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1.被告人ルイーズ・レミントン


ウィンスロー男爵は私を法廷の控え室に案内すると、ソファみたいなアームチェアに座らせた。みんなが私を魔女扱いしてきた10分前には考えられなかった対応かもしれない。


でも、お礼を言う前に聞かないといけないことがあった。


「私がルイスなんとかになるって、どういうことですか。」


「焦らずとも説明するさ。その前に君について確認したいんだけどね。」


男爵は手元の書類を数枚めくった。ページを繰る前に指を舐める動作が少し色っぽく見える。


「ルイーズ・レミントン、16歳1ヶ月。栗色の毛に明るい茶色の目。女性には平均的な背丈で、少年に近い見た目と体格。ノリッジの開業弁護士サー・ニコラス・レミントンの娘で母は地主の一族。他の家族は弁護士修行中の兄が一人と、寄宿学校に通う弟が一人。家庭教師について文法、修辞、算術、古典などを習い、詩作以外は概ね優秀。ピアノが得意で乗馬はしない。指で触れるだけで男性を魅了する特殊能力の持ち主、と。」


「最後の一文だけ違います。すごく違います。」


少年に近い見た目と体格っていうのも悔しいけどよく言われるからしょうがない。でも特殊能力ってなんなのよ。


「気にしないでいい。魔女裁判はもう終わりだよ。記録の上では王立裁判所でも行われることになるけどね。君の魔法は誰にも口外しないし、密かに誇っていいものだよ。」


「だから魔法じゃないんだってば。ただのマッサージなの。」


私は身分上平民だから、男爵にはそれなりの言葉遣いをしないといけないけど、この人は話を聞かないからだんだんペースがずれてくる。


「魔法だろうとそうでなかろうと、私は怖くないさ。それに、どうせ魔女がいるなら敵じゃなくて味方にしたい性分でね。」


さっきからこの黒装束の人はやたらと明るい。端正な顔つきも相まって、裁判所にも服装にも笑顔が不釣りあいな感じがする。


「だから魔女じゃありませんってば。」


「まあ落ち着いて。私はスタンリーを知っている。あれはよっぽどのことがなければ女に興味を示さない奴だよ。ところが君は一晩で堕としてしまった。私の直感が、君はただの人間じゃないと言っているね。」


「ただの人間です。」


そりゃあ、前世が火事で死んじゃった駆け出しのマッサージ師で、かなり前から前世の記憶がある、っていうのは確かにただの人間じゃないかもしれない。でも魔法なんて使えないし、科学的な発見とかもしたこともないまま普通に生きてきたんだから。


「ところで、ヘンリー第二王子は知っているね。」


かなり強引に「ところで」を使われちゃったけど、どうただの人間アピールをしたらいいのかな。


「はい、非常に優秀な方だとお聞きしました。」


優秀という言葉を聞いて、男爵は嬉しそうに笑う。


「ああ、彼は頭脳明晰で教養があり、信仰心に篤くカリスマがあり、体は頑健で6フィートの背丈があり、スポーツに万能だ。まさに敵なしだ。ある一点を除いてね。」


「そうですか。」


ウィンスロー男爵はやたらとヘンリー王子のファンみたいだけど、私は関心がない。


とっつきの悪さが不満だったのか、男爵のこげ茶の目が不満そうに私を見つめてきた。きれいな目。


「突っ込んで欲しかったが、自分には関係ない、という言いようだね。まあ説明していない私が悪いのだけどね。それでは君は王子の弱点は何だと思う。」


「さあ。次男でいらっしゃることですか。」


男爵は手元の羽ペンをもてあそぶように回すと、遠くを見るようにして続けた。


「それもあるかもしれないね。だがもっと深刻なことに、彼は女が嫌いなんだ。それはもう毛嫌いするくらいにね。長男のアーサー王子が病弱な中、彼に後継が生まれないと将来に禍根を残す。」


また嫌な予感がする。


「分家の方とかはいないのですか。」


さっきまで明るかった男爵の表情が、目に見えて曇った。不謹慎かもしれないけど、この人は憂鬱そうな表情が似合う。


「先の内戦で王位継承権を持つ者は随分減ってしまったからね。数少ない生き残りの中から、現国王の王位を狙った者を外すと、片手で数えるほどになるよ。さらに、内戦の両陣営の血を引くのはアーサー王子とヘンリー王子、それに二人の王女だけだ。それ以外が王位を継ぐことになると古い対立が再燃する恐れがあってね。」


内戦は私が生まれる前に終わっていたけど、こんなところで傷跡が残っていたんだ。


「それで、私にどう関わってくるんですか。」


聞きたくないけど、多分聞くことになりそうだし聞いておく。男爵はあっけらかんとしているように見える。


「うん、端的に言えば君にヘンリー王子に近づいて欲しいんだ。」


「近づくってまさか、私に子供を産めって言うんじゃないですよね。」


私は身分的に王妃になれないし、なりたくもない。『火遊び』のお相手とかも全力で遠慮したい。


「それも素晴らしいが、そんなに高望みはしないさ。」


「素晴らしいってどういうことですか!?」


「私の推測では、王子の女嫌いはそれほど根が深くない。ただし王子は女との接触を避けているし、使用人は男で固められている。私達から命令を破って女をけしかけるわけにもいけなくてね。」


困った奴だ、と言いたそうな男爵だけど、目は相変わらず可笑しそうにしている。私のツッコミは相変わらずスルーされるみたい。


「そこで君、美少年ルイスが登場するわけだ。スタンリーを落とした君なら、意地を張っている少年など朝飯前だろう。王子に少しずつ女性慣れさせられれば万々歳だ。」


男爵はまた笑顔を見せた。

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