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太陽の光が、そびえ立つ青色のビルに反射し、肌に突き刺さる。
夏休みということもあって、人通りがかなり多い。
俺はそんな人の海で、待ち合わせで有名な、犬の銅像の前でスマホをいじりながら立っていた。
スマホをいじっているといっても、SNSや動画を見ているわけではない。
カメラを鏡がわりにして、前髪をつついているのだ。
「うまく決まらないなぁ……」
もちろん、普段ならそんなことはしない。
普段の俺の容姿は、美容に気をつけているとはお世辞にもいえない。
髪の毛はボサボサで、普段はヨレヨレのパーカーと丈の合ってないデニムを着ている。
まぁ、普段は、だけれど。
「ちょっとそこの君! よかったら僕とお茶しない?」
見るからにチャラそうな男に声をかけられる。
俺は精一杯猫撫で声を作って。
「ごめんなさいですぅ~今友達まっててぇ~」
そう、今の俺は普段の俺ではない。
サイン会であまりの可愛さにちょっぴりSNSがざわついた、市野先生(吉沢さんのメイクにより完璧に女装している俺)なのだ。
白のワンピース、肩にデニムのトップスを引っ掛けて、さながら黒髪ロング高身長年上お姉さん的な出立ちだった。
正直、クラスの女子と比べても遜色ないほどに可愛い。自分にこんな才能があったのかと少し不安になるレベルだ。
「そんなことに言わないでさぁ~友達も一緒にどう?」
「で、でもお店とか予約してるんでぇ~」
「マジ? じゃあ俺もそこに行っちゃおうかなぁ~」
「こ、困りますぅ~」
し、しつこいなぁ……。
りんこや雫はよくナンパされるらしいけど、こんな感じなんだな。なんというか、すっごい不快だ……。
男の視線は俺の胸や足に注がれている。女の子は男の子の視線に気づくと聞いていたけれど、どうやら本当らしい。
チャラ男に対してまごついていると、背後から聞き覚えのあるトゲトゲしい声が聞こえる。
「ちょっとアンタだれ?」
声の主は、俺とチャラ男の間に割って入る。
艶やかな黒髪が風になびく、かすかに柑橘系の香りがした。
涼しげなデニムホットパンツに、スキントーンに馴染むベージュブラウスを合わせて爽やかな夏コーデ。
黒を効果的に散らして、淡い色合いを引き締め、それによりバランスの取れたスタイルがさらに際立っている。
まごうことなき美少女。
俺の義妹、市ヶ谷雫が、待ち合わせ場所に到着した。
「えっ! ちょっ! 君かわいいね! 君が友達!? よかったら俺と一緒にお茶でもどう!?」
雫を見た瞬間、チャラ男はテンションをさらに上げてまくし立てる。
まぁ気持ちはわかる。
こんな美少女そうそういないもんな。
そんなテンション爆上がりなチャラ男を雫はゴミを見るような目でにらみつける。
「……キモ。服ダサ。香水趣味悪」
夏場だというのに、背筋が凍りそうになる。
小さな声のはずなのに、体の芯に響く。
俺がいつも言われていた悪口なんて、ただのじゃれあいと呼んでも差し支えないくらいの威力。
確実に駅前の温度が二度ほど下がった。
そう思えるくらい、雫の一言は強烈だった。
「え……あっ……すみ……ませんでした……」
流石のチャラ男さんも、雫のゴミを見るような目と、凍えるような一言でメンタルブレイクしたのか、すごすごと人混みの中へ消えていった。
「……すみません。遅くなってしまって」
先程の悪鬼羅刹のようなオーラはなりを潜め、雫は心底申し訳なさそうにそう言う。
「……あ、いえ、全然だっ、だだ、大丈夫ですぅ~」
やべぇ……! いつもと雰囲気が違いすぎて面食らったのと、久しぶりに雫と会話したのもあって、もごもごと喋ってしまった……!
「今日はお招きいただきありがとうございます。私でよければなんでもお話しいたしますので!」
「えっ……」
「どうかしましたか?」
「あっ、なんでもないです」
雫はやる気に満ちた表情で、鼻息を荒くしながらそう言った。
あれ、なにこの美少女?
毎日死ね死ね言ってくる義妹はどこに行ったの?
「あの市野先生に直接取材していただけるなんて本当に光栄です。この前発売した最終巻も本当に最高で……!」
「い、いえいえ、こちらこそ急なお誘いなのに、取材受けてくださってありがとうございます」
そう、今回の目的、もとい目論みとは……!
市野先生(女の子)として、雫に接触し、俺のことをどう思っているか聞く大作戦だ……!
