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屋上前、階段の踊り場。
そんな薄暗く埃っぽい場所で、俺は雫に胸ぐらを掴まれていた。
「いい、この五円玉を見つめるのよ。目をそらしたらグーだから」
五円玉に結んだ糸をギュッと握ってグーをつくる義妹。
みぞおちにグーをえぐりこまれるのは望むところではない。
けれど、学校で雫に催眠術をかけられるのはリスクが高過ぎる。何を命令されるかわからない。
社会的に死ぬ前に、どうにかして回避しなければ……っ!
「……雫、悪いけど俺トイレ行きたくてさぁ。正直あと十秒もしたら漏れるレベル。だからちょっとここで待っててくれない?」
生理現象を言い訳にしてお茶を濁す大作戦を俺は敢行する。
流石の雫も、トイレを我慢しろという非人道的なわがままは言わないだろう。
もちろんトイレに行った後、ここには戻らない。そのままフェードアウトする算段だ。
家に帰った時が死ぬほど怖いけど、学校で催眠術をかけられるよりはマシなはず。
しかし。
「嘘ね」
雫は秒で俺の嘘を看破する。
「う、嘘じゃないって……!」
「嘘じゃないなら、なんで目をそらすの?」
「うっ!」
「アンタ、嘘つく時いつも目をそらすわよね。ついでに鼻もかく癖あるし」
「な、何故それをッ!」
流石は義妹……! 幼馴染のりんこしか知らないような癖を完璧に把握してやがる……!
「ほら、いいなら見なさいよっ!」
「ほがっ!」
雫お得意のアイアンクローを決められて、俺は揺れる五円玉を見せられる。
ゆらゆら揺れる五円玉。
しかし、俺にもう催眠術は効かない。
昨晩、何故かはわからないけれど『私のことをこれ以上ないくらい大好きになりなさい』という雫の暗示が失敗に終わったからだ。
雫が言っていたルール通りなら、一度失敗すれば催眠術は二度と効かなくなる。
「体の力が抜けてきて……貴方は私の言いなりになる……妹が一番大好きなお兄ちゃんになる……」
雫の暗示が始まるが、昨日のように意識が朦朧としたりはしない。
……やはり俺には催眠術に耐性ができているようだ。
「これで第一段階は終了……ふふっ……次は命令ね……」
でも、問題なのは催眠術にかからないことじゃない。
正気を保ったまま、義妹の催眠術にかかったフリをしなければいけないと言うことなのだ……!
雫は俺の拘束を解き、妖艶な笑みを浮かべて、じりじりとにじり寄ってくる。
「っ!」
背中が壁についた。
雫の細くて柔らかそうな脚が、俺の股の間に差し込まれる。これじゃ身動きがとれない……!
「それじゃあ最初は……」
耳元で、吐息まじりに暗示をかけようとする義妹。え、えろい……っ!
その色っぽい声に思わず息子が反応しそうになった?
だ、だめだ! 雫は大切な妹だぞ!!
俺は正気を取り戻す為、今現在の感情と対極の感情を発生させるであろう禁断の肢体を想像する。
そう、母親の裸だ。
「うぉぇっ……っ!」
「ど、どうしたの? 大丈夫?」
「……お、おう、なんでもない……」
あまりの不快感に意識が消し飛びそうになったが、妹に抱いていたえっちな気持ちは吹き飛んだ。
ありがとう母さん。母さんはいつも俺を助けてくれるね。それとついでなんだけど、その年でTバックは流石に無理があるので履くのをやめて欲しい。
洗濯を担当する息子の気持ちを少しは考えなさい。
「なら、催眠を続けるわよ……」
雫は脚を俺の股の間に滑らせ、次に両手で肩をギュッと拘束し、最後に耳元に口をあててこう呟く。
「わ、私に壁ドンしなさい……」
「えっ……?」
「ちょっと乱暴に壁ドンしろって言ってるの……! ……セリフは『あんな地味な女より、お前みたいな刺激的な女の方が俺は好きだ。食べちゃいたいくらいにな』よ……!」
で、でたー! 雫のくっそ恥ずかしいシチュエーション指定ーっ!
しかも今回も例に漏れずドM指定!
お兄ちゃんもうどうしていいかわっかんねぇよっ!
「ほ、ほら……今回は初めからちゃんと説明したでしょ……だ、だから早くしなさい……!」
少し涙目になりながら、おねだりする義妹。
俺に催眠術をかけた途端、すこし気弱になるのはドMの仕様なのか……?
