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小さな竹林を、暖かな光がライトアップしている。
個室に備え付けられた本格的なヒノキ風呂。
温泉の独特の香りに、厳かな庭園、そして空に散らばる美しい星々。
「でも、そんな綺麗なものたちも、お前がいることによってかすんでしまうよ。雫」
「お、お兄ちゃんっ……じろじろ見ないでよぉ……」
あれから多少の押し問答はあったものの、俺は雫を湯船に浸からせることに成功していた。
生まれたままの姿の雫。
恥ずかしそうに頬染めて、髪を濡らす雫の姿。
湯船に肩まで浸かっている為ボディラインは見えないが、雫が裸でお風呂に入っているという事実だけで日本中のご飯を食べ尽くせるほどだった。
「は、恥ずかしいよ……」
湯船の端にあった白いタオルに手を伸ばす雫。
「馬鹿者! 湯船にタオルをつける気か!」
「だ、だってお兄ちゃんおっぱい見ようとしてくるんだもん!」
「おっぱいくらい見て何が悪い! 俺たちは両思いなんだぞ! キスだってしたんだぞ! おっぱいくらい見てとやかく言われる筋合いはない! むしろ見せろッ!」
「吉沢さんチョコレート(調理酒入り)効きすぎてるって……ッ!」
俺は雫を凝視しながら、スマホ(防水)を鬼のような速さでタップ打ちしていく。
この可愛さをあますことなく後世に伝えることが俺の生きる使命とさえ思えてくる。
「し、雫、死ぬほど可愛いぞ。可愛いしエロいぞ……っ!」
「ば、ばかっ! もう限界!」
雫は俺の忠告を聞かず、湯船にタオルをつけて体を隠した。
「おい……何してんだお前……」
「ひぃっ!」
思わず低い声が出てしまう。
俺の鬼のような形相を見て、怯える雫。
たとえ世界で一番愛おしい雫だとしても、俺の雫をしか……もとい愛しむ時間を邪魔することは許せない。
「お兄ちゃんに逆らったな?」
「べ、別にそんなつもりじゃ……」
「おイタをしてしまう俺のかわいい妹には、お仕置きしないとな……」
「お、お仕置き……っ」
唾を飲み込む雫。
俺はその期待に満ちた視線を見逃さない。
「お仕置きだというのに期待をしてしまうなんて、本当にエッチな子だな、雫は」
「き、期待なんてしてないもん!」
「催眠術を俺にかけて、ドSを演じさせたことがあったよな? ん? 忘れたとは言わせないぞ」
「わ、私を辱めても無駄なんだから!」
「お兄ちゃん知ってるんだぞ。雫は本当はいじめられるのが大好きなエッチな妹だってな……っ!」
「ひゃぁん! らめぇっ!」
俺雫のタオルを剥ぎ取り、それと同時に手首を掴み立ち上がらせる。
引っ張った時思いの外軽くて、雫が自分から立ち上がったような気がするのは、きっと気のせいだろう。
「っ!」
息を飲む。
淡いライトに照らされた魅惑の肢体。
スラリとしているのに女の子特有の柔らかさを宿しているような、そんな矛盾ボディ。
雫は片手で隠そうとしているけれど、所詮は片手。
どうしたってはみ出してしまう。
俺はその光景を網膜に焼き写し、そして指を拘束回転させ、画面も見ずに文章をスマホに打ち込む。
「そ、想像以上に最高だッ! こんなあっていいのかこの世界にッ!」
「お、おっぱい見ないでぇ……っ!」
「安心しろ雫、とっても可愛いぞ! 可愛いを通り越してもはや別の語句を作りたいくらいだ!」
片手での拘束にも関わらず、雫は逃げ出そうとしない。
その理由は定かではないけれど、僥倖。
とにかく書き記さねば。
この美しさを。
「こ、この可愛さやエロスを表現するにはこんなクソみてぇな文章じゃダメだ! もっと、もっとできる! 限界を超えられる!」
「そ……そんなにかわいい?」
「可愛いに決まってんだろしまいにゃキレるぞ!」
「ご、ごめんなさい!」
文字をタップする親指が摩擦により発火しそうだけれど、構うものか!
