路地裏
その日は部活動が早く終わって、私はまだ日が沈まないうちに帰路についた。当時の私の家は中学校からそう遠く離れてなかったので、自転車で通う友人たちと違い登下校は徒歩で、いつも一人で歩いて帰っていた。
いつもは日が完全に沈んでから帰るか、それか部活のない日は十分に明るいうちに帰るので、今日みたいな中途半端な時間に帰るのは初めてだった。傾いた夕日が影を長くして、それがやたら物珍しかったので、私はいつもとは違う道で帰ってみようと思い立ち、通学路を逸れて脇道に入ってみた。普段は通り過ぎるだけの脇道にひとたび足を踏み入れればそこは未知の世界で、中学生の私にとっては魅力に満ちた冒険の舞台だった。
家の近くの道でも使わなければ何も知らないもので、両脇にそびえるブロック塀も、ひびの入ったアスファルトも、道端に転がった頭蓋骨も、どれも普段の通学路でも見慣れているはずなのにやけに新鮮に映って見えた。選挙ポスターの貼られた電柱とそれを支える黄色いワイヤーカバーの間に張り巡らされた蜘蛛の巣が面白くて、私は石を蹴りながら、たぶん家の方向だろうと思う向きに歩いて行った。
二時間くらい歩いて、たぶんこの辺りを曲がれば家の近くのあの道に出るだろうと覗き込んだ路地裏は、ボロアパートに夕日を遮られて薄暗くて、幼心ながら恐怖を感じたのを覚えている。青いゴミ箱の横に置かれた段ボールの中から腐った子猫が私を呼んでいたので、私はいつの間にか無くなっていた小石の代わりに堕ちてしまった月を蹴って、その路地裏に入っていった。秋の日はつるべ落としと言ったのは誰だったか。エアコンの室外機の上に置かれたブルーシートと鳥居がこちらを見ているような気がしたので、私は急いでその路地を駆け抜けていった。
路地裏を抜けていつもの通学路に戻って、ようやく私は深呼吸をした。辺りはすっかり暗くなって、電球の切れかけた街灯がオレンジ色の三角錐をつくっている。植木のはみ出した角を曲がって、私はようやく自宅の玄関扉を開けた。カレーの匂いがする。大きな声でただいまと言いながら靴を脱いで、私は洗面所に向かった。両手を洗ってうがいをし、それからシャープペンシルを取り出して左目に突き立てた。
路地裏、シャープペンシル、堕ちる