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三題噺  作者: 銅座 陽助
2/19

断簡零墨

 私の家から一番近い駅には二匹の三毛猫が住み着いている。駅自体は駅員が居るかどうかというような小さなもので、そこの受付カウンターのところに揃って寝転んでいるのを、通勤の途中なんかによく目にするのだ。少し前に流行ったマスコットキャラクターのように飼われている様子もないので、たぶん野良猫か何かなのだと思う。

 ある日、いつもより仕事が早く終わったので定時より早く帰ることになった。電車から降りたのが確か四時半をすこし過ぎたあたりだったか。ホームに降りて、跨線橋を渡る前に定期入れを探してカバンを漁っていたら、ふと向かいのホームに目が行った。そこでは例の猫たちが珍しく受付のところから動いて、ホームに座り込んで日向ぼっこを始めていた。猫の影がずうっと伸びて、それをぼんやりと目で追っていたら、端のところにたぶん年のころ五つか六つくらいの子供が独り、虚ろな顔をして立っていた。いかにも七光りで通っていますと言わんばかりの、良いところのお坊ちゃんという出で立ちだというのに、そんな衣装とは対照的な顔の不気味さばかりが際立っていて、ある種の悍ましさのようなものが感じられた。

とはいえ親も連れずに子供だけで駅に居るのはやはり気になったので、私は急いで跨線橋を渡って、その子供のところに行くことにした。不思議なことに階段を登り切ったあたりからやたらと甘ったるい匂いがしてきて、しかも進むほどに強くなっていくようだった。階段の下りに差し掛かると淡緑色のトンネルの先に立っているその子が目に入るが、さっき向かいのホームで見た時とおなじままで動かなかった。ひとまず声をかけてみたが、返事は無い。仕方がないので階段を下りていくと、今度は無数の羽音のようなものがその子の方から聞こえて来て、これも子供に近づくにつれてどんどん大きくなっていく。仕舞いには私の頭の中で暴れまわっているような大音声になって、私がその子の肩に手を掛けた時には、私自身が発した声もその音に搔き消されてしまうようだった。

 そうして肩に触れた感触が妙に柔らかかったので、私は慌てて手を離して、自分の手のひらを見た。どろどろとした黄色い粘液が張り付いていて、糸を引いている。その先に目をやれば、子供の肩は私の手の形にぐじゅりと潰れ、その内側で無数の白い芋虫が所狭しとひしめき合い、蠢いているのが見て取れた。

思わず私が声にならない悲鳴を上げて目を逸らし、再びおずおずとその子供の方を見た時には、そこにいたはずの子供は影も形も無くなっていた。代わりに僅かな数のミツバチが、8の字を描いて宙を舞っている。後ろで猫がにゃあと鳴いた。はっとして腕時計を見ると、いつの間にか長針は九を指していて、私は慌てて自動改札を出た。

 今から、十か月ほど前のことだ。


駅のホーム、猫、目をそらす

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