第十四話 【秀吉の願い】
津之江城の門前にはお父上、侍女たち全員が待っていた。みんな泣いている。威厳のあるお父上もである。
本当に心配を掛けてしまった....
『おかえり!待っていたぞ。高熱の事も忍びから聞いていた。こうしてお前の元気な姿をまた見れて私は本当に嬉しい』
「お父上....ご心配をお掛けしました。もうこうして元気なので、安心してくだされ。信繁様や三成様、香乃さんの支えがなければ、生きていられたか怪しいですが」
『三成、左衛門佐、香乃には褒美をやらねばな』
「そんな!要りませぬ!私は殴られることはあれど、褒美を貰う立場にございませぬ」
三成....カウンセリングが必要だな
『いつまで気にしておるのだ!私もそなたも被害者じゃ。お前も女々しい奴よのう。娘を大切に思ってくれているのは分かるが、お前がそのような態度を取ればとるほど、娘は自分のせいだと責めることになる。お前はそれでも良いのか?』
「いや、それは.....しかし.....」
『分かった、ではあとで私の部屋に来い。話がある』
「承知しました」
『左衛門佐、褒美は何がいい?』
「え?要りませぬぞ?夫として当然の行動をしたまでですから」
(殿、私も侍女として支えたまで。褒美など)
『それでは、私と藍姫の気が収まらんのだが.....』
(お気持ちだけで嬉しいです)
「同意見です」
三成のことはきっとお父上が何とかしてくれるだろう。
お礼に関しては、やっぱり二人とも拒否るよね。何か作って渡すとしよう。それなら受け取ってくれるはず!
問題は何を作るかね。んー、よし、あれを作ろう。
『藍姫、疲れたであろう?さ、中に入って休め』
(桃山小袖に着替えましょうか)
「そのあと、少しだけ寝させてもらえる?」
(無論。もし来客等があればこちらで対応いたします)
香乃さん、侍女として優秀すぎてほんと安心する。
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「失礼いたします、藍姫様はいらっしゃいますか?」
(申し訳ございません。居るのですが、体調が悪くて今寝ておられます。伝言を承ります)
『そなたは殿下の使いの方。何かあったか?』
「殿下が藍姫様にお会いしたいとのこと、大坂城へ参ってほしいとの伝言を預かりました」
『承知した、藍姫に伝えておく』
「出来るだけ早くが良いとのことです」
『そない、急ぎか。藍姫が起き次第、すぐに伝える』
「よろしくお願いいたします。それでは」
来客からしばらくして、藍姫は目を覚ました。
ちょうど夕食時だったので、着物を正し、広間へと向かう。着物を直すのもうまくなったな。
「おう!藍姫!起きたか!」
「おはようございます。久々ぶりにゆっくり休めた気がします」
『見知らぬ家で過ごしていたから、気が張りつめていたのかもな。自分の城に帰ってきて落ち着いたのだろう』
「ところで.....三成様、そのお顔はどうなさいましたか?」
「ああ、これな」
三成曰く、お父上と信繁様から殴られたという。
おかげでずっとモヤモヤしていた気持ちが晴れたと。気持ちは晴れても、顔が腫れてしまってますがな。
「痛々しい....あとで氷で冷やしてくださいね」
「心配無用、姫も本当に申し訳なかった」
「立ち直れたのなら、良かったです」
『そうだ、お前が休んでいる間に殿下の使いが来てな、殿下がお前に会いたいそうだ。左衛門佐が帰ってきたことだし、私は大坂城へ戻る。一緒に行くとしよう』
秀吉がお呼びとは。何でだろう?事件の状況を聞きたいのかな?少し怖いなぁ
『なに、殿下も取って食おうなんてしないさ。故に、そんな不安な顔をするな。私もついているから安心せぇ』
「それなら、安心です。また事件のことを聞かれるのかと思うと心が苦しくて」
これは本音だ。おそらくPTSDになってるんだろうな。衝撃的な出来事だから仕方ないとはいえ、事件の話に関しては避けたい気持ちでいっぱいになる。
「いつ大坂城へ参りますか?」
『そうだな、急ぎのようだったから明日には此処を出ようと思う』
「かしこまりました」
胸騒ぎがすごい。今日は信重様にたくさん甘えよう。
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『藍姫、準備は良いか?』
「心の準備は全然、整ってはいませんが、荷物の準備は大丈夫です」
昨日は信繁様の腕の中で眠りについた。事件のフラッシュバックもして、定期的に信繁様を起こしてしまった。見送りに出てきた信繁様は非常に眠たそうだ。
「信繁様、昨晩はすみませんでした。見送りはいいので、どうぞ寝てきてください」
「そなたは何も悪いことをしていないではないか。一番苦しかったのはそなたであろう?私のことなど、気にするな。気をつけて大坂城へ行くのだぞ」
私の旦那、とことん優しいな。
大坂城へは三成も一緒だ。今日も左近に抱えられ、馬に乗る。今日は三成の後ろではなく、お父上の後ろだ。
三成よりも断然、大きい背中にしがみつく。安心感が半端ない。
馬をかっ飛ばし、大坂城へ急いだ。
「殿下、前柴殿と藍姫様が到着されました」
[そうか、通してくれ]
「殿下、失礼します。前柴義昭、娘を連れて帰還しました」
秀吉は布団に横になっていた。そうか、この頃から調子が悪かったのか。
[藍姫、急に呼び出してすまない。それと儂の家臣が本当に申し訳ないことをした。傷の具合はどうだ?]
「おかげさまで良くなっております。ところで、秀吉様は大丈夫なのですか?体調が悪いようにお見かけしますが」
[ああ、すまいない。最近あまりな。きっと儂はもう長くないと思う。故に、そちを此処へ呼んだのだ]
「ほう?」
[そちにお願いがあってな。三成のこと、左衛門佐のことを頼みたい。三成は幼少の頃から儂に仕えてる。左衛門佐は人質生活が長い。故に、二人とも愛情というものを知らない。願いというのはな、そちに二人を愛してほしい。愛情を教えてあげてほしい。儂なりに注いできたが、まだまだ足りない。補えるのは、そちだけだと思っている]
「秀吉様……」
[二人には幸せになってほしい。藍姫、頼んだぞ。私は伏見城に入る。もう会うことはないだろう。そちが幸せになることを心から祈っておるぞ]
「秀吉様、私も伝えたいことがあったのです。前柴義昭を家臣にしてくれたこと、事件のことで清正に怒ってくれたこと、私の意見を尊重してくれたこと、感謝してもしきれません。本当にありがとうございました」
[馬鹿なことをした清正が許せなかった。それに主君として当然のことをしたまで。義昭のことに関しては、良き武将を見つけたと自分が誇らしいわ。義昭、何があっても藍姫を守りぬけよ]
『御意!』
秀吉は少し寝ると言ったので、私たちはその場をあとにした。部屋を出てから私は涙が止まらなくなった。それに気づいたお父上が抱きしめてくれた。
ひとしきり泣いた後、お父上に別れを告げて変わらぬ厳戒警護のもと、津之江城へと帰った。
帰宅してから数週間後、秀吉の訃報が届いた。
信繁様は泣いていたが、私は泣かない。秀吉との約束があるから。
子供のように泣きじゃくる夫を抱きしめながら秀吉を想った