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猫の屋敷

作者: 相川 健之亮

僕、ドライブが好きでして。

休日はよく一人で車に乗って出かけるんです。

特に目的もなくブラブラと車を走らせて、いい景色が見える場所や公園、よさげなお店なんかを探します。言ってみれば、簡単な冒険をするのが好きなんです。


しかし僕が住んでいる県は大変な田舎で、期待できるようなスポットも限られているので、なんだかんだ同じ場所に行くこともしばしばでした。


僕が住んでいる町から隣町へ行くには、いくつか道があるのですが、僕は好んで海沿いを走る道を選んでいました。

その海沿いの道を進んで行くと、今度は山の中に続く道になり、一気に木々が多くなります。

その山の道の途中、真っすぐに通る道の横になんとなく目が惹かれる建物があったんです。


家というよりは、屋敷といった感じです。

大きさ自体は民家と変わらないのですが、欧州の方にありそうな綺麗な三角屋根で、正面にある玄関扉も非常に大きく、不思議な作りをしているんですね。

しかも屋敷の手前両脇には猫の石像が2体、来訪者を迎えるように置かれていて、それらがある種異様な雰囲気を醸し出していました。


料理屋でも寺院の類でもなさそうなので、一体なんだろうと思っていたのですが、その道を通る時はたいてい隣町に向かっている時でしたので、その不思議な建物もスルーしていたんです。




寒くなりかけた秋の日のことでした。


その日は休日で、いつものようにドライブをしていました。

隣町へ行こうとしていたのですが、道中、あの不思議な屋敷がどうしても気になりました。


そして初めて屋敷のすぐ横にあった小さな駐車場に車を停めて、屋敷の前に立ちました。


相変わらず不思議な空気が醸成されていましたが、その日は曇りだったこともあり、屋敷の雰囲気をより不気味なものにしていました。


入り口の観音扉は非常に大きく、縦幅は4メートルほど、横幅は2メートルほどありました。

一瞬開けるのを躊躇いましたが、思い切って扉を押してみました。


すると、想像よりはるかに扉は軽く、すんなり開くことができました。


埃っぽい空気を吸うことになると覚悟していましたが、代わりに清潔そうな木の香りが鼻孔にまとわりつきました。

中は天井から吊るされた大きなライトから薄く照らされていて、濃い茶色の木で組まれた内装がより西洋的でお洒落なものに見えました。

予想外な内装を見て、何か狐につままれたような気分で扉を閉め直し、屋敷の中へ足を踏み入れました。


一言でいうと、「図書館」でした。

いくつもの本棚が置かれていて、その棚もぎっしり本で満たされていました。

学術的な分厚い本から小説の文庫本まで、さまざまな本が納められており、最初は書店かと思いました。


しかし、少し進むとどうやら違うことが分かりました。

本棚の奥には木製の長机と椅子と並べたスペースがあり、そこで読書ができるようになっていました。

先客も3人いて、それぞれ無言で本に目を落としていました。

若い男に、中年の女、老人という3人で、統一感を欠いた客層だなと思いました。

店員と思しき人も、カウンターや会計をする場所も無いようだったので、ここは図書館のように自由に本を読める場所なんだと独り合点しました。


ただ気になったのが、その本棚にも、一列だけ真っ白な背表紙の本が並んでいたんです。

ちょうど自分の目と同じくらいの高さの棚列は、びっしりとその白い本が並んでいて、異様な感じがしました。

書名も書かれておらず、何の本かも分かりません。

しかも、先客の3人は3人ともその白い表紙の本を読んでいたんです。

僕が近くに寄っても気にもせず、ほとんど一心不乱にその本を読んでいました。


彼らは何か調べものをしていて、あの白い本は何かの文献なのだろうと勝手に思いました。



僕は読書に興味がないので、何も冒険できなかったという落胆と、気になっていた屋敷の中を知れたという満足が混じった微妙な気持ちで、その不思議な図書館をあとにしようと、あの大きな扉を開きました。


