う


「藍姫とも話をしておきたい。信繁、しばし部屋から出ていてくれぬか?安心せい。私はまだ死なぬ。藍姫だけに伝えたい事があるのだ」


 信繁は何も言わずに部屋を後にした。


 話したい事とは、何なのか?藍姫に緊張が走る。


「そんなに身構えるな。一つ聞きたい。そなたは……この世の人間か?少し前から気になっていてな。わたしの勘違いだったらすまない」


 昌幸の言葉に固まる藍姫。


 どうして昌幸が私の秘密を知っている?お父上が話したのか?いや、そんなことをするはずがない。どこでバレた?どう答えたら良いんだ?


「その顔は……私の勘違いではないということか。頼む、教えてくれ。お前は何者だ?」


 そこには怒りに満ちた顔をした昌幸の姿があった。

 もう今さら隠す必要はないだろう。話すしかない。藍姫は覚悟を決めて、話し始めた。

 

 未来から来たということ、前柴家には秘密があり、義昭も自分の本当の娘じゃないことを分かっていることを伝えた。信じられないという顔をしていた昌幸だったが、次第に真剣な表情に変わり、藍姫に聞いてきた。


「聞いてもよいか?信繁は、真田家はどうなる?そなたが居た時代でも戦は終わっておらぬのか?」

「私の生まれた時代はこの世のような戦はございません。平和だと言えると思います。信繁様は……このあと起きます、大坂での戦で散られます。真田家は信之様により存続し、私の時代まで子孫の方が生きておられます」


 これから降りかかる息子の運命を聞いて、昌幸は肩を震わせる。

 藍姫はすぐにでもこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。


 どうしてこれから死にゆく人にその人の息子の運命までをも説明しなければならないのか。残酷にも程がある。


「家康を倒すことは出来ぬということか。悔しいが……真田家が存続するのならば、私の策は間違ってなかったということだよな?そうだよな?藍姫、そうだと言ってくれ」


 切ない表情の昌幸を見て藍姫はギュッと心を締め付けられる。


「間違っていませんよ。大丈夫、あなたの策は全て成功してます」

「この後、起きる大坂の戦いとは何だ?信繁が死ぬのは避けられないのか?」


「豊臣 対 徳川の最後の戦いです。信繁様は家康をあと一歩の所まで攻め立てますが、夢は叶わず……。信繁様を愛しておりますゆえ、私の知る顛末が変わることを願ってます。しかし、顛末通りに三成様は亡くなりました。なので、変わらないかと……すみません。こんなことお伝えしたくないのですが」


 昌幸は静かに息を吐いた。そしてこう続けた。


「そなたが気にすることではない。それに聞いたのは私だ。謝らなきゃいけないのは私の方だ。酷な話をさせて悪かったな。家康の命を脅かすことが出来るのなら、それもまた夢が叶うというものだ。信繁も武士として死ねるのならば、本望だろう。教えてくれてありがとう」


「信繁様に鬼気迫られた家康は日本一の兵と称えました。家康にとって真田家は恐れる存在だったことは間違いないでしょう」


 昌幸は安心したように私に笑いかけた。最期に笑顔を見れたことは幸いか。


「藍姫、私は未来とやらで待っている。そなたは誰がなんと言おうと、私の娘だ。そなたに伝える言葉はそれだけだ。倅を呼んできてくれるか?」


 未来人と知ってもなお、私を娘だと言ってくれる昌幸の優しさが痛いほど染みて、涙が止まらなくなった。あまりこの顔を見られたくない。早く信繁様を呼びに行こう。



「源次郎、たくさん苦労かけてすまなかったな。人質生活を強いらせて、親としての愛情を注いでやれなかった。それだけが唯一の悔いだ。だがな、源次郎。私はずっとお前を愛していた。これからも愛している」


「お父上……。私も愛しておりますぞ。お父上の愛情はたくさん貰いました。この九度山で久方ぶりに過ごしたこの日々は私の宝物にございます。藍姫のおかげで孫も見せられましたしね」


「あぁ、孫の顔が見れるなんぞ、思っても見なかったわい。源次郎……だからな」

「どういう意味ですか!お父上!」


 ハハハと笑いあう真田親子。藍姫は人知れず、源次郎呼びの昌幸に胸を踊らせていた。

 

 すると、急に咳き込む昌幸。信繁も藍姫を焦る。


「最期に武士として真田信繁に伝えよう。是が非でも生き延びよ。家康を倒す、それを諦めるな。藍姫、そなたも諦めるなよ?生きろよ?二人とも、幸せな日々をありがとう。また必ず、会おうぞ」


 そう言い終えると、昌幸は静かに目を閉じた。


 信繁様、家臣たち、私や香乃さんも泣いていた。みんなから愛される武将だった。頭が賢く、優しい自慢の義父だった。

 急変からわずか一日で秀吉の下へ旅立った。


 1611年7月13日 真田昌幸 死去 65歳


 お義父さん、必ず未来で再会しましょうね。

 

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