入水
青い陽射しが私を焼いて、温い潮風が私を撫でる。
砂浜から幾分か離れたところにある桐立った崖は、骨色の岩肌を覗かせていて、その上に襤褸切れのような冠を戴いている。その冠が私である。
ずいぶん長い間友として連れ添ってきたオートバイも、乗り手を失ってその傍に佇んでいる。くすんだクリーム色の身体が、風に吹かれてきぃきぃと鳴いた。
下を見る。寄せては返す波が岩を打って、騒々しく荒れ狂っている。透き通った黒に混ざっていた毒々しいほどの赤茶色が、繰り返すその度に翻弄され、攪拌され、希釈されていく。私はそのさまをじっと見ていた。
先達は海に還ることができたらしい。振り返れば花束が一つ、手向けられている。もう何の花かもわからないほどにぼろぼろになって、しょぼくれた茶色が張り付くようにして転がっていた。
雲が太陽をつかの間に覆い隠して、私はふたたび海を見た。夏の海はいざなうように、泡立つ白と透き通る青の下から、滔々とした流れの奥深く、半透明にうごめく黒が私を迎え入れようとその入り口を開いている。
私は懐から一葉の写真を取り出そうとして、それをまた奥のほうに仕舞い込んだ。思い残しはあるが、それは私を引き留めるものであってはならなくて、私はそのために今日、ぼろぼろのオートバイを走らせて、遠く離れたこの崖に来ていた。私はあの人の重荷であってはならないのに、ついぞ私はその自信を持つことが出来なかったから、私はここに来ていた。
私はまた、海を見た。花束があったのだから、きっと私はうまくいくのだろう。
私はもう一度崖の下を見て、その赤茶色を確かめた。そうして綺麗に揃えた靴の下に手紙を置いて、先程より随分と寂しくなったオートバイにもう一度跨った。
夏の海、花束、仕舞う