俺はもうすでに愛という灼熱の炎に心を焼かれ、文字通り恋焦がれているのだ。
「あーくそ! もっと可愛く描きたいのに! 一体どうすればいいんだ! 俺の文章力じゃ、世界一可愛い俺の妹を表現しきれない! おい雫!」
「ひゃっ! ひゃい!」
「お前可愛いすぎるんだよ! どうやったらそんなに可愛くいられるんだよ! 犯罪だぞ! お前は放火魔だ! 俺を恋焦がす魅惑の放火魔だ! お前みたいな可愛い妹はこうしてやる!」
裸のままの雫を思いっきり抱きしめる。
こうしないともう心がどうにかなりそうだった。
「俺と一緒に燃え尽きようぜ……っ」
「ら、らめだよお兄ちゃんっ! わたしたち、兄妹だよっ!」
「そんなこと、俺たちの燃え上がるような愛の前では些細な問題だ」
「で、でも……っ」
「お前はお兄ちゃんだけ信じていればいいんだ。それ以外のことなんて気にする必要はない」
そう言って、痛いくらいに抱きしめる。
「わ、我が生涯に一片の悔いなし……ドSお兄ちゃんさいこぉっ……!」
小さな声でそういう雫。
俺は耳はめちゃくちゃいい方なのでバッチリ聞き取ってしまった。
まったくリアクションまで可愛いとは本当にとどまるところを知らない。
「……お兄ちゃんは、その、私に欲情すればするほど、良い文章がかけるの?」
「まぁそういうことだ。現に催眠義妹の二話目は一話目をはるかに超える勢いでエロ可愛くなっているしな」
スマホ画面を雫に見せる、その際も、俺の親指は止まらない。
「スマホを見ずによく改稿作業できるね……親指の動きが早すぎて残像が見えてるよ……」
「これもひとえに愛ゆえに」
「きゅんっ!」
裸の雫を抱きしめ、そしてそのまま瞳を見つめて、片手で小説を書き続ける。
薄い浴衣越しに、柔らかな肢体の感触を享受しながら、それを描写することも忘れない。
しばらくそうしていると。
「お兄ちゃん……さ、さむくなってきちゃったよ」
「ぐっ! そうか、それは悪いことをした。いくら雫の裸の感触を堪能したかったとはいえ、お前の健康が害されることがあってはならないからな、ここは奥歯を噛み締めて砕く勢いで悔しいけれど、引き下がろう。ゆっくり湯船に浸かるといい」
抱きしめた腕を離そうとすると、雫は逆に抱きしめ返してくる。
「し、雫!? 何を!」
「な、なら……お兄ちゃんも一緒にお風呂入ろうよ」
瞬間ッ!
戦慄ッ!