人生二度目の催眠術かかったフリ、それと義妹の痛すぎるセリフにしどろもどろしていると、雫の膝が俺の股間をそっと撫でる。
「催眠術、ちゃんとかかってるわよね……?」
ゾッとした。
雫の膝が、少しでも上がれば、俺の息子にあたる。
男性諸君は知っていると思うが、女の子は息子に対する攻撃に関しての加減を知らない。
理由は簡単、女の子には息子がないからだ。
いくらうちの傍若無人義妹でも、俺に暴力を振るうときはある程度加減している。まぁ普通に痛いけど……。
そのある程度加減された力だとしても、息子に膝蹴りされたら、確実に死ぬ。泡を吹いて死ぬ。
息子を人質にとられた今、選択肢は義妹の催眠にかかったフリをするという一択にしぼられた……っ!
「おい雫」
強引に雫の拘束を解いて、彼女と体を反転させた。
「きゃっ!」
そして、勢いよく右手を壁に叩きつける。
「あんな地味な女より、お前みたいな刺激的な女の方が俺は好きだ。食べちゃいたいくらいにな」
うわぁぁぁあああ!! 死にてぇぇぇええええええ!!
まごうことなき壁ドン。俺はそれを、義妹にしてしまった。くっそ恥ずかしいセリフ付きで。
しかしながら、息子の為を思い一切妥協のない演技をした。
これで雫も満足するだろう……っ!
「……そ、そんな、私たちは兄妹よ……! こんなのダメに決まってる……!」
いやこの茶番を継続するんかーい!
あとお前が指定したシチュエーションなのになんでいつも乗り気じゃない雰囲気を装うんだよ! どんだけ強引に迫られたいんだよ!
首筋に玉のような汗を浮かべ、雫はトロンとした瞳で俺を見つめる。
依然、息子は雫の膝蹴りの射程範囲。ここは流れに乗るしかない……っ!
喉を鳴らして、なるべく低い声をつくる。
「兄妹の関係なんて、今はどうだっていいだろ? ここには俺とお前しかいない、二匹のオスとメスしかいないんだ」
うわぁぁぁあああ!! なぁぁにが二匹のオスとメスだよぉおおおおお!! くそがああ!!! 恥ずかしすぎる死にてぇぇぇええええええ!!
女性読者が好きそうなセリフをラブコメ作家脳をフル活用して紡ぎ出した代償に、俺の心に黒歴史という名の深刻なダメージを残した。
いや待てよ……!
むしろこんな作り物っぽいダッサイセリフじゃ雫に演技だと見破られるんじゃないのか!?
まずいミスった! 流石の雫も、こんなセリフで喜ぶほど脳内お花畑じゃないはずだ!!
慌てて雫の様子を伺う。
「お……おにぃちゃん……いっぱいすきぃ……」
妹がセンス無くてよかったぁぁぁあああ! いやめちゃくちゃ刺さってたわぁぁぁっ! これ以上ないくらいトキめいてたわぁぁぁっ!!!
ぽふんと、俺の胸に飛び込む雫。
「わたし……やっぱりお兄ちゃんをとられたくない……。あんな地味女なんかに、渡したくない……っ!」
「……っ!」
地味女って、りんこのことだよな?
アイツとはただの友達だし、別にとられるとか、そういうのないと思うけど……。
そんな俺の思いとは裏腹に、催眠かけて安心しきっている脳内甘々義妹は、とんでもない命令を出す。
「……今日の放課後、あの地味子を呼び出して、それで私のことが大好きって告白してきて」
「……は?」
「あの勘違い幼馴染に現実を教えてあげるのよ。出来るわよね……? 安心して、私もこっそり見に行くから」
俺の股間の先には、雫の小さくて硬そうな膝。
「も、もちろんさ、可愛い妹の為だからな……」
「……やっ、やった! ……あっ! べ、別に当然よね! ほんとアンタは私のことが好きすぎるんだから! まったくこのシスコンにも困ったものだわ!」
俺の返答に一瞬デレつつも、すぐさま自分の属性を思い出したのかツンツンし始める雫。
そんな可愛いらしい彼女の反応を視界の端に捉えつつ、俺は人生初の修羅場というやつに胃を痛めまくっていた。
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……日間1位のお祝いに評価ブクマ、コメントくれてもいいんだからねっ!(土下座)




