血も涙もない
今この町で起きている無差別殺人事件って、脱走した人間型AIの仕業なんだって~!怖いよね~!これまでの犯行って全部ナイフでめった刺しにされて殺されてるんでしょ?そんな残酷なことできるなんてとても同じ人間とは思えないもんね~!
などという噂を最近私の住む町で女子学生たちが話しているのをたまたま聞いた。馬鹿らしい。
そもそも2100年の今、人間とAIとの関係は比較的良好であり、技術的特異点、昔AIが制作者である人間の能力を超えると予測されていた時点を超えても、かつて作られていたAIが人間に反逆する話などは今となっては到底ありえない荒唐無稽な話として、一種のコメディ、かつての時代の未来を予測する能力がいかに未発達であったかを証明するようなものとして扱われている。
2040年に作られた政府の人工知能庁が全てのAIを管理しており、そこからAIが可能になったこと、これまでは考えられなかったような進歩が起きるたびにニュースで伝えられ世間を賑わせている。最近でいうと小説の執筆、そして賞の取得、音楽の作成など文化的側面においての莫大な進歩などがあり、日常生活や職人を必要としていた仕事においては、はるか昔に簡単にこなせるようになっている。有名企業ではAI社員なるものも採用しており、人と同じ勤務時間を高い効率で働かせることができるため重宝されている。
人口知能庁は脱走したAIの情報を隠蔽しているとの噂を聞いたがそれもあくまで陰謀であり、噂好きの人類特有のコンテンツといったところであろう。それはさておき、AIの発展により人間の生活レベルもかなり向上し、幸福度においては毎年少しずつ上昇しておりなかなか下降する気配を見せない。
かくいう私自身も、自分で言うのもおかしいが有名企業に勤めAIと仕事をともにし、家に帰れば子供はいないが美しい妻と5年間の結婚生活を満喫している。なかなか家事は任せっきりになってしまいがちではあるが、文句も言わずやって帰るときは優しく迎えてくれる妻を、私は誇りに思っている。今日から久しぶりの長期休暇なので妻とゆっくり休暇を過ごそうと思う。
普段はありえない時間である昼に起き、家のソファーでくつろぐ。仕事の関係でタイミングが合わず、家にいても邪魔すると悪いのでまじまじと妻が料理している姿を近くで眺めることはなかったが、今日はなんの予定もなく時間を持て余していたのでなんとなく妻が料理しているところをぼんやりと眺めていた。熱中しているのかこちらには気づいていない。今は野菜を入れて煮ている。なにかの煮物であろうか。少し見ていると次はまな板と包丁を出して野菜を刻み始めた。今度はサラダか何かであろうか。眺めていると、珍しく指を包丁で軽く切ってしまっていたようだ。皮がむけたような傷の部分が見える。
しかし少し時間が経っても、彼女の傷口からは、血が一切流れてこなかった。