第十八話 【家康の命令】
信繁様の胸の中でひとしきり泣いたあと、私たちは広間へと向かった。食事のためである。
すると、香乃さんが話しかけてきた。
(三成様の件、お聞きしました。まだお会いしたかった。残念です)
「本当にそうね……同じ気持ちよ」
(お食事は今、温め直しています。それとは関係のないお話が姫様にあるのですが)
「なに?」
(先ほど、殿が家康の元へ参りました)
え?お父上が?いつの間に。
何かされなきゃ良いけど……心配だな
「香乃さん、藍姫は心の傷がまだ癒えてない。それは言わないで欲しかった」
(申し訳ありません!気遣いが足りませんでした)
「大丈夫よ。大切なことだもん。話してくれてありがとう」
とは言ったものの、食事は半分も食べられず。残りは信繁様に食べてもらった。
戦で体力が消耗していたのか、自分の食事とは別で私の残りを食べてもへっちゃらな顔をしていた。
「もう少し、そなたに寄り添っておきたいが…前柴殿が家康の元へ行かれたのであれば、私も行かねばならん。香乃さん、藍姫を頼めるか?」
(無論!もともと姫様の侍女なので、変わらず面倒を見させてもらいますよ)
「頼んだ」
食事が終わってすぐなのに信繁様は家康の元へ出かけて行った。馬を猛スピードで走らせていた。
信繁様にはきっと高野山への蟄居を命じられるであろう。お父上は一体、どうなるのか?
「殿、前柴義昭が到着しました」
「おう、復活していたか。絶世の美女を拝める機会であったのに」
『娘は左衛門佐以外の誰にもやらんぞ』
「おう、前柴。誰に向かって口を聞いている?」
『私に何の用ですか』
「お前の津之江城は解体する。負けたのだから反論は何も無いな?」
『娘や侍女たちはどうする気だ』
「知るか。それはお前がなんとかしろよ。兎に角、津之江城は解体する。これは決定事項だ」
無責任な。そんなふざけた話があるかよ。
「殿、真田左衛門佐信繁も到着しました」
「ほれ、息子も到着したぞ」
にやりと笑う徳川家康。今ここで討ってしまおうか。
「失礼します。お呼びですか」
「お前たちがついた西軍は負けた。三成も処刑した。よって津之江城は解体、左衛門佐、お前の首はもらうつもりだった」
過去形?なぜ、過去形だ?
「お前の兄貴や本多忠勝が猛反対してな。だからお前には高野山への蟄居を命じる。そして前柴、お前は私に仕えろ。出なければ、娘はいただく」
『……っ!承知しました』
「前柴殿!」
『こうするしか娘を守る方法はないのだ。許せ、左衛門佐』
「親子の絆が出来ておるの。で?左衛門佐、お前はどうするのだ。返事をまだ聞いてないが」
「高野山への蟄居、承知しました」
「よし、それでいい」
嫌味たらしく笑う家康に怒りを覚える
殿下が生きていたら、こんな暴挙、絶対に許さないのに
殿下よ。三成よ。天から罰を与えてくれぬか。
「どうした?前柴。震えておるぞ」
『何でもございません』
「そうか。謀反しよう等と考えるでないぞ。さすれば、娘の安全はないからな」
許されるのであれば、本当に今この場で殺したい。
腹が立って仕方がない。
「前柴殿、落ち着き下さい。私が藍姫をしかと守りますから」
『だが、高野山は確か……』
「そこは何とかします。だから怒りをお鎮めに」
ここは息子の意見を聞き入れるべきだな。藍姫は左衛門佐に任せて、私は嫌々ながら家康に仕えるとしよう。
家康が不審な動きを見せたらすぐに知らせなければな。
『左衛門佐、頼んだぞ』
「はい、お任せください」
「何をこそこそと話している。左衛門佐、お前は帰っていいぞ」
『待て。藍姫に文を書く。それを渡してくれ』
「承知、それまで政宗殿と話をしています」
こうして、私は別れを告げるべく最愛の娘へ手紙を書いた。
ーーーーー愛しの娘、藍姫へ
すまない。家康の命令で津之江城は解体することになった。お前と侍女たちの住処などは左衛門佐に任せることにした。私はそちらへもう帰れないだろう。
実は、家康に「私に仕えろ」と命じられた。でなければ、お前をもらうと。
お前が左衛門佐を愛しているのは分かっている。左衛門佐もまたお前を愛している。そんな二人を引き裂く訳にはいかない。
だから私は嫌々ながら、家康に仕えることにした。
何か怪しい動きがあればすぐに伝える。身を守れ。
これが父親としての最後の仕事だ。
そして、お前にはまだ伝えておくべきことがある。
前柴家には代々、秘密にしてきたことがある。それは未来とやらから女子がやってくることだ。
殿下と共に津之江城に戻ってきた時、お前が本来の藍姫ではないことはすぐに分かった。
故に、必ず守ろう、絶対に死なせないと心に決めた。
先の戦いで辛い光景を、苦しい思いをさせてしまって申し訳ない。
そなたが安全に未来へ帰れるよう、祈っている。
それまで左衛門佐との夫婦生活を存分に堪能しろ。
お前たち二人の幸せを心から願っておるぞ。
最後に。
別人であろうとも、そなたは私の大切な娘であることに変わりはなかった。こんな別れになって申し訳ない。ずっと愛しているぞ。
なにやら話し込んでいた左衛門佐に声をかけた。
『左衛門佐、話し込んでいる所で申し訳ない。文が出来上がった』
「前柴殿!問題ありません。高野山へ蟄居することを伝えていただけです。文、完成したのですね。必ず、藍姫に渡します」
文を受け取って、左衛門佐は屋敷を後にした。
頼んだぞ、息子よ。