「そんなことが許されるのか……?」
あまりに意識外の提案。
俺は雫を神格化するあまり、同じ舞台で温泉を楽しむというシンプルな答えにさえ辿り着けなかったのだ。
「許されるよ……だって、取材だし……その、好き同士だもん」
火照った頬で、恥ずかしそうにそういう雫。
「あまりの可愛さに世界各国が雫を取り合って戦争をはじめないか心配になるほどだった。しかし、たとえ戦争になったとしても、国が相手だとしても、俺は雫を誰にも渡さない。その覚悟はあった」
「お、お兄ちゃん! 独白が声に出てるよ!」
「おっと失礼。雫があまりにとエッチ可愛かったのでつい漏れてしまったようだ」
そういうと、雫はうつむく。
「えっち可愛くないもん……お、お兄ちゃんが好きなだけだもん」
「そうか、俺も大好きだぞ。性的な意味で食べちゃいたいくらいにな」
「恥ずかしいセリフにもまっまく怯まないお兄ちゃん最高すぎるよぉっ……!」
雫に入浴許可を出してもらったことだし、俺も生まれたままの姿になる必要があるな。
俺は浴衣を脱ぎ捨てた。
「ちょっと! 前隠してよ!」
雫は目を手で覆う。
しかし指の間からはしっかりと可愛らしいお目目がふたつのぞいていた。
「どう隠せばいいというのだ! こんなにも可愛い妹の前で!」
「うぅ……っ! なんで催眠術をかけた時よりも積極的なのよ……」
俺は軽く体を洗ったあと、雫の隣にゆっくりと浸かる。
湯船からお湯が溢れる。
少し熱いけれど、心地よい温もりが全身を包み込んだ。
お互い裸。タオルのような無粋なものは身に付けていない。
けれど雫は、手で胸やら何やらを隠している。
これは流石に兄として看過できない問題だ。
「雫、手を退けてくれよ。じゃないとおっぱいが見えないだろ?」
「見えちゃだめだから隠してるの!」
「見えなきゃ取材にならないだろうが!」
「そ、そうだけど」
「お兄ちゃんのために頑張るって言ったよな? 恥ずかしくても頑張るって言ったよな? あ?」
「理性飛びすぎだよぉっ……!」
「理性が飛んだってかまわない! 俺はいつも雫のおっぱいを見たいと思っている! 正直な!」
「正直者すぎだよぉっ!」
今はなぜか理性がないけれど、俺は常日頃から雫のおっぱいを見たいと思っている。
好きな女の子のおっぱいを見たいと思うのは至極当然のことだろう。
「ど、どうしても、見たいの……?」
「あぁ。見たい」
「返事が男らしすぎるよ……!」
雫は、ゆっくりと手を動かす。
「うぅっ……」
お湯は無色透明。
邪魔な湯気なんてものはない。
雫が手をどかせば、まだ誰も到達したことのない未開の地が晒されることになるのだ。
濡れた髪。
恥ずかしそうに潤む瞳。
柔らかそうな頬。
整いすぎて逆に怖い印象さえ受けそうな顔立ち。
あまりにも美しすぎる。
そんな義妹が、今まさに、手をどかして自ら胸を俺に見せようとしている。
脳内は最高潮に盛り上がり、執筆速度は光の速さを越えようとしていた。
「雫……」
「な、何? お兄ちゃん」
「最高に可愛いぞ……ぶふっ!」
「お、お兄ちゃんッ!?」
視界が赤く染まる。
俺は知恵熱と熱めの温泉によってのぼせ上がり、そして気絶した。
***
カーテンの隙間から、朝焼けの光が溢れる。
鳥のさえずりと、風の音で、俺は目を覚ました。
「ぅう……あ、頭が痛い……」
時計を探すけれど見当たらない。
「今何時だ……確か俺は昨日、雫に改めて取材しようとしてそれで……っ」
柔らかいベッドから下りようと、体を起こす為背後に手を伸ばした。
すると。
「んぅっ……」
何やら柔らかいものに手が当たる。
振り向くと、羽毛布団を大事そうに抱き抱え、天使のような可愛らしい寝顔をした、雫がいた。
そしてその控えめな胸に、俺の左手が添えられている。
「ってえぇっ!?」
すぐさま左手を離す。
幸い、雫は目を覚ましていない。
「はぁ……」
雫にブチギレられる展開を回避したのはいいけれど、いつの間に夜が開けたのかもわからないし、雫と一緒に寝ていたという俺人生史上五本の指に入るであろうビッグイベントでさえ思い出せず、いまいち状況が掴めない。
俺は確か昨晩、雫に取材をして、さらにキャラクターの造形を深めようとして……それで……っ。
「だめだ……まったく思い出せない」