取材と称して連絡すれば、俺の書いている小説の大ファンである雫は必ず食いついてくる。
女装して自分のことをどう思っているか義妹に聞くという拷問に近いシチュエーションを除けば、雫が何を思っているか聞くことができる完璧な作戦である。
それに今後の俺と雫の関係を左右する重大なミッションも織り込み済みだ!
流石は吉沢さん。俺のメンタルはボロボロになるけれど多大なる成果はもたらしてくれる。
「それじゃあ、個室のお店を予約してあるので、そちらまでいきましょうか」
「はい!」
元気よく返事をする雫。
俺とりんこの前じゃあんなにツンツンしているのに、他の人の前だとこうも違うのか……。
眉間にシワをよせているしかめっつらは変わらないけど、いつもより物腰はやわらかい。
クラスの女子とは問題なくコミュニケーションはとれているみたいなので、これが本来の雫なのだろう。
「私の顔に何かついてます?」
「い、いえ、なんでもありません」
しばらく歩いて、あらかじめ予約してあった老舗の料理店に到着する。
高いだけあって雰囲気にも高級感があった。
純和風で格調ある店内に庭を眺める座敷の個室や宴会席がある他、はなれを併設。
季節に合わせた四季の会席コースを提供してくれるらしい。
和風な室内に入り、ふすまをしめて、料理を注文し、そしてさっそく本題に入る。
「改めて、今回は急なご相談にも関わらず、取材を受けてくださってありがとうございます」
「いえいえ! 全然大丈夫です!」
肩に力が入っている様子の雫。
そりゃそうだよな。俺だって憧れの作家さんに取材させてくれと言われたら嫌でも力が入る。
「でも……以前はお兄ちゃんに取材してたんですよね」
「ふぁっ!?」
「……? どうかしたんですか?」
「い、いえ、なんでもないです」
ちょっと待って雫って俺がいない時は俺のことお兄ちゃん呼びしてんの!?
催眠術かけられた時とかは、たまにお兄ちゃん呼びしてたけど、普段はクソ兄貴だとかそういう呼び方しかされなかったのに……!
意外な一面を垣間見て、そわそわしていると、雫は不思議そうにこちらを見つめてくる。
いかんいかん! ボロを出せば勘づかれる。
冷静に対処しなければ……!
「お兄さんにはもうたくさん取材させていただいたので」
「そ、そうですか……。それって最近ですか?」
やはりきたかこの質問。
ここは吉沢さんと組み上げたマニュアル通りに答える!
「最近はあまり話せていないですね」
「そ、そうですか」
雫は安心したのか、ほっと胸を撫で下ろす。
おそらく、彼女は今こう考えているだろう。
『もし市野先生がお兄ちゃんに取材をしていたら、私が催眠術をかけてお兄ちゃんを惚れさせようとしたことがバレてしまっていた。あぶないあぶない』
と……!
今回の目的は雫を凹ませることではなく、雫の真意を聞くことにある。
そういったフォローは忘れない。
「そ、そういえば以前サイン会でお会いした時お兄ちゃんに取材をしてたって言ってましたよね!」
露骨に話題を変えようとする雫。
最近俺と話せていないから、兄が今どうなっているか聞かれることを恐れているのだろう。
急に本題に入っても不審がられるか……。
「気になりますか?」
俺は雫の企みに乗った。
「はい! 以前取材した際には妹の魅力についてお兄ちゃんは語っていたんですよね! できればその際に、お兄ちゃんが私のどこを可愛いと思っていたのか気になりまして……!」
「へ?」
「こ、これを質問するのは別に深い意味はないんですけど、あくまで知識欲の一環として、聞いておきたい次第でございます!」
あせりすぎて日本語おかしくなる雫さん。
ちょっとまってこんな展開になるなんて聞いてないんですけど……!
「えっとその……」
雫のどこがかわいいと思ったかを本人の前で語るなんて羞恥プレイもいいとこである。
あまりの恥ずかしさに舌を噛み切って自害してしまうかもしれない。
「お兄ちゃんはなんて言ってたんですか?」
瞳をキラキラ輝かせる雫。
ここで答えなければ不自然極まりない……!
俺は奥歯を噛み締め、意を決し、口を開いた。
「その……恥ずかしくてツンツンしちゃうところとか……かわいいって……言ってましたね……っ!」
「へ、へぇ……っ! そ、そうなんですか! へぇ~っ!」
雫は平常を装っているつもりなのだろうが、上がりそうになる口角を抑えきれていない。
によによと、変な笑みを浮かべていた。
対して俺は、血が出るレベルで舌を噛み締めていた。
限界ギリギリの痛みにより羞恥心を消し去ろうとするムーブ。
若干だが和らいだような気もする。
「じゃあその、外見について何か言ってませんでしたか?」
「が、外見?」
「はい、たとえば、あの時着ていた服装が良かっただとか……こういう格好してくれたら興奮するとか、そういうのです!」
「はぐわぁっ!」
「市野先生っ!?」
あぶないあぶない。
雫の地獄すぎる質問のせいであやうく心臓が止まるところだった。
「だ、大丈夫ですか?」
「い、いえ、不整脈が少しアレしただけです……」
「無理しないでくださいね……」
内面に引き続き外見まで褒めるだと!?
