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「その……りんこ、話があるんだけど」
重たい口を開いて、俺は十年以上付き合いのある幼馴染にそう言った。
「あっくんが相談なんて珍しいね。何かあったの?」
何食わぬ顔で、りんこは返す。
演技しているような雰囲気は一切感じない。
俺はほわほわした幼馴染の意外すぎる器用さに安堵する。
これなら俺が『お前よりも妹の方が好き』と宣言しても、りんこはこの言葉の意図、雫が何をしたいかを察して、適切な対応をとってくれるだろう。
「その……あの……」
「ふふっ、なんでも相談してよ。私、あっくんのことならなんでもわかるんだから」
りんこの瞳を見つめる。
どんなセリフ、状況でも、完璧に対応して、その上をいく。
頼りになりすぎる幼馴染の瞳は、そう語っているような気がした。
これから俺がりんこに告げるセリフは、俺の人生史上最も威力の高い爆弾発言。
でも、賢すぎる幼馴染なら、催眠術という要素までは見抜けなくても、今の行動はなんらかの制約により雫に強制されている行動。と、導き出してくれるはず。
そして、雫も俺もりんこも全員が傷つかずに丸くおさまる最適解を出してくれる……!
十年以上付き合いのある幼馴染に、意を決して、俺は告げた。
「実は、妹が好きなんだ」
「………………へっ?」
「りんこ、俺はお前より、雫の方が好きなんだ!」
イヤホンについているマイクに確実に音声が入るよう、少し大きめな声でそう言った。
普段なら、俺は絶対にこんなセリフは言わない。
言わずもがな雫に催眠術という名の強制命令を下されているからだ。
筆談で情報は送った。お前ならたやすく今の状況を理解できるはずだ……!
頼んだぞ……りんこ……!
俺は半ば勝利を確信して、りんこの方へ視線をおくる。
「へ、へぇ、そ、そそそそそ、そうなんだ、わ、私より義妹を選ぶんだぁ〜……うぅっ……!」
ちょっとまってめちゃくちゃ動揺してるんですけどっっ!!!
りんこは涙目になりながら、コーヒーに角砂糖をぼたぼたと投入していた。
さっきの理知溢れる自信満々なオーラはどこにいったんだ……!? すべて手のひらの上だって感じの堂々とした振る舞いはどこにいったんだ……!?
もしかしたら、俺のセリフにあの賢いりんこが冷静さを失ってしまうくらいの何かがあったのかもしれない……!
普通に考えれば、仲の良い幼馴染が突然シスコン宣言すればショックを受けるに決まっている。
何度も言うように、雫は大切な家族だけど異性としてどうこうしたいという気持ちはない! ……たぶん!
「あっくんは……やっぱり幼馴染より義妹を選ぶんだ……」
「い、いや、落ち着けりんこ! とりあえずコーヒーに砂糖を入れるのやめような! コーヒーしゃびしゃびになってるから!」
「落ち着いていられないよ! あっくんの変態! シスコン! ラノベ主人公!」
まずい……! 俺の幼馴染は完全に我を忘れている……!
「おいりんこ! 今言ったことは——」
りんこを諭そうとした途端、イヤホンから『は?』と冷たい声が聞こえた。
くっそぉ〜通話繋げてるんだったぁ〜っ!
