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ドラマの最終回を録画したら呪いの録画になっていたが今はそんな事どうでもいい。

作者: 須方三城


 気になるドラマの最終回、絶対に見逃せない。


 しかし何と言う事だろうか。

 新社会人二か月目・霊助レースケはこの日――想定外の残業に襲われ、ドラマの放送時間に帰宅できなかった。


 霊助は自宅アパートに着き、ドアを閉めてから深く溜息。


「入社二か月の新人に日付変更ギリギリまで残業させるとか、クソみてぇな会社だな……」


 面接ではあらんかぎりの語彙を以て褒めちぎった会社を指してこの言い草。

 まぁ面接なんてそんなものである。


「……フフフ」


 あまりのショックで気でもふれたか、霊助は床にカバンを投げ捨てながら笑う。

 ネクタイをゆるめ、手に取ったのはテレビのリモコン。

 入社祝いで買ってもらった薄型テレビの電源を入れると、霊助はリモコンのあるボタンを押した。


 それは――【録画一覧】!!


「こんな事もあろうかと――録画をしておいて本当に良かったぜェ~!」


 最近のテレビには! 録画機能が付いている!

 ビデオデッキをセットしておく必要も、ハードディスクを接続する必要も無い!

 番組表から録画を選択するだけで録画ができる!

 簡単操作でさっくり録画……世はまさに大録画時代!


「さぁ~て、毎回毎回よぉ……テメェは飽きもせず、次回予告でたっぷり焦らしてくれたよなぁ……」


 録画リストからドラマの名前を見つけ出し、霊助はまるで猫がねずみを嬲るように再生ボタンを撫ぜる。押すか押さないか、微妙な力で。


「だがそれも、今日で最終回おわりだ」


 霊助の指が、再生ボタンを深く押し込んだ。


 薄型テレビの画面が暗転する。中央に表示されるのは「再生準備中」の一文。

 もうすぐだ。もうすぐすべてが終わる。

 霊助は部屋着に着替える事も忘れ、テレビの前に座した。

 興奮のあまりか、ゴクリと唾を飲み込む。


「どうなるんだろうな……先生はよぉ……」


 霊助が毎週の楽しみにしていたドラマは変則的な時代劇。

 現代で外科医をしていた男が主人公で、彼はひょんな事から幕末にタイムスリップ。

 現代医学知識で痛快に無双しつつ、歴史的場面に立ち会っていくと言うもの。

 先週はかの有名な坂本龍馬があわや暗殺されてしまう!? と言うその時、主人公が龍馬を助けんと走り出した所で終わってしまった!

 果たして主人公は歴史を変え、龍馬を救えるのか!? それとも歴史には勝ち得ないのか!?


 ――そこで先週は終わった!

 酷い仕打ちだがそれがテレビドラマ!


 次回予告では血まみれで這い回る龍馬の姿や、咆哮する主人公の映像があった!

 救えなかったのか!? いやしかしどうなのだろうか、次回予告であそこまで露骨だと本編ではどんでん返しちゃうのではないか!?


 気になる! 見ればわかる! そういう事!