とりあえず頭痛がひどいので、水でも飲みたい。
それで雫が起きる前にゆっくりと状況を整理すれば良い。
何故か力が入らない足を無理やり立たせて、俺は備え付けの冷蔵庫へと向かう。
その道中。
部屋中央に置かれている机。
その上に置いてあるノートパソコンとスマホに視線が奪われる。
ノートパソコンは起動したままで、メッセージが表示されていた。
遠目でもわかる。差し出し人のアイコンは吉沢さんだ。
『二話目から五話目のキャラクターの描写の改稿作業。確認しました。かなり文章は荒いですけど、驚くほど良くなっていると思います。細かい誤字脱字は修正して、小説投稿サイトに二話目と三話目を投稿しております。おつかれ様でした。とりあえず今日はゆっくりおやすみください』
「きゃ、キャラクター描写の改稿作業……? そんなの俺……」
していない。
そう呟こうとしたけれど、おかしなことにその記憶だけははっきりと残っている。
キャラクター造形。言動。動き。話の大筋は変えていないけれど、キャラに関しての細かい部分を俺は変えた。
文章が湯水……そう、まさに湧き上がる温泉のように溢れ、そしてそれを既存の原稿にぶつけたのだ。
俺はノートパソコンに表示されている原稿を読み込む。
細部に至るまで、思い出せる。
俺は世界で一番可愛い女の子をモデルに、一ノ瀬沫に関する描写すべてを改稿した。
「なんだこれ……俺、こんなの描けたのかよ……」
原稿を流し見するだけでもわかる。
自分で言うのもなんだけど、キャラクターの魅力が底上げされ、作品としての完成度が驚くほど大きく向上している。
原稿を閉じると、web小説投稿サイト、そのランキングページが表示される。
「っ!」
目を疑う。
俺は弾けるように立ち上がり、雫の元へ駆け寄った。
「し、雫! 起きてくれ!」
「……んぅ、おにぃちゃぁん、そんなおっきぃのはいらないよぉ……」
「どんな夢見てんだよ!」
際どいセリフを吐く雫。夢の内容を言及したいところではあるけれど、今はそんなことをしている場合ではない。
文字通り奇跡が起きたのだ。
一人じゃ絶対に成し遂げられなかった。奇跡が。
俺は雫を大きくゆする。
しばらくして、雫の大きな二重の瞳が、ゆっくりと開いた。
「くぁ……っ」
寝起きな義妹は、まだ完全には覚醒していないようで、猫のように伸びをしたあと、かわいらしく小さなあくびをした。
「雫! これ見てくれ!」
「んぅ?」
未だ寝ぼけている雫に、俺はノートパソコンを抱き抱え、奇跡が表示されているウィンドウを見せる。
日間ランキング一位
『毎日死ね死ね言ってくる義妹が、俺が寝ている隙に催眠術で惚れさせようとしてくるんですけど……!』 作者 市野青人
「えっ、か……勝ってる……」
「あぁ、そうだよ! まだ勝負は決まっていないけど、りんこの作品に勝ってる! 俺のヒロインがまだ今日限定だけど、一位なんだよ!」
催眠義妹の下には、りんこの作品が五つ並んでいた。
どれもこれもが高ポイントで、アクセス数も圧倒的。
しかし、それを抑えて。
俺が書いた催眠義妹は、国内最大のweb小説サイト、そのランキング一位に君臨したのだ。
「す、すごい! すごいよお兄ちゃん!」
「わっ! ちょっ!」
俺の胸に飛び込んでくる雫。
柔らかいベッドの上に二人で倒れ込んだ。
甘い香りが鼻腔をくすぐる。
少し気恥ずかしいけど、俺はそっと腕を回して、雫を抱きしめた。
「俺は……何も凄くないすごいのはお前だよ」
ただ書いただけなのだ。
ありのままを、見たままを、書いただけなのだ。
市ヶ谷雫という、俺にとって最高のヒロインを、俺は文章に出力しただけ。
たったそれだけのことなのだ。
そしてまだ、俺の表現は、追いついていない。
カタイモで描いたシズカよりも、催眠義妹で描いた一ノ瀬沫よりも。
この世界にいるどんなヒロインよりも。
俺の腕の中で嬉しそうに笑う、市ヶ谷雫の方が可愛いのだから。
「雫……やっぱりお前は、世界で一番可愛いヒロインだよ」
そう告げると、世界で一番可愛い催眠義妹は、ぽっ、と顔を赤くして。
恥ずかしそうに、笑った。
とりあえず一区切りです……!
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