雫の視線を切りつつうまく体を動かしつつ、りんこのメモにボールペンを走らせる。
『りんこ落ち着け! 俺は雫にさっきのセリフを言わされているんだ!』
涙目になっていた幼馴染は、俺が書いた汚いメモを見つめる。
『ほんと?』
走り書きだけど、相変わらず綺麗な字。
俺はその文字に、首を小さく縦に振って答えた。
するとりんこは、涙を拭き、大きく深呼吸をして、椅子に座り直す。
「そういうこと言わせられるまでの状況をつくったんだね。……少しびっくりしちゃった」
聞き取れるかどうかの、本当に小さな声。
「えっ……?」
一瞬見せたりんこの表情は、今まで見たことないくらい鋭かった。
「ねぇあっくん」
「ど、どうしたりんこ」
「あっくんって、本当に雫ちゃんのことが好きなの?」
「……も、もちろんだぜ! 俺は妹を愛しているからな!」
雫に聞かれている手前、俺はそう答えるしかない。
背後から「ふにゃぁ〜っ!」と、猫がマタタビに酔ったような声が聞こえたけど今は聞こえないフリをしておこう。
「一体どんな魔法を使ったんだろうね、羨ましいなぁ」
「魔法……?」
「ううん、こっちの話」
「そ、そうか……」
甘すぎるはずのコーヒーを顔色変えず飲みつつ、幼馴染は鋭い視線をこちらに向けて、呟く。
「そーかそーか。ここまで進展させられちゃったか。なら、こうして牽制し合っている意味もないね」
ガタリと音を立てて立ち上がるりんこ。
「お、おい! どこ行くんだよ!」
「聞きにいくの。勝ち目なしのツンデレ義妹が、どんな魔法を使ったのかを」
りんこが向かう先は、パーカーのフードを深くかぶり、こちらの様子をうかがっていた俺の妹。
雫の元だった。
「こんにちは、雫ちゃん。こんなところで会うなんて奇遇だね」
「っ……!」
会合してしまう幼馴染と義妹。
「なんで私がここにいるってわかったの……?」
「あれ? まさかそんなわかりやすい場所にいて、尾行に成功したと思ってたの? ……雫ちゃん、相変わらず頭弱くてかわいいね」
雫を煽るりんこ。彼女の声音は優しいものだったけれど、彼女の纏う雰囲気は、俺でも感じたことがないくらい怒気を孕んだものだった。
「……地味女、アンタがいくらイキがろうと、もうお兄ちゃんは私のモノなの。わかったでしょ? さっさと消えなさい!」
負けじと応戦する雫だが、若干気圧されている。
尾行がバレていたのがショックだったのだろう。
その反応を見てか、りんこはさらに続ける。
「ねぇ雫ちゃん」
「……」
「あっくんの気持ちって本物?」
「……っ!」
確信を突く一言に、雫の表情があからさまに歪む。
「その反応、やっぱり無理やりなんだね。どんな魔法を使ったのかは知らないけど、素直になれないからって無理やりは良くないよ?」
「……アンタに何が分かるのよ……私の何が分かるのよ……っ!」
攻めるりんこに、狼狽る雫。
雫のセリフに、俺は心当たりがあった。
遠い過去、同じようなセリフを彼女は言ったことがあったのだ。
それでも俺は、催眠術をかけられている手前、どうしていいかと分からず、ただ見ていることしかできなかった。
「分からないよ。自分の想いも伝えられない臆病者の考えなんて」
今、確実にりんこは怒っている。
終始優しかった声音は、冷たく平坦になる。
「まぁいいんじゃない、一生偽物で満足してれば。けどそのやり方じゃ必ずいつか破綻する。破綻して、何もかもが壊れたとき、はたしてあっくんの側にいるのはアナタと私、一体どっちかな? ……結果が楽しみだね」
綺麗な笑顔。
けれどその裏側には、猛毒が仕込んである。
嘘を殺す、猛毒が。
「偽物なんかじゃない……」
「偽物だよ。まごうことなき偽物。醜い嘘だと言ってもいいね」
「っ……!」
「ごめんねひどい言い方して。でも私も怒ってるんだよ。大事なものを傷つけられたんだから。雫ちゃんだって、私と同じ立場ならきっとそうするよね……?」
反論できない。できるはずもない。
りんこは的確にえぐる。雫の急所を。
「……クソ兄貴、こっちに来なさい」
猛毒に犯された俺の妹は、下をうつむいたまま、俺に命令した。
「行ってあげなよあっくん。何かは分からないけど、そういうルールなんでしょ?」
すべてを悟ったように、りんこは俺の移動を促す。
どの道、催眠術にかかったフリをしている俺は、雫の言葉に抗えない。
命令通り、雫の側に向かう。
「……どうした、雫……?」
肩を震わせる妹は、俺の肩を引き寄せ、耳元で呟く。
「どうせ忘れるだろうけど、一応、謝っとくね。……ごめんなさい」
目尻に涙を溜めて、瞳の奥が黒く染まっている。
世界一美しい人形だと言われても、全く疑わず信じてしまうくらいに整った顔立ち。
そこにはめられている宝石のような瞳を見つめていると、唇に、なにやら柔らかな感触が伝わった
「何やってんの……っ!?」
りんこの怒気をはらんだ声に、すぐさま冷静になる。
俺の視界に映るのは。
閉じられた瞳。
長い睫毛。
赤く染まる頬。
「っ!」
雫は、賑わう喫茶店のど真ん中で、俺と唇を重ねていた。
雫の過去に、りんこの過去。またふれる機会があると思います。
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