第十六話 【天下分け目の関ヶ原】
食事へ出かけてから二ヶ月後、またしても三成から手紙が届いた。マメな男なのか?と思ったが、衝撃の報告だった。
それは……
大坂の屋敷に居ると清正らが奇襲を掛けてきた。これがそなたの言っていた事件か?家康が止めに入って、騒動を起こした罪で佐和山城に蟄居するように命じられた
とのこと。
あぁ、ついに石田三成襲撃事件が起こったか。
すでに関ヶ原の戦いへの火蓋が落とされているな
手紙には私の我儘ではあるが、佐和山城へ一度、出向いてほしいと書いてあった。
もう会えないことを三成は分かっているのだろう。
信繁様は果たして、許してくれるのか。香乃さんに相談してみるしかないか。
香乃さんと話す機会はいくらでもある。
今日とて寝起きの私に代わり、着物を正してくれている。
(何か考え事ですか?)
「へっ?」
(どこか遠くを眺めて、上の空だったので)
香乃さんはエスパーなのか?それとも私が顔に出やすいだけか?
「実はね、三成様からお手紙が届いて。清正らと揉めて家康様に佐和山城に蟄居しろと命じられたそうなの。それで三成様が城に来てくれないかと言っていて」
(清正も懲りない奴ですね)
「それは私も思ったわ。それで問題は信繁様なの」
(あぁ……旦那様は姫様のことが大好きですからね。また着いていくと言って聞かないでしょうね)
「そうなの!私としては三成様に会いたいの。思い詰めてるような感じを受けたのと、何だかもう会えない気がして……」
(女の勘ってやつですかね。私もそんな気がします。分かりました!私が協力いたします!)
話が早い。助かる。香乃さんの提案はこうだ。
滋賀じゃないと手に入らない食材があり、私と一緒に買いに行く
果たして、これが上手くいくのか。
その日の晩……食事の時に信繁様に伝えてみた。
「信繁様、少しお話がありまして」
「おう、珍しいな。どうした?」
「香乃さんがどうしても買いたい食材があるらしくて。でもそれは近江まで行かないと無いそうなんです。それで着いてきて欲しいと頼まれまして」
「おう!そうか!警護をしっかり付けるなら行っても良いぞ。城に籠っていても、そなたも辛いであろう?息抜きしてくるといい」
ふぁー。めっちゃすんなり受け入れるやん。嘘だよ?そんな簡単に信じても良いの?何だか、心が罪悪感で苦しくなるじゃないか。
ふと香乃さんを見ると同じように苦悶の表情を浮かべていた
信繁様が良い人であるが故の苦しさだな。
しかし、お言葉に甘えて私は佐和山城へ行くことにした。
「三成様、藍姫様がお見えになりました」
「通してくれ」
「三成様、先日は鮎料理、ご馳走様でした。またお会い出来て嬉しいです」
「なんだか堅苦しいな。良してくれ。私が誘いたくて誘ったのだから」
何故か堅苦しくなってしまったのが可笑しくて、二人で笑いあった。束の間の平穏といったところか。
「蟄居となると、もう会えないと思ってな。あ、香乃さん、申し訳ない。二人きりにしてもらえないか?」
(かしこまりました。では、城を散策させてもらいます)
「良かろう、家臣に案内させよう」
香乃さんは雰囲気を察してすっと居なくなってくれた
「もう間もなく関ヶ原の戦いが起こるのか?」
「ええ、本当にもう間もなくです。一年後に起こるとされています」
「そうか、もう備えなければな。私はもう死ぬ。そなたに伝えたいことがあって呼んだのだ」
そうだけど!実際、関ヶ原の戦いで敗れて死ぬけど!でも、直接言われるとすごく悲しい。
「泣くな。天から殿下と見守っているし、未来とやらに行ってそなたを必ず見つけ出す。その時にまた友となろう。藍佳、そなたの幸せをずっと願っているぞ」
涙が止まりません。そして、本名で呼ぶのはズルくないですか?小早川たちの裏切りがなかったら三成が死ぬことは無いのに……家康と小早川らに腹が立って仕方ない。
「石田三成様、友として本当に大切な存在でした。必ず、再会致しましょう。約束ですよ」
「あぁ、約束する」
涙で目が腫れてしまい、香乃さんが心配していたが、穏やかな私たちの顔を見て何も言わなくなった。
佐和山城を後にした私たちはちゃんと買い物をして、津之江城に着く頃には目の腫れも引いていた。
おかげで信繁様が怒ることはなかった。
一年後、いよいよ関ヶ原の戦いが始まった。
信繁様は父の昌幸と共に上田城へ。津之江城はお父上が守ることになった。
私はお父上や家臣が戦に集中出来るように、侍女たちと忙しなく働いた。
姫君でお前を守らなきゃいけないからじっとしていろ!とお父上には怒られたが、それは出来なかった。が、すぐに大人しくなる。
「報告です!敵陣、二の丸突破しました!!」
『なに!?一の丸はいつ突破された?』
「報告をしに向かっている最中に突破されたのこと。そして二の丸まで突破され、現在こちらに向かっております」
『藍姫、私の傍から離れるでないぞ』
「はい、お父様」
『香乃!侍女たちを地下へ!そなたも地下で身を隠しておれ!』
(かしこまりました!)
津之江城が攻められている。お父上が応戦している
嫌だ……!!お父上……!!
『藍姫!!!』
あまりにも衝撃的な光景に私は気をうしなってしまったらしい。気がつくと、私は地下室にいた。
(藍姫様!お気づきになられましたか!?)
「あ……!お父上!お父上は?」
(分かりません、まだ情報が入ってきていなくて)
戦を目撃したのは、これが初めて。お父上が血を流しながら戦ってる姿を見て耐えられなくなったんだろうな。
どれくらい経っただろうか。戦の音もいつの間にか止んだ
どっちが勝った!?お父上は無事なのか!?
『藍姫、香乃。終わったぞ』
「お父上ーーー!!」
(殿ー!!)
地下室の戸が開けられたと思えば、そこには満身創痍のお父上の姿があった。
そして終わったと言った途端にお父上は倒れた。
急ぎ、手当をし、なんとか一命は取り留めた。
私は恐怖と安堵で涙が止まらなかった。香乃さんはそんな私をずっと抱きしめてくれていた。
城は悲惨な状況だった。
私たちをずっと支えてくれていたお父上の家臣たち、たくさんの人が亡くなっていた。
これが戦国か……実際に経験するとかなりキツい。
こんな時代で信繁様が生き延びていれたのは奇跡なんだな、と痛感した。
関ヶ原の戦いは小早川らの裏切りにより、あっという間に終わった。津之江城では、掃除に追われた。
幸いにも私と信繁様の部屋は無事で、私と侍女たちはそこで過ごすことになった。
香乃さんが見るべきでは無いと判断したのだ。
当の本人は、屋敷の掃除をしている。なんて強い女性なんだ。
日もだいぶ暮れた頃、部屋に香乃さんがやってきた。
掃除が終わって、食事の準備をしたそうだ。いつの間に。
(かなりお辛い状況を見ましたよね。喉を通らないかもしれませんが、少しだけでも)
「ありがとう。お父上はまだお目覚めにならない?」
(今も戦っております。しかし、殿は誰よりもお強いですからきっと大丈夫です)
お父上……早くお目覚めください……
私は無事でしたよ。あなたにしっかり守られましたよ。感謝の気持ちを伝えたいから早く目覚めて。