外に出ると目を疑いました。


空の色がおかしいんです。

真っ青だった空が、赤というよりはピンクに近い色に変わっていました。

夕刻近くになっていましたから、夕焼けの色かとも思いましたが、空全体がピンクになっているんです。明らかにおかしいんです。


これほどまで異常な空を見たことが無かったので、しばらく呆然と立ち尽くしていました。


夢を見ているのではないか。

ふとそう思い、ありがちですが自分の頬をつねってみました。

しっかりと痛みを感じ、夢ではないことが分かりました。


何か、とんでもないことが起こっているんじゃないか。

そう思い、とにかく家に帰ろうと、車を停めた駐車場に駆け寄ろうとした、その時でした。



「ニャーオ」



と、猫の鳴き声が聞こえました。



周囲を見渡すと、道の向こう、自分がもと来た方から何か来るのが見えたんです。


真っ黒な、巨大な影が、のそのそとこちらへ向かってくるんです。



その影が一体何なのかは分かりませんでした。

ただ、それに見つかってはいけないことは分かりました。


隠れなければ。


そう思った僕は、あの屋敷の中へ隠れることにしました。

急いで中に入り鍵をかけようとしましたが、錠も扉を固定するものもありませんでした。



「ニャーオ」



そうこうしているうちに、あの鳴き声がだんだんと近づいてきます。


さらに恐怖を感じた僕は、屋敷の奥に駆け、隠れられる場所を探しました。


他の客の3人は依然として本を読んでいました。

状況を知らせて、身を守るように促そうと思いましたが、なぜか僕はそれができませんでした。


正直に言うと、彼らを犠牲にしてでも、自分だけでも助かろうという思いが芽生えてきたからです。



「ニャーオ」



徐々に大きくなるあの鳴き声が自分の思考と行動を焦らせます。


どうしようか途方に暮れていた時、隅の方にある小さめの丸テーブルが目にとまりました。

僕は素早くそのテーブルの下に隠れ、息を殺していました。



「ニャーオ」



その鳴き声で、あの大きな影がすぐ近くまで来ていることが分かりました。


すると、突然



バタン!!



と大きな音がしました。


あの影が扉を開けた、そう思いました。

そして、巨大な影があの大きな扉をくぐって中に入ってくるのを想像しました。


ギシ、ギシ、と屋敷の中を歩いてくる音が響きます。


僕は恐怖で体を震わせながらテーブルの下に隠れていました。



僕からは、いくつかの本棚に囲まれた3人が座っている読書スペースが見えていました。

そして、本棚と本棚の間から、あの影が姿を現しました。


僕は思わず息をのみました。


その影の正体は巨大な猫でした。

いや、正しくは猫のようなもの、かもしれません。


真っ黒な全身、そして猫のような体躯に尻尾が生えています。

顔は巨大な白い眼がらんらんと光り、爬虫類のようにぱっくりと開いた大きな口からよだれを垂らしていました。


その猫のような巨大な化け物は、本を読み続けている3人に近づいていきました。

まずは、一番手前にいた中年の女性に寄ると、口をより大きく開けました。

そして、その巨大な口の中に女性を含むと、あっという間に飲み込んでしまいました。


その間、他の男たちも一切抵抗せず、何かに憑かれたように本を読んでいました。


僕も何もすることができませんでした。


恐怖ももちろんありましたが、自分だけは助かりたい、その一心でした。


化け物は、次に若い男に近づきました。

そして、また大きく口を開けて、男を飲み込みました。


舌を出して満足そうに体を震わせている化け物を見ながら、僕は呼吸を整えて逃げるチャンスをうかがっていました。


その化け物のニンマリとしたような恐ろしい表情が、どうしても僕の体を硬直させます。

しかし、隠れたままやり過ごすことはできないだろうと、なんとなく思っていました。

自分が生き延びるには、あれから逃げるしかないんです。


化け物は老人に近づきました。

舌なめずりをして、大きく口を開け、老人を口に入れようとしたその瞬間でした。


今しかない。


そう思った僕は、テーブルの下から出て、出口まで駆け出しました。



「ニャーオ」



低い泣き声をあげて、化け物が動き出したのが分かりました。


バタバタと机や椅子、本棚が倒れる音が聞こえます。


僕は振り返らずに走りました。


出口はすぐそこです。

心臓が高鳴り、恐怖で体が浮き立つような感覚を覚えながら足と手を懸命に動かします。


自分のすぐ後ろにあの化け物が迫って来ているのが分かりました。


「うわああああ!!」


と声にならない叫び声をあげて、扉を蹴り開けました。


自分の体が光に包まれると共に、また



「ニャーオ」



という鳴き声を聞いた気がしました。











気が付くと、僕は芝生の上でうつ伏せになっていました。

目の前には道路があります。

時刻は夕方ごろでしょうか。


空を見上げると、夕焼けのオレンジ色が混じった青い空が見えました。


その瞬間、


助かったんだ


そう思いました。



振り返ると、あの屋敷がありました。


いつものように扉を固く閉ざし、2体の猫の石像も傾く日の光を受けて不気味に佇んでいました。

しかし、



「ニャーオ」



また、あの鳴き声を聞いた気がしました。


ぶるっと体を震わせた僕は、急いで車に乗り、その屋敷をあとにしました。




あの化け物は一体なんだったんでしょうか。

そして、あのピンク色の空は。

そもそもなぜあんなところに図書館なんてあったのか。




ただ、一つだけ言えることは、僕はもうあの道を通ることはないということです。


まだ、あの屋敷はあるんでしょうか。


そして、また誰かがあの中に入ることになるんでしょうか。


また猫の鳴き声をたてながら、あの化け物が獲物を求めているのでしょうか。

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― 新着の感想 ―
[一言] 純粋に怖いですね。 よくある日常的な光景が異常な空間に変わる様子は、読んでいて思わず引き込まれました。聞きなれた猫の鳴き声がとても怖く感じました。
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