それに興奮するかどうか!?
妹に興奮なんてするわけねぇだろ!(大ウソ)
いや褒める分にはなんら問題ないんだけどね!
たくさん褒めるところはあるんだけどね!
だけど本人の目の前で言うとなるとちょっと恥ずかしくて死にそうなるよね……!
「市野先生? 顔赤いですよ? どうかしたんですか?」
「い、いえ! なんでもありません!」
だかしかし!
ここで答えなければ不審に思われるのは必定。
ええいままよ!
「その……髪の毛を耳にかけたりする仕草とか、可愛らしいお耳が見えて、すごく良いって……言ってましたよ……っ!」
「お耳!?」
「お耳です……っ!」
「なるほど……! お兄ちゃんは私の耳を見て興奮していたということでよろしいでしょうか?」
「よ、よろしいのでは、ないでしょうか……っ!」
「じゃあ好きな服装は?」
「え、あ」
「もちろんそういうことも聞いてますよね! なんたって義妹についての取材なんですから!」
「……リビングだけで見せる、す、少し際どいホットパンツなんかすごく可愛らしいって、言ってましたね」
「へ、へぇ~! そうなんですねぇ~! お、お兄ちゃん私のおしりのラインを見て興奮してたんですねぇ~っ!」
そこまでは言ってねぇだろ!
まぁ事実だけど……!
とにかくこれ以上はまずい!
これ以上は全身の穴という穴から血を噴き出して死んでしまう!
それほどまでに羞恥が限界を超えている!
「じゃあ胸はどうなんですかね……?」
「へ?」
「お兄ちゃんって、おっぱい大きい方と小さい方、どっちの方が好きなんですかね……」
「げぼぉっ!」
「市野先生!?」
「だ、大丈夫です」
「でも吐血するなんて……!」
「最近ちょっと小説の方が忙しくて」
「執筆活動って命がけなんですね……」
ハンカチで口を拭っていると、襖が空いて豪華な料理が運ばれてきた。
刺身やら天ぷらやら、名前はよくわからないけどすっごい美味しそうなやつやら、様々だ。
雫はキラキラした瞳で、それらの料理を見つめていた。
「ど、どうぞ食べてください。ここの料理すごく美味しいらしいですよ」
「たしかにすごく美味しそうです! ありがとうございます!」
雫は好物であるお刺身を食べて、うんうんとうなっている。
美味しい料理により先程の質問のことはすっかり忘れているようだった。
まぁ雫もツンツンしてはいるけど、まだまだ高校生。
俺も美味しい料理の前では些細な問題など忘れてしまう。
「で、話に戻るんですけど、お兄ちゃんってどっちのおっぱいが好きなんですかね?」
「ぶふぅっ!」
「市野先生!?」
「な、なんでもありません! 大丈夫ですから! 大丈夫ですからー!」
「でも目から血がっ!」
「徹夜明けなので……!」
「徹夜の反動すごいですね……っ!」
まったく忘れていないどころか、刺身を一切れ食べた後雫は箸を置き、そして身を乗り出して質問を繰り返した。
自分の妹に小さいおっぱいと大きいおっぱいどちらが好きですかと聞かれるだけでも厳しいのに、ここからさらにそれを答えなければいけないとなると、もう頭がどうにかなりそうだった。
「私的には、お兄ちゃんは小さい方が好みだと思うんですよね」
「な、なぜそう思うんですか?」
「だってお風呂上がりとか、結構薄めのタンクトップきてリビングをうろつくんですけど、視線が脇に集中している気がするんです」
「へ、へぇ~。そうなんですかぁ~」
ば、ばれてたぁっ~っ!
めちゃくちゃ見てたのばれてたぁ~っ!
だってすっごい際どいんだもん!
ブラチラしちゃいそうなくらいゆるゆるなんだもん!
勝手に視線が吸い寄せられちゃうんだもん!
「カタイモにも、風呂上がりの妹の……その、脇からブラが見えてて、それをガン見するお兄ちゃんの描写ありましたし、あれもやっぱりお兄ちゃんの取材により得た情報で書いたんですよね?」
「えっ……あっ……」
「あの描写、家具の配置もそうだし、その時の状況とか私とお兄ちゃんの状況と全く一緒だったので、そうなんですよね??」
くっそぉっ! 俺の観察眼の鋭さと記憶力の良さが仇になったかぁっ!
