死んだ世界で生きる私
※サラッとお読み下さい
この世界は死んでいる。
私達人間は生まれた時から神託によって、全ての人間の職業、人生のあり方、伴侶まで決められてしまう世界にいる。犯罪を犯す神託を受ければその者は、犯してもいないのに捕まる。そう、何も罪を犯していないのにだ。だがその判断には私達人の意志が介在しない。一体、何を基準に色々なものを選り分けているんだろう。
私は思う。自分の意思を問うこともせず、ただ神殿の神託のままに生きる人間たちに、はたして価値はあるんだろうか?ただの家畜ではないか?
だが皆は言う。誰も傷つかない世界だとおかしなことを。誰も傷つかず幸福を保つ世界だと。人間とは犠牲がなくては生を謳歌できぬ獣だ。
不思議だ。この退屈な世界で家畜のような人生をどうして誰も何も壊さずにいられる?この世界に、永遠などない。あるのは、争う者の輝きだけだ。だから私は神託に逆らった。
神託に逆らい、自分の思うがまま、心のままに生きた。人を殺し、奪い、罪を犯し続けた。そんな私を神殿は神の反逆者として捕らえた。そしてそのまま神の反逆者として私を殺そうと話していたが、神託は私が死ぬ運命を告げなかった。神殿は私をどうするかあぐね、牢に入れる事にしたようだ。
私は鼻歌を歌いながら牢で嗤う。私は神の反逆者だというのに、神は私を反逆者とみなさなかった。何という矛盾。
牢に入れられて数日、ザワザワと牢が騒がしい。私は興味の欠片も無く、横になり欠伸をしていた。
すると誰かが私の牢の前で止まる。横目で見るとそれは誰でも知っているこの国の皇帝、ハルバート陛下だった。だが私は興味の欠片も湧かない。この皇帝は王位継承から遠い人物なのに神託によって生まれながらの皇帝だからだ。神託の通り生きる人間に私は興味など無い。だが皇帝は私に問うてくる。
「何故、神託に逆らった?お前の人生は神託に逆らわなければ幸福だったというのに」
私は思わず腹をケラケラと抱えて嗤ってしまう。
「私は自分の意思で行動した時のみ、人は価値を持つと思ってるの。そして、何をもって罪や人の生き方を決めるの?糞ったれな神が決めるの?だから私は神託に逆らった。だけど糞ったれな神は私の行いは健やかな行動だと判断した」
「神託により、私の伴侶はお前だと告げられた」
「嫌だね。神とやらに惑わされた哀れな羊たちと等しく愚かしい人間と伴侶だなんて」
「貴様!!皇帝に向かって何という事を!!」
「なら私を殺せば良い!!まがい物の正義を捨てて、本物の殺意を手に取れ!!神に争ってみせて!!」
燃える様な赤い髪に、金色の瞳をした精悍な顔をしたハルバート皇帝に檻の近くに行き、手を広げる。さあ、私を殺してみせろ!!神に争え!!
だがハルバート皇帝は剣の柄を掴みはしたが、直ぐに離してしまう。なんともつまらない。
「何故そこまで争う」
「誰もが神とやらに人生を決められ、神の規範にそって生きる世界には、人の感情なんて必要ない。皆んな自分だけの孤独な安らぎに閉じこもっているだけ……皇帝よ、貴方はそれで良いと本当に思っているの?」
「……」
「神に決められた人生なんて、純粋に人生を楽しめないから。私はこの神に争う人生を心底愛してるの。だからどこまでも、争い続けたい」
「お前の名は?」
「……フェル」
ハルバート皇帝は笑いならがら私を牢から出す様に命じる。
「フェル、お前が気に入った。もっとお前の話が聞きたい。そして争ってみせろ、どこまでも」
ーーーーーーーーーー
「フェル、また人を殺したな。これで何人目だ?」
「さあ、数えてないから知らない。でも、私を止めたければ私を殺すしかないよ?神の言いなりな人間には私の罪を裁けない。私を裁ける者がいるとしたら、それは、神の神託じゃなく、自分の意思で行動する人間だけ」
血溜まりの部屋で私はナイフを弄びながら嗤う。そしてナイフをハルバート皇帝の足元へ投げる。ハルバート皇帝はそのナイフを拾い私へ近づき、ナイフを私の首元にあてる。私は狂った様に嗤いハルバート皇帝の腕を掴む。
「ねえ、命の重みを感じるでしょ!?神の玩具でいる限りは、味わえない……これが決断と意思の重さだよ!?さあ!!」
ハルバート皇帝が持ったナイフが首に食い込み血が流れる。だが、そこでハルバート皇帝は手を離してしまう。
「残念……凄く残念……ハルバート皇帝。これでまた哀れな羊達の犠牲が増えるというのに」
「私はフェル、お前が羨ましい。自由に己の心の赴くまま生きるお前が」
私は血だらけの両手でハルバート皇帝の頬を掴む。背を伸ばし、顔を近づけ唇が触れ合いそうなところで止まる。
「ハルバート皇帝……家畜から目を覚まして?人が人らしく生きるために。私は貴方以外の誰かに殺される光景は思い浮かばないの」
「私には……お前を殺せない……殺さなければと思う反面、私は自由なお前が愛しくも感じるのだ」
そのままハルバート皇帝は血塗れの私に深く口付ける。きっと私がハルバート皇帝を愛する時は、この人に殺される瞬間だろう。




