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 午前九時。駅前。

 まだ朝だというのに、駅前は人混みでごった返していた。

 俺はソワソワしながら、服の襟や裾を直す。

 昨日いそいで買いに行った新品の服だ。

 着替えに関しても、すべて新品を買い揃えた。

 俺にはファッションセンスなんて皆無なので、ネットで女の子に嫌われない無難な服装を調べ上げ、そして念入りチェックし、購入した。

 いつもなら服になんてこだわらないんだけど、この旅行は特別。

 はじめて雫と二人で行く旅行なのだ。


「うぅ……」


 新しく買った服の嗅ぎなれない匂いが、さらに緊張を助長させる。

 俺はスマホのホーム画面をいったりきたりして時間を潰していると、カツカツと、小気味良く地面を叩く、ヒールの音が聞こえた。


「おまたせ」


 膝下丈の黒のヘムスカート、淡い桜色のカーディガン。

 白い小さなポーチを肩にかけて、薄めのメイクをした雫が、30分早く待ち合わせ場所にやってくる。


「お、おう。俺も今来たとこ、だから」


 ベタな返事を返す。

 それを聞いて、雫は少しだけ顔を赤くした。


「その、ちょっとこっちきて!」

「え、あ、はい!」


 手を握られる。

 や、やわらけぇ!

 高そうな香水の匂いと、雫の手の柔らかさにモニョモニョしていると、人気のない路地裏に連れ込まれる。


「じゃあ、さっそくだけど……これ見て」


 何度見たかわからない。赤い糸で吊るされた五円玉。


「えっと……その……」


 雫は耳まで真っ赤にして、これからかける催眠術の内容を口にする。


「今日は、その……か、カップルだから!」

「へ?」

「私たちは、兄妹だけど、か、カップルなの! わかった!?」


 緊張のせいか声が上ずっている。

 これも吉沢さんにアドバイスされた結果の催眠術なのだろう。

 催眠術にはかかっていないとわかっているにもかかわらず、正気を失ったフリをして、雫とカップルを演じなければならない。


「わ、わかった。じゃあその……」


 俺は雫の気持ちを知っているし、雫も俺の気持ちを知っている。

 それに、これ以上に恥ずかしいシチュエーションなんてもう幾度となく経験してきた。

 ここまでくれば、自分の欲望に素直になるしかねぇ!


「手を……繋がないか?」

「ふぇっ?」

「え、あ! こ、恋人なら! 手を繋いでた方がいいかなって、お、思って!」


 やっべぇめちゃくちゃどもってしまった!

 さ、さすがにキモすぎたか……!

 雫は俺のどもりボイス(甲高い)を聞いて、少し後ろを振り向いた後。


「……いいよ」


 可愛らしい手を、俺の方へ差し出す。


「あ、ありがとう」


 肌がきめ細かくて、指の一本一本が細くて、爪の先まで傷ひとつない。

 俺はそんな義妹の手を握った。


「っ!」


 恋人繋ぎで。


「んっ、ちょっ、これ」

「カップルなんだろ! そ、そういう催眠なんだろ!」

「そ、そうだけど……! ……汗かいたら、ごめんね」


 眉を八の字にして、申し訳なさそうにそういう雫。

 耳はこれでもかというほど真っ赤になっていた。

 以前の雫なら、恋人繋ぎで手を握ろうものなら、プロレス技で関節を決められるか、ドリルで腹に風穴を開けられそうになるか、そんなリアクションをとりそうなものだけど、いろいろな経験を経て、かなり素直になったような気がする。

 やばい。雫に催眠術にかかったフリがばれて、全然話せなくなっていた反動からか、自分でもびっくりするくらい恥ずかしいことを要求してしまう。

 恋人繋ぎで手を繋いで、駅前を歩く。


「おい、あの子すっげぇ美人じゃね?」

「やっべクッソ可愛いじゃん!」


 人混みの多い駅前、しかも夏休みの日曜日。

 学生やら若者やらが雫の類稀なる容姿に反応しない方がおかしかった。


「あ~でも彼氏もちじゃね? 手繋いでるし」

「えっ、でも彼氏そんなにイケてないし、俺らでもワンチャン……」


 そんな声が聞こえた瞬間、雫と手を繋いでいた左腕が、少し強めに引っ張られる。


「……もっと、くっついてよ。……とられてもいいの?」


 上目遣い。

 少し申し訳なさそうに、雫はそう言った。


「っ!」


 かわいい……っ! かわいいがすぎる!

 なんだこの世界一可愛い義妹は!

 頭おかしいぐらい可愛いんだけど!

 いつもはツンツンしてた反面、しおらしくなった時のかわいさたるや半端ねぇ!

 あまりの高低差に気圧で鼓膜爆発しそうなんだけど!

 こんなかわいい義妹、誰にもわたさねぇぞ!

 たとえ世界を敵に回しても!


「ちょっと、お、お兄ちゃん!」

「ど、どうした雫……?」

「こ……声にでてた……っ」

「へ?」


 雫に反応していた男どもは、皆同様に引き攣った笑みを浮かべていた。

 俺はどうやら、脳内で雫かわいいと叫んだつもりが、声にだしてしまっていたらしい。

 恥ずかしさのあまり脳みそが茹で上がる。


「し、雫! お兄ちゃんにつかまれ!」

「ちょっ! ひゃっ!」


 雫の膝裏をすくいあげて、いわゆるお姫様だっこの体勢をとる。

 そしてそのまま全力疾走で駅前を駆け抜けた。

 一刻も早くこの場を立ち去らねば、恥ずかしさのあまり死んでしまいそうだった。


「雫! 目的地はどこだ!」

「え、駅の中、新幹線乗り場!」

「わかった! つかまってろよ!」

「う、うんっ」


 俺はそのまま雫をお姫様だっこし、駅構内を早足で駆け抜ける。

 通り過ぎる人々の視線が、何故か俺たちに突き刺さる。


「おかしいぞ……! 駅前からもうかなり遠くにきたはずなのに!」

「お、お姫様だっこしてるからだよぉ……っ」

「はっ!」


 衝撃の事実に足を止める。

 灯台下暗しとはこのことか!

 羞恥心から逃れるために、さらに新たな羞恥を生み出してしまっていた!


「ごめん、今すぐおろすから!」


 雫をおろそうとするけれど、肩をトントンと叩かれる。


「お、おろさなくて、いいから……」

「わかった……! お兄ちゃん一生お前を離さない」

「一生っ! ば、ばか! 二年くらいでいいから!」


 五円玉を揺らしながら、恥ずかしそうに俺にお願いする雫。

 かわいいが天元突破している。

 俺は雫をお姫様だっこしたまま、新幹線の切符を購入、そして新幹線に乗り込んだ。

 そこに至るまで、さまざまな視線に晒されたのは言うまでもないだろう。

 写真を撮る者までいたくらいだ。

 しかしながら下ろす気にはなれなかった。

 俺は雫にお願いされた。


 妹のお願いを断れる兄などこの世界に存在しないのだ。






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― 新着の感想 ―
[良い点] 雫ちゃんかわいすぎる!
[良い点] 常におもろい [一言] 次も楽しみ!
[良い点] 目から1日に接種していい糖分の量を大幅に超えている…
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