今思えば、雫とのそういったエピソードは実際、作品に大きく影響している。
雫が共感してもおかしくないほどに。
「そ、そ、そそ、そそそうです」
ふとももをつねりながら肯定する。
「やっぱりそうだったんですね! まったく! 義妹の胸に興奮するなんて本当にエッチなお兄ちゃんですよね! まったくですよ! まったく!」
口ではツンツンするもののまったくニヤケが抑えられていない雫さん。
あーもう無理だ!
この話を続けるのはまずい! 一刻も早く終わらせなければ……!
「そういえば、お、お兄さんも言っていましたよ」
終わらせるんだ!
最小限のダメージで!
「大きいおっぱいよりも……っ! 雫ちゃんのようなひかえめなおっぱいの方が大好きだって……っ!」
「や、やったぁ!(妹をそんな対象で見るなんて本当に気持ち悪いお兄ちゃんです! まったく!)」
おそらく本音と建前が逆になっているであろう雫さんを尻目に、俺はてんぷらを頬張る。
もうどうにでもなれ……!
「あ、すみません。今日は市野先生に取材をしてもらう日なのに、私ばかり質問をしてしまって」
「いえいえ、大丈夫ですよ。それじゃあそろそろ、私も雫さんに質問してもよろしいですか?」
おっと……! あまりのメンタルダメージに、今回の取材の趣旨を忘れてしまうところだった。
俺の今回の目的は、雫の真意を聞く。
雫が今、俺のことをどう思っているか知ることこそが、関係改善の第一歩になるのだ(吉沢さんが言ってた)。
「はい、私が話せることであれば」
喉をこくりと鳴らして、お刺身を飲み込んだ後、雫はそう言った。
「では、単刀直入にお聞きします。ズバリ雫さんは、お兄ちゃんである市ヶ谷碧人くんのことをどう思っていますか?」
そういうと、空気が張り詰める。
雫は先ほどまでのとろけ顔から、一気に、いつものしかめっつらに戻る。
「えっ……お、お兄ちゃんのことじゃなくて、私のことですか……?」
「えぇ。そうです」
「てっきり、お兄ちゃんの私生活の様子とかを聞かれると思いました……私の気持ちなんて聞いても、その、作品に活きないんじゃないですか? ほら、ライトノベルって男性視点で進むじゃないですか」
やはり話したがらないか……。
その後も、つらつらと喋らない言い訳を並べる雫。
かわいそうだけど、ここで逃すわけにはいかない!
「可愛らしいヒロインの気持ちを知ることも、作品を良くするために必要なことなんです」
「か、可愛らしい!?」
「えぇそうです」
もっともらしい理由をつけて、今現在俺のことをどう思っているのかだけでも聞いておきたい。
それがわからなければ、今後雫に対してどう接していいかわからないからだ。
さぁどうでる雫!
お兄ちゃんは己が培ってきたすべての小説技術、語彙力を駆使してお前の気持ちを聞き出してみせるぞ!
そう心の中で意気込むと同時に、雫はゆっくりと話しだした。
「そ、それってお兄ちゃんがわたしのことをそう呼んでるってことなんですか?」
「え?」
思わず呆けた声をあげる。
「お兄ちゃんが、私のことを、その……可愛らしいヒロインだって、言ってたんですか?」
「……」
もじもじしながら赤面する雫。
今の話をどう曲解すればそういう話になるのか俺には理解できなかった。
雫は勉学に関しては成績優秀だ。
しかし要領というか、そういう知識によらない頭の使い方は苦手らしい。
「ち、違うんですか?」
思い込みの激しすぎる妹の今後を憂いていると、雫が質問の正否を聞いてくる。
不安そうな雰囲気……!
ここで彼女の機嫌を損ねるわけにはいかない!
「いや、えっと、よ、呼んでましたね。雫はかわいい俺のヒロインだって」
机の下で自身の手の甲を引きちぎる勢いでつねりながら、そう答えた。
「ふ、ふぁぁっ!」
ご満悦。
そういう三文字がぴったりなくらい、雫の瞳は喜びに満ちていた。
羞恥心に悶えていなければ、答えを聞かずとも雫の心中を察することができただろうけど。
今の俺はそれどころではなかった。
「わかりました……市野先生には、すべてを教えます。私がお兄ちゃんをどう思っているかも、私とお兄ちゃんの間に何があったかも……」
「ありがとうございます、雫さん……!」
そして、あまりにも大きな代償を支払い、俺はようやく本題へと入ることができた。