「死なないでくれ、龍馬さん……!」


 霊助はこのドラマの龍馬に心底いれこんでいた。

 龍馬がどうなるのか、どうなってしまうんだ。助かれこの馬鹿たれ。と言う心持ちである。


「……………………ん?」


 ここで霊助は違和感に気付く。

 画面中央の文字が消えても、画面は暗転したままだ。


「何だ……? どうして始まらないんだ……?」


 霊助は試しに早送りボタンを押してみる。

 画面端にタイムラインが表示された。時間は0:00から微動だにしない。


「故障……? そんな馬鹿な。二か月前に買ったばかりの新品ちゃんだぜ……?」


 有り得ない、霊助が眉を顰めたその時――タイムラインが時を刻み始めた。


「おう、何だよ……ちゃんと動くじゃあねぇか……びっくりさせやがって――ん?」


 しかし、やはりおかしい。

 暗転が明け、表示された画面は……古井戸だ。薄暗い林の中に佇む古井戸。

 テレビドラマの冒頭数十秒は、先週放送話のダイジェストが流れるのが鉄則のはず。


 だが何だこの古井戸の映像は。

 先週の放送話にこんなシーンは無かった。

 大体、雰囲気がチープ過ぎる。まるでホームビデオで撮影されたかのような低画質だ。


「どうなってんだ……? こいつはドラマの映像じゃあねぇぞ!?」


 理解不能! 霊助ががばっと立ち上がりわなわなと震える中――更なる異変が。


「ッ、な、なんだ……映像に変化が起きたぞ……古井戸の中だ。古井戸の中から何かが出てきて――」


 低画質過ぎて何が出てきたのか、認識するまでに少し時間がかかったのだろう。

 だが、ハッキリと霊助は理解した。


「【手】だ! 古井戸から【手】が出てきた! 線が細くて綺麗だしネイルはピンクに塗っているから、多分だけど若い女の手が、古井戸から出てきた!」


 …………………………。


「いや、そんな事は今はどうでも良いか」


 ふと冷静になった霊助。

 まぁ単純に再生する奴を間違えたかな、と判断した。

 そして録画一覧を開き直したのだ。


 古井戸の映像は消え、画面に録画一覧が表示される。


「んー? いや、間違ってねぇな……NEWマークが消えていやがる」


 選択している場所を示す▲アイコンはきっちり件のドラマの所にあるし、未再生の証であるNEWマークが消えている。先ほど再生したのは間違い無く、このドラマだ。


「……どういう事だ……」


 霊助の頬を、一筋の汗が伝う。

 イヤな予感がする。すごく。


 考えたくはない。そんな事。あってはならない、あって欲しくない。

 例えば自分の受験番号が1867だのに、合格発表掲示板には1866・1868と並んでいる光景を目の当たりにしているような、そんな感覚。

 足元が定まらない。汗が止まらない。呼吸が不安定になる。


「嘘だ……まさか……録画――失敗しているのか……?」


 現実を受け入れられない霊助はもう一度、再生ボタンを押した。

 映ったのはドラマの映像……では無かった。


 古井戸の中から女が這い出してこちらに向かってきている映像だった。

 女は髪がとても長く、死人のような白着物を着ていた。


「ダメだ……これ、違う……これはドラマじゃあねぇ……つまり、つまりそう言う事なのか……!」


 この古井戸から這い出して徐々に徐々にこちらへ近づいてくる女の映像が物語るひとつの事実!

 それは霊助に取ってあまりにも残酷な真実ッ!!



「録画は――失敗していた」



 終わった、ドラマも、何もかも。


 生気を失った霊助は、力無い所作で再度、録画一覧を開いた。

 そしてリモコンの赤ボタンを押し、項目の削除を選択。


 削除中のメッセージボックスが表示され、徐々に謎の古井戸映像が消去されていく。

 最中、何故かはわからないが衣を裂くような女性の悲鳴が室内に響いた。何やらとても苦しんでいる、断末魔の叫びかとも思えるような悲鳴だが……霊助はそんなものに構っていられる精神状態ではなかった。


 削除が完了すると同時に、女の悲鳴も絶えた。

 まぁ、どうでも良い事だ。


「……寝よう」


 明日なんてもう来なくて良い。


 そんなうつろな瞳で、霊助はつぶやいた。

 録画一覧を閉じると、テレビに映ったのは深夜ドラマの次回予告だった。

 霊助はチェックしていないドラマだ。これまたどうでもい――


『過去の放送分は冥界テレビ公式ビデオオンデマンドサービス、ハデスTVで配信中!』


「――!」


 テレビから聞こえてきた軽快な宣伝文句が、霊助の瞳に光を呼び戻した。


「そうだ……そうだ、そうだそうだそうだ!!」


 霊助はポケットからスマホを取り出した。焦り過ぎて落としかけるがどうにかキャッチ。

 スマホをたかたかと勢いよく操作して、あるサイトを開いた。


 それは――


「最速――見逃し配信……!」


 見逃し配信!


 昨今のテレビドラマは、放送終了後に即VOD――ネットでの動画配信サービスで有料公開される事が多い!

 世はまさに大VOD時代!


 霊助はすぐにクレジットカードを取り出し、有料会員登録を完了。

 検索枠にドラマの名前を打ち込んでサーチ。


「――……あった。あったよ、先生……龍馬さん……! 夜明けぜよ…! 絶望と言う夜は去ったぜよ…! うおおおおおお!!」


 こうして霊助は無事、ドラマの最終回を見る事ができたのだった。



 ちなみに龍馬さんは史実通り死んだ。



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