第一話【情報をください】
タイムスリップをした。戦国時代。推しが生きている。
これは理解できた。でも、頭の中が混乱しているのは変わらない。
「今の状況は理解しましたが、まだ頭の中が整理できていません。情報をください。」
(藍姫様が必要なれば、お教えします。どのような情報が必要でございますか?)
どんな情報…まずは藍姫の情報が必要だよね。あと父親か。
こんなに広い屋敷に住むくらいだから有名な武将に違いないわ!一体、誰かしら?
「そうね。私についてと父親について教えてほしいわ。あと、あなたについても」
(承知しました。では…)
〘あの…〙
女性が話そうとしたとき、医者が申し訳なさそうに喋りかけてきた。
医者の存在、すっかり忘れていた。
「はい?」
〘藍姫様の身体は健康そのものでしたし、もう私は此処に留まる理由がございませぬ。失礼させて頂いてもよろしいでしょうか?〙
「あ、そうですよね。大丈夫です。ありがとうございました」
そうして女性と二人で医者を見送る。
威張る感じもなく、すごく低姿勢。それでいて詳しく調べてくれる。良い医者を雇ったな。
(では…続けますね)
「あ、お願いします」
女性の名前は香乃さん。この城に仕える侍女だと教えてくれた。
なるほど、侍女か。
侍女というのはメイド、はたまた女中。大きな屋敷などに仕えている者。
「ということは……父親は大名ということですか?」
(左様。この城の名前は津之江城。城主は前柴義昭様にございます)
前柴義昭?いや、誰ですか。
自慢ではないが、私はかなりの歴女である。戦国時代の歴史についてはかなり深く学んできた。大名の名前もしっかりと頭に入っている。
だが、前柴義昭なんて名前の大名は教科書や戦国時代の資料にも一切、出てこなかった。
過去が変わっているということか?
だとすれば、推しが死なずに生き延びるなんてことも起きるのでは!?
ここで説明しておこう。
私には戦国時代に推しの武将が二人ほど居る。
最推しは真田信繁。現代では【真田幸村】として名を馳せている武将である。
もう一人、独眼竜として知られている【伊達政宗】である。
とりあえず、前柴義昭なる人物について少し探ってみよう。
前田利家と羽柴秀吉から取ってつけたような名前だよなぁ…たまたまかな?
「父が仕えている武将は誰ですか?」
(殿が仕えているのは、豊臣秀吉様です。最初は織田信長様に仕えておりました)
なんと…めっちゃ凄い武将たちに仕えてる!!
織田家と豊臣家に仕えているということは、真田家とも関わりがあるのでは?
「ありがとうございます。では…私について教えてくれます?」
香乃さんから教えられた藍姫という人物は…なんというか…気難しい女性だったらしい。怒鳴る、こき使う、冷たい…といった印象らしい。
きっとこんな立派な城に居て、父はすごい大名で自分は姫君という立場から侍女が居る生活が当たり前になっていたんだろうね。天狗になっていたみたいな。
だから敬語を使って喋っている私に心底、驚いたらしい。人格が変わってるんだもん、驚くに決まってるよね。
「今の私にとって香乃さんが必要です。無下には扱わないので、安心してください」
(もったいなき、お言葉!そろそろ朝食にしませんか?)
「そうね。お腹が空いたわ」
私は香乃さんと笑いあった。香乃さんには幸せな侍女生活を送って欲しい。
私は感動しながら朝食を食べた。
まさか戦国時代の食事を味わえるなんて思いもしなかった。信繁様や政宗もこんな食事をしていたのかしら?
フンガフンガと鼻息を荒げながらご飯を食べている私を見て香乃さんが引いていたが、気にしない。
そして、食べながらふと気がついたが…
天正18年ということは小田原討伐の時期だよな?ということは推しが二人とも大変な時期。
そうか…そんな時に来てしまったのか。
最推しの信繁様は確か、小田原討伐が初陣だったはず。
それまでは人質生活。
伊達政宗は家族とのいざこざがあった時代。
最上義光に唆された母親に毒を盛られて殺されそうになり、危険を察した政宗が弟を討ったと言われている時代である。
あと、政宗が白装束で秀吉に謝罪したのも確か小田原討伐の時だったな。
派手好きな秀吉が気に入って許したとか。
いや、内容が濃い!
「そういえば、ここは大坂ですか?」
(いえ、京にございます。殿は秀吉様に仕えておられるため、大坂に居ますが)
「なるほど。小田原討伐はもう終わったの?」
(一週間ほど前に終わったので、殿はおそらく大坂へ帰ってきてる頃かと)
まさかの小田原討伐、終わっていました。
そして前柴義昭は京都の大名で秀吉に気に入られていると分かりました。
大名で城を持っていたら、その城で待機しているはず。
この津之江城に父が居ないということは、秀吉が傍に置いておきたいのだろう。
秀吉か……一度で良いから会ってみたいな。
父上はどんな顔をしているのだろう?
大坂に行く機会があれば是非とも会ってみたいな
ちょっと待てよ?
この時期は真田家も秀吉に仕えていたはず。
大坂城に行ったら信繁様にも会えるのでは!?
藍佳のそんな願いや期待は意外とすぐに叶うが、それはもうちょっと先の話・・・